第105話 ユニコ君が恐れる者

 仮屋と大宮司の決着は時間にしてほんの十数分。素人では理解さえも追い付かない高度な攻防を制したのは大宮司だった。


「お前は終わりだ。仮屋」


 因縁にケリをつけた大宮司は仮屋の顔面にめり込んだ拳を引き抜いて告げる。そして、ずっと見守っていたリンカへ視線を向けた。


「鮫島、先に帰っててくれ」


 大宮司はリンカには近づかなかった。

 自分の都合で怖い思いをさせた事と、武器を持つ者を圧倒する自身の暴力を見せた事。

 この二つは彼女に恐怖を与えるには十分だったから――


「手は怪我してませんか?」


 しかし、リンカはそんな大宮司に優しく話しかけると、仮屋に打ち付けた拳を心配するように手に取る。


「……いや」

「よかったです」

「……君は俺が怖くないのか?」


 それは大宮司が恐れて聞けなかった事である。


「先輩の力はいつも誰かを助ける為に振るってます。あたしにはちゃんとわかってますから」


 リンカは、あなたは間違っていない、と笑顔で告げた。


「帰りましょう、先輩」






「あの海外傭兵の経験もある仮屋をモノともしないとは……凄まじい男だ」

「……」


 ヒカリはドローンを通して大宮司と仮屋の戦いを全て見ていた。


 狂った獣ように襲いかかる仮屋に対して、怯むことなく迎え打つ大宮司の姿に恐ろしいと言う印象を感じなかった。

 むしろ、彼なら絶対に護ってくれる、そう思わせる程の心身の強さを感じたのである。


「パパ達みたいだったなぁ」


 その雰囲気を身近で持つのは警察官である父とその同僚や部下の人達。自宅に来ることも多々あるため、その人達の安心できる雰囲気を大宮司からも感じ取ったのだ。


「……信用してもいいかな」


 ヒカリの中で大宮司に対する考えが変わった所で、


「ぬぬ! これはフィールドのレベルが上がっている!」

「?」


 ドローンは一階のユニコ君とヤクザの戦いを映してした。






 オレはユニコ君を感じていた。別に変態的な事ではない。

 オレ自身がユニコ君であり、ユニコ君がオレ自身なのだ。二つの存在が混ざる様に概念が一つの生物を誕生させるッッ!

 次はどいつだ!? とユニコ君とのシンクロ率が上がって行くオレはヤクザ共に視線を巡らせる。


「お前ら……なにやってんだ?」


 すると、スーツ姿の男が現れた。彼の姿を見てヤクザ達は萎縮し、カシラ!? と声を上げる。ほほう、ここでボスか! 良いだろう、かかってきんしゃい!


「……何だこれ?」


 オレが某格闘漫画の地上最強生物の様に腕を上げて構えた時だった。背後から、聞き慣れた声――


「……本部応答を」

『こちら本部。どうぞ』

「オレの背後には誰がいる?」

『リンと大宮司先輩だよ、ケン兄』


 オレはドローンで状況を俯瞰している二人から情報を受け取った。ありゃ、上は終わったのか……となれば……オレのやってる事ヤバくない?






「…………」


 一階の散らかった様子を一瞥した大宮司は、なんだこれ? と疑問詞を頭に浮かべた。

 佇むユニコ君。倒れるヤクザ。困惑する武藤。理解のキャパシティを越えた場面である。


「……」


 そんな中、リンカはある結論に至り、つかつかとユニコ君に近づく。

 お、おい! 危ねぇぞ! 蹴られる! ユニコ君やめろぉ! と、痛め付けられたヤクザ達は女子高生のリンカが警戒なく近づく様を言葉で静止した。


「おい」


 リンカが凍ったように停止するユニコ君へ声をかける。ヤクザ達が、はわわ、と成り行きを見守っていると――


「お前――」


 次の瞬間、ユニコ君は全力で逃亡ダッシュした。既に着ぐるみの走法をマスターしているのか、二頭身程度の身体にもかかわらず、かなりのスピードで夜の商店街へ駆けていく。


 呆気に取られる場。目が点になるヤクザ達。なんだありゃ? と見送る武藤。情報処理が追いつかない大宮司。舎弟に介抱され意識を取り戻した城之内は、


「お前ら追え! ユニコ君を汚した野郎を取っ捕まえろ!」

「……二人くらいで行け」


 武藤と城之内からの指示に二人程が適度にユニコ君を追いかける。その際に、適当に追って切り上げろ、と武藤はユニコ君の事は無視する様に指示を出した。


 唯一リンカだけが、確信を持った様に額に手をおいて、


「あの……ばか」


 と呟いた。






「おい、起きろ」


 屋上でのびていた仮屋は、武藤から声をかけられて意識を取り戻した。


「む、武藤のカシラ――」

「喋んな。顎外れてんだ」


 包帯を巻かれて簡単に顎を支える手当てをされている仮屋は飛んでいた記憶が一気に甦る。


「大宮司の野郎です! あの野郎……カシラの庇護をコケにして俺らに喧嘩を売って来たんですよ!」


 武藤は倒れている本田とボブを助け起こしている他に眼を向ける。


「俺は向かえ討ったんです! けど、野郎……」

「仮屋。カシラは今、喋るなって言ったろうが」


 横から兄貴分の城之内が仮屋の言い分を咎める。


「仮屋。お前のやってる事は全部知ってる」


 武藤は仮屋の指揮する風俗関係や薬の売買をある程度は把握していた。


「金に困る女が股を開くのも、薬を欲しがるヤツも一定数いる。お前はそこに上手くビジネスを差し込んだに過ぎない」


 煙草を取り出す武藤。城之内がそれに火をつける。


「けどな、それでも越えちゃならねぇ領分ってのはある。お前には前から警告してたよな?」

「な……なんの事――」

「同意意外でカタギを拐う時は、身元を絶対に確認しろって話しだ」


“武藤。今すぐ仮屋を俺の前に連れてこい。ヤツは――”


「お前が指揮してる風俗クラブのスカウトが前に駅で拐おうとしたのは『神島』の縁者だ」

「か……『神島』? それって都市伝説――」

「じゃねぇんだよ。その証拠にお前のクラブと薬のルートには全部サツが流れ込んだ。お前のクラブの常連で繋がりのある政界の先生方も全員即辞任で逮捕されてる」

「は? はぁ!?」

「前に言っただろが。名字に“鳥類”の漢字が入ってるカタギには手を出すなってよ!」


 武藤は煙草を落とすと、苛立つ様に踏み消した。


「ウチも三次団体に格下げだ。まだ、本家から破門にされなかっただけ、恩情を残してくれたんだと。ならこっちも誠意を見せる必要がある」

「ま、待ってくれ。カシラ! 俺は知らなかったんだよ!」

「馬鹿が……この世界で知らなかった、は通用しねぇんだよ! 俺らは薄氷の上に立ってんだ! テメェの足下は今日砕けたんだよ!」


 ケジメつけろ。武藤の言葉に仮屋は三人に取り押さえられ、連れて行かれた。

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