第108話 海外支部社員 ダイヤ・フォスター

 徳道史郎とくみちしろう

 彼は3課でも獅子堂の次に古株で前社長から勤続している会社でも五指に入る古参である。

 恰幅が良く、優しい性格。家庭も円満で怒った所は誰も見たことがない。二児の父。

 聞き上手で他課の若手からも相談相手として頼られる事も多々あり、あの七海も敬語を使うほどに人格を認められた人物だった。


 通称『仏の徳さん』。

 鬼灯程に目立つ存在ではないものの、会社を支える柱の一つに数えられる程に優れた人物だ。

 彼にかかればどんな問題でもおおらかに解決できると疑う者はいない。


「コンニチワ! ワタシ、ダイヤ・フォスター、いいマス! アメリア産まれのアメリカ育ちデス!」


 しかし、獅子堂も鬼灯も居ない3課に、突如として現れたのは同じ人種ではなかった。


 少し癖のある茶髪をポニーテールにまとめた蒼眼。スラリと背は高く、そのプロポーションに搭載された凹凸は遺憾無く強調されている。モデル雑誌の海外キャストがそのまま出てきたような美女だった。


「サードオフィスにゴー言われマシタ! 今日からオセワにナリマス!」


 3課の面々は何の告知なしに現れた外国美女を前にして笑顔を崩さない徳さんに、おお、と称賛しつつ成り行きを見守る。


「ダイヤさん。貴女の事は課長からも何も聞かされておりませんが……」

「プレジデントはサプラーイズと言ってたネ! ニックス! イマスかー?」


 ニックス? 誰の事だ? そんなあだ名のヤツ居たか? と課の面々は顔を見合わせる。

 ダイヤはじっとオフィス内を見渡した。


「アレ? 居ないヨ」

「ふむ。すまないが誰か課長を呼びに行ってくれないか?」

「徳さん。何か問題です?」


 そこへ、鬼灯が戻ってきた。彼女はローテーションで行われる一階ロビーの清掃作業の為、席を外していたのである。


「鬼灯君」


 仏の徳さんと3課のエース鬼灯。この二人が関わった案件で難航したモノはない。解決が約束された様なものだ。


「社長のお客様ですか?」

「ノー! ワタシ、ダイヤいいマス! 今日からオセワになるデス!」

「もしかして、海外支部方?」

「イエス!」


 鬼灯は徳さんを見るが、彼も事情は知らない様子。例の交換派遣の件はまだまだ先の話。なぜ、あちらの社員がここに居るのか……


「ホーヅキ? アナタ、シオリ・ホーヅキですカ?」

「私の事を?」


 状況を整理していると、ダイヤが気づいた様に鬼灯を見る。


「イエス! ニックスがよく話してくれマシタ! 美人デ優しくテ頼れるセンパイ、ダト!」


 ダイヤの発言から、ニックスなる人物が誰なのか鬼灯は理解した。


「そう。ダイヤさん、ニックスって言うのは鳳――」


 答え合わせをしようとしたその時、ダイヤは鬼灯に顔を近づけると、そのまま唇にキスをしていた。


「コレデ、シオリとフレンドネ!」


 唇を離したダイヤは嬉しそうにそう告げる。ダイヤの行動に全員が固まる中、鬼灯は事切れた様にフッと膝から崩れ落ちた。


「鬼灯君!?」

「鬼灯さん!」

「鬼灯先輩!!」


 駆け寄る同僚達。WHY? と不思議そうに自分の唇に人差し指を当てるダイヤ。そこへ鬼灯と一緒にロビーの清掃をしていたケンゴが帰ってくる。


「すみません。掃除道具の片付けで遅れました――って何事」

「アッ!」


 聞き慣れた声にダイヤはパッと笑顔になるとそちらへ向き直った。


「は? ダイヤ!? 何でお前がここに――」

「ニックス!」


 飛び付く様に抱きついて来たダイヤを受け止めたケンゴは、その勢いを止めきれず廊下の壁に後頭部を打った。


「うげぇ!?」

「久しぶりデース!」


 豊満なバストを押し付けてくるダイヤだが、ケンゴは軽いスタン状態でそれどころじゃない。


「ちょ……待て……オレ、もしかして夢の中にいる……?」

「ノー! ドリームワールドじゃないヨ!」


 と、ダイヤは顔を近づけてくる。キスの構え。この過剰なスキンシップは……本物だ!

 ケンゴはスタン状態でも何とかダイヤの頭を押してキスを阻止する。


「誰だよ! このキス魔を日本に連れてきたのは!」

「再会のキッスネ~」

「ここはアメリカじゃねぇ! 離れんかい!」


 大混乱の3課。そこへ小腹を満たした3課の課長である獅子堂と社長秘書の轟が共に歩いてきた。


「甘奈、アレか」

「……はい」


 申し訳なさそうな轟の返事を聞くと、獅子堂は事態収集を行う。

 猫を相手にするようにダイヤの襟首を掴んでケンゴから引き離し、他の部下には鬼灯をオフィスの奥で休ませる様に指示を出した。






「ええ?! 詩織先輩が倒れた!?」


 加賀は書類を渡しに寄った1課で、泉にその件を伝えていた。

 その話題は3課に用事があった2課の社員によって発覚し当課ではその話題で持ちきりだ。


「命に別状はないらしいが、あの人でも倒れる事なんであるんだな」

「な、なにがあったのよ!?」

「よくわからん。見たヤツの話だと3課に外国人が来たとか」

「外国人?」


 あの完璧な存在である鬼灯先輩を倒す者がこの世に存在するとは……


「泉」


 すると、課長席に座る七海は自分のデスクの書類に目を通しながら指示を出す。


「こっちに飛び火するかもしれねぇから、3課の様子を見てこい」

「わっかりました!」


 課長命令を受けた泉は敬礼して立ち上がるとオフィスを出て行く。

 加賀は、後でこっちも情報くれ、と言って2課に戻って行った。


「ったく……人が倒れてるじゃねぇか。あのアホ」


 何の説明も無く姿をくらませている社長の黒船は、HAHAHA と笑ってやがるだろう。

 それにしても詩織をダウンさせるとは……何者だ?

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