1章 スモールビースト

第16話 小動物(★)

 オレの所属する3課の仕事は他の課への補佐要員ヘルプである。

 休暇、緊急の仕事、産休、と言った、どうしても人手が必要な時に他の課へと出動し、その穴を埋めるのだ。


「普段は会社方面に上がるのでこっちに下るのはなんか新鮮です」

「何日か通うことになるから、今のうちにダイヤを調べておいた方が良いわ」


 オレは鬼灯ほおずき先輩と共に、下りのJRに乗って1課のヘルプに向かっていた。

 とは言っても向かう先は会社ではなく、社員の派遣先。そちらで人手が必要になったので状況把握の為に鬼灯先輩も同行することになったのだ。


「何とかなれば良いけどね。泉さんが頑張ってるらしいから」

「そうですね」

「鳳君は泉さんと同期?」

「はい」

「なら、つもる話もあるんじゃないかしら?」


 新入社員が入らない会社でオレが敬語無しで話せるのは同期だけだ。

 気兼ね無く意見を言い合える立場として鬼灯先輩は見ているのだろう。


「どうですかねぇ。アイツ、本来なら3課に残りたかったらしいですけど」


 手広く事を取り込むオレに比べて泉は一芸に秀でていた。

 その為、1課への配属になった様だが、当人は3課に居たかったらしい。まぁ……鬼灯先輩が居たからだろうな。すげー懐いてたし。


「ふふ。意見を言い合える同僚はとても貴重よ」

「鬼灯先輩の同期はまだ会社にいらっしゃるんですか?」

「ええ。今は1課の課長をしてるわね」


 新事実が発覚。七海課長と……同期?


「鳳君は夏期休暇はどうするの?」


 鬼灯先輩の言葉は3課の夏期休暇は他とはズラす必要があるからこその質問だ。


「予定は無いんですけどね」

「リンカさんと、どこかに行ったりしないの?」

「オレなんかよりも友達と遊びに行くと思いますよ」


 夏祭りのように近場ならオレを誘う選択肢もあるのだろうが、遠出するなら候補は沢山いるだろう。


「それでも、7月と8月の後期のどちらかを考えておきなさい」

「わかりました」

『次は○○高校前~、○○高校前です~』

「降りましょう」

「はい」


 

 オレたちは車内アナウンスに立ち上がり、電車を降りた。






 うちの会社は大雑把に言えば人材派遣が主流だ。

 とは言っても人海による派遣業ではなく、質”そのものを他社に貸し出している。


 一人で五人分の質を提供する。


 それが社長が社員一人一人に求めているものであり、その為の教育体制もバッチリである。

 人員は1課が最も多く、2課と3課で同じくらい。4課に関しては末端の平社員には知り様がない。


 目的の会社に着くと手続きをして作業場へ。相手先も敷地の中に本社と作業棟を持つ大きな会社だ。

 2課の営業による賜物だろう。


「詩織先輩ぃ!!」


 作業場に入って、鬼灯です、と先輩が声を出すと真っ先に飛び付いて来たのは小動物のような小柄な女だった。


 泉玲子いずみれいこ。鬼灯先輩よりも頭一つ背低い彼女はオレと加賀の同期である。

 鬼灯先輩は、よしよし、と優しく撫でていた。


「状況はどうなってんだ?」

「ああ、おおとり。居たんだ」


 この温度差よ。オレも期待した訳ではないがイラッとは来る。


「三年経ってもチビなままだな。お前は」

「あんたも相変わらずガキのままね。お面つけて祭りで暴れるなんて」


 ば、馬鹿な! オレの変装は完璧だったハズ! 何故正体が!?


 驚くオレと、へんっ、と鼻を鳴らす泉を見て鬼灯先輩が笑う。


「ふふ。泉さん、鳳君、仕事をしましょう」

「はい」

「はい!」


 オレと泉は各々返事をした。






「不具合が出たのが最終チェックの時か」

「そうよ。でもエラーの出所が分からないの」


 基本的に仕事と言うモノは、一人が専門的に全てを仕上げる訳じゃない。

 Aの仕事とBの仕事が専門家達によって仕上げられ、それを合わせてCと言う商品になる。

 その為、Cの段階でエラーが出た場合、AとBの双方に確認を取らなければならないのだ。


「エラーを辿っていけば?」

「やったわよ。けど、全部“正常”なのよ」

「はぁ? なんだそれ」


 意味わからん。


「標準バグじゃないのか?」

「確認したわよ。そっちは正常。内部でなんか起きてる」

「それでも、記録は残るだろ。正常パターンを追って行けば……」

「その“正常”のパターンの確認は10万以上あるのよ」


 オレは目頭を抑えて、ふー、と息を吐く。


「期限は?」

「1週間」


 おいおい、死刑宣告か? 10万パターンの確認なんて、1ヶ月あっても足りないぞ。


「提供した所に連絡しろよ。少しでも情報が要るだろ」

「もうしたわよ。でも、担当者は席を外しているので折り返します、って二日は経ったわ」

「完全に切り離しにかかってるな……」


 今も他の作業員たちが必死にパターンを動かしている。

 こうなると末端社員では無理だ。上と上で話し合って貰わないと……だが、そんな時間はない。


「3課を総動員しないと無理だろ」

「1課もね」


 そんなこと出来るハズはない。この場にある手だけで何とかしなければ。


「お前、Aの作業は専門じゃん。少しは目途とか立たないのか?」

「Aだけならね。色々な処理が複雑に絡み合って、最終的にはFとかGまで変化してるのよ」


 こういうのは常識よ、と泉は腰に手を当てる。専門的な分野では常識らしいがオレにはさっぱりだ。


「オレには有効な手段は思いつかねぇ」

「使えないわねぇ。海外で何してたのよ」


 ぐっ……。さらっと侮辱されたが何も言い返せない。


「詩織先輩は?」

「先輩は作業リーダーと話しに行ってる」


 鬼灯先輩は今回の問題の全体の流れの把握に勤めていた。

 どこの発注で、どのような作業が行われたのか、責任者は誰か、工程による日数の予測は問題なかったのか、など。


「あんた、詩織先輩を手伝いなさいよ」

「無理に決まってんだろ。今回のオレはその他大勢のモブでしかねぇよ」


 今回の件で泉ほどの知識はないオレもしらみ潰しのパターン確認に入るか。

 しかし、鬼灯先輩が何とかしてくれる、なんて頼りきりになりたくないのも本心だが……


「オレは地味に行く。お前は一部専門だし、鬼灯先輩を助けてやってくれ」

「言われなくても。詩織せんぱーい!」


 搦め手は女神と小動物に任せてオレは目の前のデスロードを走るとするか。



https://kakuyomu.jp/users/furukawa/news/16818093081632879892

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