9章 彼のもう一つの家族
第107話 社長秘書 轟甘奈
会社の幹部会は月に一度である。
内容は基本的な連絡と各課で起こった問題にそれの改善案。課で解決した問題に関しては後に報告書にて社長の黒船は把握する。
幹部会は事案を各課の課長へ口頭で伝えたり、その場で解決できる事を課の垣根を越えて話し合う場なのだ。
「皆の優秀さには頭が上がらないよ。本当によくやってくれている」
社長の黒船は大した問題が無い課長の面々を称賛した。
「細かい事案に関しては別途、報告書をお願いします」
黒船の傍らに立つ秘書の
「9月は他の支部との人員をひと月だけ入れ変える。まぁ、海外の予行練習の様なモノだ。各課は現時点で推薦できる人材はいるかな?」
黒船の言葉を他の課長達は深読みを始めた。
早ぇな。本決まりじゃないとは思うが……この人選は海外選考の基準なるか……? と、七海。
ふむ。いきなりやりますね社長。現状推薦できる者は三名ほどですが……ここで上げる名前が海外派遣への足掛かりとなると――。と、名倉。
寝坊したから腹へったな……弁当はまだ早いし……後で食堂で何か食うか。と獅子堂。
…………………………。と真鍋。
「ふむ、流石に名を上げる程の者はいないか。海外派遣を想定してるのは早くても12月だ。諸君らには部下に過度な期待や押し付けは強要しないよう心がけて欲しい。あくまで、本人の意思を尊重してくれ」
黒船が第一に考えているのは、過ごしやすい職場である。派遣業である以上、顧客との摩擦は必然のようなモノ。帰ってくる自社だけは、その様なストレスの無い場にすることを厳守させていた。
「今月も私は支部の視察に回る。ほぼ本社にはいないから、皆に任せるよ」
なにかあれば連絡を頼む、と幹部会は終了した。
「ケイちゃん」
課に戻る前に食堂の自販機に寄った七海は轟から声をかけられた。
「会社じゃ課長つけろよ。一応は俺の方が役職は上だし、部下の手前もあるんだから」
「あ……うん……ごめん……」
先程の幹部会でのしっかりした雰囲気が消えた轟は、七海、鬼灯とは同期であった。
「お前も大変だな。社長に振り回されてよ」
最近まで轟は全国の支部を社長と回っていた。7月の幹部会の時は支部視察の件で立ち会えなかったものの、普段は今日の形がデフォルトである。
「ちゃんと寝てんのか? 目元の隈が前よりも濃くなってんぞ」
「えぇ!? そうかな……」
手鏡で自分の顔を見る轟。しかし、毎日見ているので自分では気づけないだろう。
「ったく……あのヤロウ。部下に負担をかけるなとか言っておきながら……」
「ち、違うから! 社長は……ちゃんと休むように言ってるよ。私が自己管理が下手なだけで……」
七海、鬼灯、轟は入社当時は注目を浴びた美人社員だった。同期と言う事で、よく三人で固まっていた事もあり、三姉妹のように仲が良い。
周囲からは長女が七海、次女が鬼灯、三女が轟の様に見られていた。
「なら良いけどよ。お前が倒れると色々と困るヤツが多いからな。気をつけろ」
「うん……気をつけるね」
目を離すと、すぐにブレーキが壊れる轟は誰かが側で見ていないと走り続ける。彼女を近い距離に置く社長の存在は無くてはならないモノだろう。
「前に詩織が色々と睡眠グッツを勧めただろ。効果なかったか?」
「使ってみたけど……あんまり良くなかった。でも! ちゃんと寝れる時は寝れるから! 大丈夫!」
えへへ、と笑う轟の濃い隈と半眼では説得力が無い。少し言ってる事もおかしいし、七海は追求する。
「気絶しなきゃ脳が休まらないお前から、ちゃんと寝てる、って言われもな」
「えっと……誰にも言わないでね」
轟は近くに人がいない事を確認するとボソッっと口にする。
「――に寄りかかるとよく寝れるから」
「なんだって?」
「だ、だから……正十郎さんに寄りかかると寝れる!」
轟からの衝撃の言葉に七海は目が点になった。名前呼びかよ。距離はだいぶ近いな。
「それって、いつからだ?」
「えっと……秘書になってから色々と試して、一番良い形を……って言わせないで」
“起きたかね轟君。今、君は6時間と58分は眠っていた。他に解決策が見つかるまで、このスタイルで行こうか!”
「……で? 捨てたか?」
「な、何を?」
「いや、流れでわかるだろ? 捨てたか?」
「い、いやいやいや! 私のような人間が畏れ多いよ! 正十郎さんは……私なんかよりもっと」
と、指先を合わせて恥ずかしそうに言う轟は七海が笑っている事に気がついた。七海は、おっと、と口元を隠す。
「続けて」
「もー! もーもー!」
可愛らしく腕を振り下ろす轟に、わりーわりー、と七海は笑いつつ、この話題はここで打ち切る事にした。
「お前の事は詩織以上に掴みづらかったからな。まぁ、今の生活でも充実してるならよかったよ」
「……詩織ちゃんは、まだ悩んでるの?」
「あいつは自分で何とか出来る女だ。どうしても無理なら俺らに相談してくるだろ。前みたいに」
「……そうだね」
弱みを見せない人間ほど深いモノを抱えているのだ。特に鬼灯の悩みは本当に当人でしか解決する事は出来ないだろう。
「久しぶりに話せてよかったぜ」
「あ、待って」
エナジードリンクを轟に手渡して去ろうとした七海は呼び止められた。
「実は……さっきの幹部会で伝え忘れた事があって」
「……おい」
なんの為の幹部会だったんだよ、と七海は呆れた。たまにこう言うことはあるが、あまり大した事ではない場合が多いので、耳に入れておく程度の情報なのだろう。
「来ちゃってて」
「誰が?」
「海外支部の人。社長がサプライズで数日、こっちの業務を見てもらうって」
全然程度の低い事ではなかった。しかも、サプライズとか言って完全に遊んでやがる。
七海は額を押さえる。
「……あのヤロォ……来たヤツの名前は?」
「ダイヤ・フォスターさん。今、3課に行ってる」
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