第136話 ケンゴとダイヤ

「お母さんも~、ケンゴ君を繋ぎ止めようと思ったの~。だから、あんまり彼を責めちゃだめよ~」

「……別に責めようとか……そんな事……」


 鮫島家の食卓では先程のケンゴの行動をセナはリンカに説明していた、


「ケンゴ君は風来気質でお節介だから。ちょっとした風に乗って行っちゃうのね~」


 彼をここに繋ぎ止める根幹はそれ程強くない。

 今はリンカの事を気にかけているから離れようとしないが、ここよりも自分が必要な場所を見つけた時はきっとそこへ行ってしまうだろう。


「……言い過ぎたかな……」


 包丁はやり過ぎたか……とリンカは反省する。


「そんな事はないわ。リンちゃんとケンゴ君は、あれくらいで丁度いいわよ~」

「理屈がわからないんだけど……」

「ふふ。前にも言ったでしょ~。あの人とケンゴ君は少し似てるって」

「……あの人ってお父さん事の?」

「正解~」


 ビールをぐびる。


「二人とも心深くに大きなモノを抱えてるの。けど、それを言わないのはこっちの事を想ってるから」


 セナは娘が同じ立場に置かれている事を理解していた。


「リンちゃんは自分に後悔しない選択をしなさいな。お母さんみたいに」


 今の状況に微塵も後悔のない母の眼。その強い女性の眼をリンカは素直に尊敬した。


「あたし……お母さんの子で良かった」

「ふふ。こちらこそ、産まれて来てくれてありがとうね~」


 のしのし、ぱか(冷蔵庫を開ける音)。


「でも、しれっと二本目を取るのは駄目」

「いやんっ!」


 お酒の代わりにリンカはセナの前に氷水を置いてあげた。






「やっぱりお前ってスペック高いわ」

「オホメニアズカリ、コーエーヨ」


 ダイヤは今日の勉強会の見返りとして、リンカからは肉じゃのレシピを、ヒカリちゃんからは後日、雑誌を貰える事になったらしい。

 そして、完成した肉じゃがはリンカの作る物となんら代わりない。


「作るの初めてだろ? 普通にやべぇ」

「フッフッフ。アサメシマエネ!」


 食卓はピザと肉じゃがの二つが並び、アメリカと日本が融合している。

 ダイヤの滞在費は経費にしても良いのだが、食費に関しては数えないでおこう。


「日本のピザもオイシーネ」

「人間が求める旨味が全部つまった食べ物だしな」


 栄養バランスはガン無視な夕食だが、たまには良いだろう。


「サン達とは何時でも話せるからな。明日は休みだし、どっか行きたい所があるなら連れて行こうか?」

「ウーン、考えとくネ」


 ダイヤがどれくらい滞在するのかわからないが、居る間は彼女を優先しても良いだろう。三年間世話になった見返りと言うには少し規模が小さいが。


「よし、社会人の特権を使うか」

「シークレット?」


 オレはコントローラーを手に取る。


「夜通しゲーム」

「イイネ!」


 ストッパーの居らず、社会人の夜は自堕落になるのである。






 ダイヤと居るのは嫌いじゃない。むしろ好きな部類に入るだろう。


「くっ……お前のサ○ス強すぎる」

「フッフッ。プレジデントのマリ○はモット強かったネ」


 向こうを発つ前はスマ○ラの腕前に差は殆んど無かったハズ。オレのア○クが手も足も出ないだと!? コイツ……特訓してたな!


「リターン、キルネ」

「ぐぁぁ!」


 復帰を見事に狙われた。一方的な試合運びだったが、ダイヤはサムスの使い手。オレの本命はフォック○だ! そして、


「次はタイマンじゃなくて、オンライン四人対戦だ!」

「イイヨー」


 タイマンとは違った技量を求められ、時に運にも左右される四人乱闘。ふっふっふ。リンカとやるときは常にコレだったので一日の長はオレにある!


「じゃあ、クラ○ド使うネ」


 ダイヤのク○ウドは練度が低かったハズ。


「オレはフォッ○スな」

「ア、ニックスのメインキャラネ!」

「オレのフォック○は一味違うぜぇ」

「ジャア、ワタシがウィンしたら……キスしてイイ?」


 ロード中の文字が映り、対戦前にキャラを動かせる画面へ。


「キスって……お前はいつもやってるじゃん」


 何を今さら、とダイヤに愛想笑いを向けると、彼女もこちらを見ていた。

 キス。リンカと重ねたからか、それともダイヤの雰囲気がいつもと違ったからか。どことなく唇を注視してしまう。


「ニックス……」


 ダイヤが近づいてくる。身体が動かない。本能的な何かが、全てを受け入れろ、と言っているかの様に彼女を――


『スリー! ツー! ワン! GO!!』


「! おわ!?」

「ワッ!?」


 ロードが終わり、試合が始まる音にオレとダイヤは反射的にコントローラーと画面へ意識を向けた。

 行為に及ぶよりもゲーマーの性の方がオレらの本能は優先したらしい。


「あ! そのモンスターボール寄越せ!」

「キョーミナイネ!」


 なんやかんやでさっきの発言は無かった様にオレらはゲームを楽しんだ。






「……ダイヤのヤツ、攻めて来たか」


 オレはシャワーを浴びていた。

 夜遅くまでブレーキが壊れそうだったので、何時でも寝れる体勢にしておくことを提案し、先に風呂を済ませる事にしたのである。

 ダイヤはマインクラ○トでオレがコツコツ築いた地下帝国を楽しそうに探索している事だろう。


「うーむ」


 リンカとキスをした時からどうも、その辺りの解釈が変わった気がする。

 経験が有るか無いかで、なんて事のない行動をどこか意味深に捉える様になってしまったらしい。

 特にダイヤにとってキスは挨拶なのだ。間近で見てきたオレとしてはその解釈で間違いは無いハズ。にしても――


「つくづく……嫌になる」


 さっきのキス発言はダイヤからのメッセージだ。今以上の関係になりたいと言う……しかし、またしても何も感じない。


「こんなんじゃ駄目だ――」


 その時、パッ、と浴室の電気が消えた。何だ? 停電――

 外を確認しようとシャワーを止める為に手を伸ばした所で、背後の扉が開く音が、


「……ニックス」


 そして、ダイヤの声が聞こえた。

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