第109話 お前の守護霊は煩悩の神か?

「えー、こちらは海外支部のダイヤ・フォスター女子だ」

「ダイヤ・フォスター、デス! フツツカものデスガ。ヨロシク、ネガイシマス!」

「ちょっと日本語がおかしいのは愛嬌だと思ってやってくれ」


 獅子堂課長がダイヤを皆に自己紹介していた。

 ダイヤは一般的な眼で見ると美女だ。

 あちらでも偏差値の高い容姿には多くの人間が彼女に声をかける。抜群のプロポーションも相まり、本来なら同性でも惚ける程の外見をしているのだが、初登場のインパクトで3課の面々はダイヤがヤバいヤツだと早々に認識している。


「俺も詳しい事は確認中だ。鳳、午前中は会社の中を案内してやってくれ」

「わかりました」

「ニックスー!」


 唯一の知り合いであるオレが妥当な人選だ。離れた所で轟先輩に介抱されている鬼灯先輩に一度目をやった。

 意識はハッキリしているが轟先輩から、大丈夫? 早退する? と心配されている。


「そんじゃ全員、仕事に戻れ」


 獅子堂課長が手を叩くと全員が各々の作業に戻っていく。


「よし、ダイヤ。取りあえず建物内を案内するから、勝手にいなくならないように」

「ニックス……そんなにヒートアイを向けラレルとワタシもヒートヨ……」

「うるせぇ。黙ってついてこい」


 オレはキャーと惚けるダイヤを引っ張る。

 今は3課からダイヤは離す方が良いだろう。それまでに鬼灯先輩が回復してくれると良いが。

 すると背後で、詩織先輩ー! と泉が3課に駆け込んで行った。


「――ニックス、今のキュートガールネ」

「狙うな狙うな」

「ハーイ」


 まさか、日本でダイヤに振り回される事になろうとは……






「ここが一階のロビーだ」

「ワォ」


 来客を通す会社の一階玄関は大理石の床に反射する光でとても煌びやかに見える。

 会社の性質上、来客は予定していなければ来ない。その為、受付嬢のような人員は配備されておらず、入り口近くに置かれた受話器を使って、内部の事務へと繋がるシステムだ。


「上下階の移動は基本エレベーターな。非常階段はあまり使わない」

「YES」


 海外支部ではビルの1フロアが自分達の会社だった。規模は違うが、移動環境は似たようなモノだ。


「にしても……朝オレはここで掃除してたのにそっちは通らなかったよな?」

「プレジデントとウラグチから入ッタネ。サプライズダカラ気づかれない様にッテ」


 社長ってそんな人だったけ? 片手で数える程度しか見たことのない黒船社長はしっかりとした経営者と言った感じだったが。


「ホントは、マックスもジャパンステイしたかったネ。でも選ばれたのワタシヨ」

「オレは何でお前が選ばれたのかわからねぇ」


 まだマックスの方がマシだっただろう。アイツは独学関西弁くらいがチャームポイントだし。

 しかし、社長自らが連れてくるくらいだ。一般社員では読み解けない深いナニかをダイヤに見い出したのだろう。


「ス○ブラで決めたヨ。プレジデントのマ○オ強かったネ」

「……よし、ダイヤ。次は食堂だ」

「OK」


 この話題は止めよう。オレの中で社長が愉快な人になる前に!






「おう、鳳。飯は仕込み中だぞ。まかないは獅子堂に売った」


 オレは一階の食堂で、煙草を吸いながら新聞を見ている料理人の坂東さんに視線を向けられた。彼は噂では海外の有名ホテルで料理長だったとか、中々に箔のある人。御歳75だが、まだまだ現役だ。


「いえ……少し社内を案内中でして」

「コンニチワ! ダイヤ・フォスター、デス!」

「……」


 坂東さんはジロリとダイヤを見る。結構、職人気質な人だから騒がしい彼女と波長が合うかどうか。


「鳳。お前はいつも胸のでかい女とつるんでるよな。趣味か?」

「そ、それは! 偶然の一致と言うヤツでは!?」


 忘れてた。坂東さんは平気で人の性癖に踏み込んでくる人だった。真顔で。


「鬼灯といい、七海といい、泉といい、偶然の一致にしちゃあ、出来すぎだろ。お前の守護霊は煩悩の神か?」

「ニックスは大きいのラブネ? じゃあ、ワタシは条件に入ってル?」

「適正以上だぞ、外国の嬢ちゃん。鳳、そろそろ一人に絞れよ。欲張りすぎだ。このおっぱい星人が」

「坂東さん……マジで変な方向に話を膨らまの止めてください」


 マジトーンのオレの発言に、暇なんだよ、と坂東さんはからかっていたことを白状した。真顔で。


「今開発中の夏野菜納豆サラダうどんの試食で口を閉じてやる。自信作だ」

「……前は夏野菜納豆麻豆腐丼じゃなかったでしたっけ?」

「マンネリ化は防がねぇとな」

「ワォ! ニックス、デイタイムはソレ食べたいヨ!」

「お前は単語の意味理解してねぇだろ」


 必殺技みたいな坂東スペシャル料理は一年中、配給されている。

 坂東さんは自他共に認める凄腕の料理人なのだが、いかんせん、変な所に思考が向くんだよな。

 券売機の『坂東スペシャル』と書かれたスイッチも他に比べて未だに真新しいのが、皆の評価だ。


「外国の嬢ちゃん。昼は俺に話しを通しな。夏野菜納豆サラダうどんを無料で出してやる」

「ワォ! フトッパラ!」


 まぁ坂東さんがダイヤの事を気に入ってくれてよかった。相変わらず真顔だけど雰囲気でわかる。

 だが、ダイヤ、一つだけ言っておく。食べきれなくてもオレは処理しないぞ。

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