第93話 放課後ストーキング

「こちらが、我が社における顧客満足度です。一部イレギュラーを除き、貴社にも実績の程は周知されていると思われますが――」


 午後の説明会。

 三年ぶりに加賀の仕事ぶりを見たが、かなりスキルは上がっている。

 スムーズに耳に入る聞きやすさは喋りやすい声の出し方を意識しているのだろう。

 用意された資料は午後で眠気も混じってくる事も想定されている様で、思わず耳を傾けたくなる情報を混じえての説明会だった。(田中達に強制連行された国尾さんは目を開けて寝ていたが)

 同僚のスキルが上ってる様子にオレも、うかうかしてられないな、という気持ちになる。


「それでは、これにて御社からの説明を終わります。ご質問があればどうぞ」


 すると、意外にも国尾さんが手を上げる。寝ぼけての挙手じゃないですよね?


「どうぞ」

「貴社は海外進出を考えているとか聞きましたが。そこんとこはどうなんですか?」

「既に我が社は海外支部を立ち上げております。こちらから人員を送り、手綱を手放さぬ様に展開できております」

「ふむ。では、今は海外の方に力を注いでいると?」

「無論です。しかし、それが原因で今までの関係を蔑ろにするつもりはありません。寧ろ、質を上げた人材を常に提供致します」

「はっはっは。そう言ってくれるならありがたい」


 国尾さんは満足した様子。自然と立ち上がり、帰ろうとした所を後ろに居た田中に、終わるまで座っててください! と肩を押されて強制的に座らされた。

 トイレだ! 我慢してください! とのやり取りに加賀は苦笑いを浮かべる。


「それでは、他にご質問が無ければこれで終わります」


 その後は特に問題なく説明会は終了した。






「お疲れ」


 オレは自販機で加賀にアクエリアスを奢る。今日のリードは常に加賀によるものでオレは単なる置物だった。


「海外の事を聞かれた時はヒヤッとしたけどな」

「別に普通だったぞ?」

「いや、正直返答は完全にアドリブだった。深く知ってる訳じゃないし、社外にも殆んど出てない内容だったからな」


 おそらく、国尾さん経由で伝わったのだろう。ウチ会社は顧客を選ばない反面、一度信用や猜疑心を持たれれば途端に瓦解する事もある。

 信頼を築くのは大変だが、それを手放す時は一瞬なのだ。


「まぁ、一応はバックアップが居たからな。留学生本人が」

「お」


 なるほど。それでオレの起用だったのか。


「お前や泉やヨシ君と違って俺は地味に階段を登るしかねぇからよ」

「なに言ってんだ。オレからすれば今日のお前を見て正直、身が引き締まったわい」


 互いに一芸に秀でるには、まだまだ経験が必要だ。友達であり、良き競争相手としても加賀とは隣を走って行きたい。


「へっ、なら海外転勤決めてぶっちぎってやるかな」

「応援してるよ~加賀くん~」


 同期ならではの会話に花を咲かせているとスマホが鳴る。獅子堂課長からだ。


「鳳です」

『ケンゴか。今、良いか?』

「はい」

『そっちに行ってる1課に少しヘルプを回ってくれるか?』

「良いですけど。何かあったんですか?」

『単純な雑務なんだが、行ってるヤツがトチったらしくてな。5時半の会議までに上げる書類を印刷し忘れてたらしい』

「了解です。詳しい場所は――」


 オレは獅子堂課長から作業の内容を聞き、終わったら直帰で良いからよ、頼むわ。と最後に言われて電話を切る。


「加賀、オレ急用だわ」

「いいよ。後は報告書を名倉課長に出すだけだし。3課は大変だねぇ」

「人気者はツラいんだよ」


 そう言って、じゃあな、と別れた。






 リンカは、ヒカリの持つ緊急回線のやり方を教えて貰うと、学校を出て駅へ向かう。

 帰宅ラッシュでごった返すホーム。改札前で待っていると、大宮司が現れた。


「悪い。待ったか?」

