第114話 不動の群

「黒船社長。あんたくらいなもんじゃ。ワシをこうして呼び出すのは」

「私も多忙でして。次はこちらから出向きますよ」

「“次”があればのぅ」

「これはこれは恐ろしい」


 ピリピリとした空気が二人の間を張りつめる。火防の後ろに立つ土山はこめかみに汗が流れるのがわかった。

 彼が黒船正十郎か……

 初めて黒船と対面した土山。政界で最も力を持つされる自分達の政党の頭に目をつけられて涼しい顔をしているのは、馬鹿なのか器が大きいのか。


「火防先生には私も頭が上がらんのですよ」 

「ほう」

「何せ、三年前に勉強させてもらいました。あのような事案の弾き方を」


 三年前に会社は前社長の負債が元で潰されかけた事を口にする。


「言いよるわ。弁護士界隈の“生き字引”と“無敗”を両脇に抱えていれば恐いものはないっちゅうことか」

「私は社内の者に首輪をつけたつもりはありません。それでも出ていかないのは我が社の思想に賛同してくれているのでしょう」


 轟は入室すると火防と黒船の前にコーヒーを置く。立っている土山には椅子を持ってくるが、丁寧に断られた。


「――いかんのぅ。実にいかん」


 火防は腕を組み、黒船はコーヒーを啜った。


「お前らは理を外れたバッファローじゃ」

「解釈をお聞きしても?」


 火防はかつて自分が敗北した選挙の事を思い出す。


「本能を越えた絆と思想。肉食獣が割り込めん程の闘志によって弱い奴らを護る隊列を組む獣ども。連鎖の枠から外れた奴らは食われることのない“不動の群れ”と化す」

「なるほど。しかし、実際は本能が勝り、群れなど一匹の肉食獣によって瓦解するでしょう」

「じゃが、目の前の群は瓦解しておらん」


 黒船はコーヒーをカチャッ、と受け皿に置いた。


「いいか? ワシら以外はただのバッファローでなけりゃいかん。この国を一つの巨大な群れとするためにのぅ」

「別に群は幾つあっても良いでしょう? 干渉しなければ互いに不利益は発生しない」


 潰し会うのは無駄な体力を使うだけだと、黒船は告げる。


「そういうわけにはいかん。この国には古くから突き刺さり続ける楔がある。余計なモンを増やすわけにはいかん」

「我々は止まりません。今、世界は大きく低迷している」


 今度は黒船が火防に強い瞳を向けた。


「ウイルスの蔓延。世界的な物価の上昇。消費税の値上げも深刻です。我々の生活は厳しくなる一方で国は何も保証しない」


 黒船は、ここからは独り言です、と一度挟む。


「国が助けてくれないのであれば、国民は自分達で自分を護るしかない。我が社の成り立ちは必然と言えるでしょうね」

「……つまり、元を辿ればワシらの怠慢と言う事か?」

「火防先生は“超個体”と言うモノをご存知ですか?」


 会社をバッファローに例えた火防へと切り返す様に黒船も尋ね返す。


「無数の別個体が集まり、一つの生き物のように統一した動きを見せる組織の事を言います。火防先生の所や、この会社も一種の超個体です」

「何が言いたい?」

「我々は蜂の様に完璧な超個体に成れないと言う事ですよ。何かしらの欠点があり、それをどうするかで組織は維持できると私は踏んでいます」

「面白い解釈じゃ」

「そして、私の考えは昔から変わらないですし、これからも変わりません」


 黒船は真っ直ぐ火防を見据える。


「先生の思想に我々が不都合だと言うのなら、存分に戦いましょう。今度は後腐れなく徹底的に」

「――――フッ」


 火防は短く笑う。


「なら、少し時間を預ける」

「どれ程の期間でしょう?」

「ワシが国の頭に立つまでじゃ」


 その言葉に黒船も笑みを作る。


「支持はしませんよ?」

「お前のはいらん」


 嫌悪するような敵意とは違う、対等な存在としての敵意を火防は黒船へと抱いた。






 オレは今、窮地に立たされていた。

 昼休みの食堂でダイヤは坂東さんに“夏野菜納豆サラダうどん”をマジで注文し、ソレを特定の席で食べるように言われたのだ。

 その席には――


「意外とイケルもんじゃ」

「さすがは坂東さんだ!」

「美味しい……」

「絶妙にマッチしてる……」

「ファンタスティックネ!」

「……」


 社長に関しては未知のと遭遇だが、ギリギリ居るのは解る。しかし、なんで……火防議員が居るんだ?

 ちなみに席は、


土山 机 轟

火防 机 黒船

オレ 机 ダイヤ


 と言う形。火防議員は前総理に正面から汚職の証拠を国会で突きつけて辞任に追い込んだ凄まじいタカ派な方なのです。

 田舎に居た時も何回か眼にした事もあるし、マジの大物なのだ。テレビでも厳ついなぁ、と思っていたが生で見るとヤクザと変わらんレベルだよ。任侠映画とかでドス振り回しているのがお似合いな――


「どうした? 食が進んどらんぞ」

「うはい!」

「火防先生の威圧が凄いですからね」

「黒船の……おんしは人が気にしとる事を……」

「鳳君、席を移ってもいいよ?」

「なんじゃカンナ。ワシが怖がらせてるとでも!?」

「成れない人には恐いと思うよ」

「私も最初はその筋の人だと思いましたよ! 火防先生!」

「黒船ぇ……」

「ナットーヤバイネ! オハシじゃ掴めないヨ!」

「ふん。さっさと食って帰るぞ! 土山!」

「わかりました」


 遠目から見ればカオスな面々でカオスな料理を食べている。そんな中に巻き込まれた一般人がオレだ。


「マスターバンドウ、ネクスト!」


 そんな中、夏野菜納豆サラダうどんを気に入ったダイヤは二杯目を受け取り行っていた。

 そして、意外にも今回の坂東スペシャルは美味しかった。

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