第94話 満員電車
オレは財布とスマホを持つと、残りの道具はロッカーに詰め込んでヒカリちゃんのお供をしていた。
ヒカリちゃんからはサングラスを渡されたが、逆に目立つと言って断る。ヒカリちゃんも納得して自分のを仕舞うと、伊達眼鏡を着けた。用意いいね。
そして、リンカ達とは違う扉から同じ車両に乗り込む。
「ちょうどいいね」
電車の中は良い具合に混んでいた。
社会人の帰宅ラッシュが始まり出した時間帯でもあり、おかげで同じ車両に居ても人に遮られてオレとヒカリちゃんはリンカと大宮司君には気づかれてない。
「ケン兄。リン見える?」
「大宮司君が見えるから大丈夫」
リンカは座席に着いて姿は見えないが、大宮司君の背が高いおかげで二人を見失う事は無さそうだ。
彼は体格は人波をモノともしないし、何か話をしている様子で良いムード。
「それよりも、ヒカリちゃんはキツくない?」
どちらかと言うと乗ってくる人達によって扉側に押されたオレらの方が深刻だ。姿を隠せる反面、割に合わない圧力。
「大丈夫だけど……ケン兄の方がキツくない?」
どんどん乗り込んでくる社会人と学生から、オレはヒカリちゃんを扉側に避難させたものの何とか彼女を押し潰さない様に両手で耐えている状況だ。
「ゴミ袋に限界まで詰め込むゴミの気持ちを痛いほど理解しております……」
「あはは。なにそれ」
そして、駅に停車するがリンカ達は降りる様子はない。更に乗客の追加。むお?!
「……」
ふぬぬ、と背後からの圧力に耐えていると、ヒカリちゃんがつっかえ棒をしているオレの肘に手を置く。
「別に……引っ付いても良いけど……」
「え? 狭くなるよ?」
「そ、そう言うのに気を取られて、リン達を見逃す方がダメだから!」
ヒカリちゃんは、わたわた、しながらそう言ってくれる。確かに……二人を見逃すのはヒカリちゃんとしても絶対に避けたい事だろう。
「じゃあ、ちょっと狭くなるけど――」
腕の力を抜き、楽な姿勢になると途端に背後が詰めてくる。それでも何とかヒカリちゃんは潰されないスペースは保持出来た。大宮司君は……涼しい顔をしているな。
「……」
「ヒカリちゃん?」
すると、ギュッとヒカリちゃんが抱きついてくる感触に眼を向けると、ぱっ、と彼女は手を離した。
「あ、あはは! ちょ、ちょっと昔を思い出しちゃって! ほ、ほら! 昔は良くやってたでしょ!」
両親が日常的に構えないヒカリちゃんには抱き着き癖があった。リンカやダイキに隙あらば抱き着き、オレにはよくダイビング抱き着きをしてきたっけか。(受け止める度にオレは自分の肋骨の心配をしてた)
「本当に皆、昔と変わらないね」
「……そうかな」
「そうそう。夏休みにダイキとも会ったけどさ。格好よくなってたけど、どこか垢抜けない感じは昔のままだったよ」
「ダイキと会ったの?」
「夏休みに甲子園の近くでフードフェスがあって、そこでね」
「ふーん」
「今年の甲子園は凄まじかったよね」
今年の甲子園決勝の白亜高校VS四季彩高校は凄まじい死闘だった。
「どっちが勝ってもおかしくなかった。ダイキの事は残念だったけど」
「アレで少しは天狗が折れたでしょ、アイツも」
と、ヒカリちゃんはどこか複雑な様子。おそらくダイキの事を気にかけているんだろう。
「話はした?」
「した。ホントに……昔と変わってない」
いつも背後を走ってきたダイキはヒカリちゃんにとっては弟の様なモノだ。
転んだらいつもヒカリちゃんが一番に駆け寄り、手を引いて上げていた。
「言っとくけど、わたしやリンは昔とは違うからね」
と、オレの胸に人差し指を当てて上目遣いでヒカリちゃんは告げてくる。
確かに……リンカ程では無いが、決して平たくないヒカリちゃんのbasutoは昔とは違う……な。
「……ケン兄。今、変な事考えたでしょ?」
「い、いや! まぁ、皆の成長ぶりに驚いただけだよ! ハハハ」
いくら慣れ親しんだ間柄とは言え、距離が近いのも考えものだ。
ヒカリちゃんの胸の感触に三大欲求の一つが反応しないように、中国の拳法家(一向にかまわんッッの人)が異世界に転生した漫画を脳内で再生する。
「……リンはよく――出来たなぁ」
と、ヒカリちゃんは何か言ったがその時、電車が止まり扉が開いた。
オレは咄嗟に大宮司君を見ると下車して既にリンカと歩いて行っている。
「ヒカリちゃん。降りてる!」
「え? あ! 行くよ!」
「アイサー!」
オレとヒカリちゃんは乗ってくる乗客さん達に頭を下げつつ電車を降りた。
「課長ー? あれ?」
1課に所属しているケンゴの同期である泉は、作業資料に印を貰おうと課長の七海を捜していた。
「課長はフレックスだ。今日は一時間早めに上がるって朝礼で言ってたろ?」
「そうなんですか? 今日は派遣先に直だったもので」
課長席の近くに座る先輩社員は朝礼には立ち会えなかった泉に説明する。
「珍しいですね」
「まぁ、あんまり無い事だな。印鑑が居るなら俺が押しとくよ」
「お願いします」
いつもは誰よりも最後に帰る課長の珍しい退勤に、泉は疑問詞を頭に浮かべた。
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