「いえ。行きましょうか」


 少し緊張気味な大宮司にそう言うと共にチケット売場へ。


「駅違うんですね」

「3駅程下だな。金はこっちで出すから気にしなくていい」

「わかりました」


 自分の分は出す、と言っても気を使わせるだけだと察し、リンカはエスコートを大宮司に委ねる。


「お友達さんは、どんなかたですか?」


 ホームで電車を待ってる間、リンカはこれから会う大宮司の“友達”について尋ねる。


「……社会人だ。あまり会いたくない人なんだが……どうにもしつこくてな」

「そう言うことなら任せてください。ビシッと彼女役をキメますから」


 ふんす、と気合いを入れるリンカに大宮司は、ありがとう、と言葉を返す。

 程なくして、電車が到着した。






 大宮司を待つリンカを影から見ている者がいた。


「大丈夫よ、リン。わたしが見張ってるからね」


 放課後に速攻で学校を出て、駅の服屋で洋服とサングラスを買ってぱぱっと着替えたヒカリは制服をロッカーに入れてリンカを尾行していた。


「リンには悪いけど、大宮司先輩は危険だって解って貰わなくちゃ」


 親友は恩人であるからと警戒心が甘い。言葉で諭せないなら、実際に体験して解って貰うしかあるまい。


「お? ヒカリちゃん?」


 すると背後から不意打ちに声をかけられて、ぴっ! と変な声を上げてしまう。


「だ、誰ぇ!」

「わ!? ごめん。驚かせちゃった?」


 そこには帰宅途中のケンゴが立っていた。






 オレは緊急ヘルプの仕事を終えて、少し早いが直帰に足を向けていた。

 すると、駅のホームで知った顔を発見。ヒカリちゃんだ。


「お? ヒカリちゃん?」

「ぴっ!? だ、誰ぇ?!」


 驚いて振り向く彼女に、オレオレ、と詐欺師の様な対応をする。


「ケン兄? 何でここに?」

「仕事でね。そっか、ここは二人の最寄駅だっけ」


 近くに彼女達の通う高校がある。時間帯は丁度、下校時刻か。


「折角だし、一緒に帰る? それとももう迎えとか――」

「ケン兄、ちょっとこっちこっち」


 オレの手を引くヒカリちゃん。なんだろ? と連れていかれるままに柱の影に。


「良かった。見失ってない」

「?」


 ヒカリちゃんの視線の先をオレも覗く。すると、大宮司君とリンカの姿があった。


「お。いいね。デートですか」

「そんな単純な事じゃないよ」

「ほほ?」


 なんだか神妙な面持ちのヒカリちゃん。オレはある結論に至る。


「三角関係?」

「違う! わたしも大宮司先輩も、矢印の向きはリンだから!」


 ほう! 前にレジャー施設で大宮司君が言っていた“彼女”とはリンカの事だったのか。


「いい~青春してるじゃない」

「そんな呑気な事じゃないの! 大宮司先輩ってヤバい人なんだから」


 必死なヒカリちゃん。大宮司君は今時は珍しいくらい硬派であるが、あまりヤバいと言う印象は受けなかったなぁ。


「あの人……前に喧嘩して町の不良とか暴走族を壊滅させたり、ヤクザにも殴りかかったの」

「え? ちょっと盛ってる?」

「盛ってない。警察も学校に来て、一ヶ月くらい謹慎してたし」


 真剣なヒカリちゃんの様子に嘘はないと察する。

 確かに学生にしてはフィジカルが強いと思ってたけど……そんなターミ○ーターみたいな事してたのか。丁度、オレは転勤時だったので知らない事だ。


「あ! 移動する。ケン兄も一緒に来て! わたしだけだとちょっと不安だから」

「いいよ」


 そんな話を聞かされたら行くしかあるまい。しかし、ヒカリちゃん。オレに大宮司君みたいなバトルスキルは期待しないでくれ。ヤバくなったら、お父上に連絡してね。


 今日はお面も持って来てないし……

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