第106話 二回目の笑顔

「ここでいいのか?」

「はい」


 リンカは最寄駅の改札前まで大宮司に送ってもらっていた。


 雑居ビルの一階でヒカリを見つけたリンカは呆れながら抱き着かれて、無事でよかった、うえーん、と泣かれた。


 そして、ヒカリは大宮司にも今まで誤解していた旨を謝り、少しは二人の間も柔らかくなる。

 ちなみに、もう一人居たでしょ? と言うリンカの問いにヒカリは、なんの事でしょう? と目を合わせず口笛で誤魔化した。


「なんか……身内が迷惑をかけたみたいで」


 ヒカリとは学校の最寄り駅で別れた。ロッカーの荷物を回収し、そのまま母に迎えに来てもらうとのこと。

 ちなみに一階に居たヤクザ達は仮屋を確保しに来たのだ。もし、ユニコ君が立ち塞がらなければ安全に事が収まったかもしれない。


「いや……迷惑をかけたのは俺の方だ」


 と、大宮司は頭をリンカに下げる。


「すまない鮫島。俺は仮屋に脅されていたんだ」


 大宮司は事の顛末を全て語る。

 仮屋から電話があった時、ヤツのビジネス邪魔をしたことを言及された(駅でシズカを助けようとした件)。そして、既に組が動いている事を言われ、どうすれば良いか聞いた所、女の一人でも連れてこいとの事だった。


「やつは言った。弟はいつでも拐える。女を連れてくれば組に口を聞いてやる、と」


 大宮司も出来る限りの手を打つ事にしたが、姉弟子と親友から連絡は無く、リンカが連れ去れる瞬間に、弟は無事であると来たのだ。


「俺は……君より弟を取った……本当にすまない」


 リンカの親切心につけこんで、不必要な危険に晒した事を大宮司は黙って居られる性格ではなかった。


「仕方ないですよ」


 そんな彼女の言葉に大宮司は顔を上げる。


「駿君を護れるのは先輩だけです。兄弟ってそれだけ頼りにされているんですよ。特に……お兄さんは本当に頼りになるんです」


 自分もかつてはそうだった。その背中はいつも目の前にあって、呼んだら振り向いてくれて、遅れそうになったら止まって駆けよってくれる。


「だから、帰って駿君に言ってあげてください。お前を護ったぞ、って」

「……鮫島」

「あたしには護ってくれる人が先輩の他にも沢山居ますから」


 まぁ、その中でも筆頭のヤツは本当に落ち着きがない、ばか、なのだが。


「もし、君がどうしようもない窮地に陥った時、必ず俺に声をかけてくれ。どこからでも駆けつけ――」

「ふふ。そんなに堅苦しくなくてもいいでしょう? あたしと先輩の関係は、そんなに浅くないですし」


 それじゃ先輩、また明日。とリンカは大宮司に言うと、ああ、と言う返答を聞き改札を抜けて行った。






 オレは最寄駅に着くと改札を抜ける。

 あの時、逃亡する直前にオレはヒカリちゃんに居ることは口止めしてもらったのだ。

 理由は……ヤーさんの前で正体をバラされる訳には行かないからである。断じてリンカに怒られるのが怖かったわけではないのだ!


「あ~疲れたなぁ……」


 その後、テツから連絡を受けて格納庫に戻り、ユニコ君をパージ。脱いだユニコ君とは何とも言えない視線を交わして別れた。もう二度とお前を駆る事はあるまい。


「あの商店街にはしばらく近づかない方がいいな」

「なにがいいって?」

「ほほ!?」


 オレは駅から出た所で横からリンカに話しかけられた。時間はだいぶズレていたハズ……


「やっぱり」

「リ、リンカちゃん! 奇遇だねぇ! オレは残業だったんだ! 君も何か用事かい?!」


 顔を合わせるのは昨日の夜以来だが、今のオレには別の気まずさがある。


「……はぁ。一つ、聞く」


 と、リンカは呆れた様に人差し指をオレの前に立てる。


「あたしはキスした時、凄くドキドキした。お前は?」

「あ……えっとですね。リンカちゃんの事は妹みたいなもので……その……誠に言いづらいんですが……男女的に付き合うのは――」

「――おい」

「はひぃ!」


 オレは背筋を伸ばす。


「あたしの“初めて”の感想がソレかよ」


 リンカの視線に冷や汗が止まんねぇ。しかし、怒ってる様に見えないのはオレの感覚がバグったのか?


「えっと……オレも初めてだったので、よくわかりませんっっ!」

「――あっそ」


 と、くるっと背を向けるとリンカは歩き出す。なんだ……どういう判定を下したんだ……? オレは困惑するも、彼女の背中からはどこか嬉しそうな気配を感じた。


「なにボサッとしてんだ。帰るぞ」

「はい」


 オレもリンカの後に続くと、不意に彼女は振り向くと顔を近づけた。そして、唇に当たる感触が――


「――期待したか?」


 リンカは人差し指をオレの唇に当てていた。


「いえ……びっくりしました」

「ふーん。お前って本当に変なヤツ」


 リンカは嬉しそうに笑った。

 オレに向けてくれたその笑顔の発動条件は……全くわからない。

 やっぱり……女子高生は未知の生物だ。






 田舎の夜ではリンリンリンと、虫達の夏の合唱が続いていた。

 あらゆる所から山のように届くお歳暮。基本的には日持ちする食品関係なので全て老婆が管理している。


「おっ」


 その中で一番高いモノを見つけた。差出人は『鳳健吾』。缶詰やハムの詰め合わせだ。


「奮発したのぅ。ケンちゃんや」


 そして、次のお歳暮を手に取り、その届け先を見て老婆は笑った。そして、テレビを見ている老人の元へ行く。


「お歳暮、来とったで」

「毎年、アホほど来るじゃろが」

「やな。今年はケンちゃんからも来てるわ」


 老婆も老人と同じ卓に座ってバラエティ番組を見る。そして、


「今もマスコットらしいで。ユーニーコ君」

「……やめーや」

「ほっほっほ」


 商店街から毎年お歳暮が届く度に老人は妻にいじられているのだった。

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