第15話 彼女の笑顔(★)

 オレは腕にかかる重量感を感じて目を覚ました。

 窓から射し込む薄い光が早朝であると認識させる。


「――ずっと変わらないなぁ」


 布団から外れてオレの腕を枕に寝るリンカの寝顔は昔と同じだった。その頭を撫でてあげると彼女は嬉しそうに微笑み――


「――」

「あ、オハヨウゴザイマス」


 その感触に刺激されたのか、目を覚ました。


「……――っ!?」


 目が合い、状況認識の間があってリンカはハネるように上体を起こす。


「……おはよ」


 そう言いながら恥ずかしげに頬を赤らめてジロリと睨んでくる。眼は少し赤くなっているが、大丈夫そうだ。


「……忘れろ」

「え?」

「……夜中の事……」

「夢でも見たの? ずっと寝てたと思うけど」


 昨晩の事は互いにそう思う方が今後もやりやすいだろう。


「……ばか」


 その時、オレのスマホに連絡が入る。セナさんからだ。オレはリンカに出てもらった。


『リンちゃ~ん。お母さんが悪かったから~帰って来て~えぐっえぐっ……』

「もう帰るから家の鍵開けて」

『うん……開ける……グス……』


 ようやく帰れそうだと、リンカは玄関へ向かう。オレも見送る為に立ち上がった。


「泊めてくれて……ありがと」


 扉を開ける前に背を向けたまま、リンカはお礼を言ってきた。


「気にしなくていいよ。これがオレたちの日常でしょ?」


 するとリンカは振り向き、


「調子にのるな。ばか」


 と、はにかんだ笑顔で悪態をつき、部屋を後にした。


 帰ってきて六日目の朝。オレはようやく、彼女を笑顔にすることが出来たらしい。






 同時刻。会社では月に一回の幹部会が早朝から始まろうとしていた。


「夏だと言っても朝は涼しいな!」


 ずんずんと、廊下を進む小山――3課課長の獅子堂玄ししどうげんは会議室の扉を開けて中に入る。

 会議室は薄暗く、電気が消えてブラインドが全部下りていた。


「悪の組織か!」


 思わずそんなことを叫ぶが、既に一人席に着いている者がいる。

 彼は卵を食べているようで、簡単なランチボックスに殻が収まり、水筒が横に立てられていた。


「真鍋! 飲食は屋上と食堂以外禁止だぞ!」


 獅子堂は座っている男に向かって叫ぶ。

 真鍋聖まなべこうき。彼は4課の課長・・である。


「失礼。朝食がまだだったもので」


 真鍋は静かに感情を廃したような声で言う。

 彼は社長と共に移動する事が多い。その為、簡単に済ませられる食事を好んでいるのだろう。


「いや、会社じゃ食堂か屋上で食え!」


 そこじゃねぇよ、と適切なツッコミを入れる獅子堂に真鍋はスッとランチボックスに入った卵を勧める。


「獅子堂さんもどうですか?」

「お、弁護士のクセに同罪にする気か! 乗ってやろう!」


 ガハハ、と卵の一つを取ろうとしたところであることを思い出す。


「真鍋……誰がコレ作った?」

「詩織です」

「止めとくわ」


 獅子堂の言葉を聞いて、真鍋は自分の元にランチボックスを引き戻す。


「いやはや、お二方は早いですなぁ」


 と、次に会議室に現れたのは糸目に痩せこけた頬が印象的な長身の男だ。

 腹の内が読めないような笑みが標準の中年は、名倉翔なくらしょう。2課の課長である。


「名倉! 相変わらずニヤけおってからに!」

「これは手厳しい。2課では必要な武器スキルなのですがね」

「おはようございます。名倉課長」


 真鍋の挨拶に、おはようございます、と名倉も返す。


「だいぶお忙しいようで」


 名倉は糸目を僅かに開き、ランチボックスを見て4課の奔走ぶりを推測する。すると、スッと真鍋はランチボックスを名倉に寄せた。


「お一つどうですか?」

「おや、お気遣いをどうも。しかし、朝食は済んでいるのでお気持ちだけ頂きます」


 名倉の言葉に真鍋はランチボックスをまた手元に戻す。


「暗いですね。節電ですか?」

「いや、エコをガン無視してるウチに限ってそれは無いだろ」

「獅子堂さん。全員揃うまでこのままで」


 スイッチを触ろうとする獅子堂に真鍋が言う。


「――なるほど」

「あん? あー、わかった」


 その理由を察した二人は真鍋と同じく用意された席に座った。


「なんだ。今回も俺が最後かよ」


 最後に部屋に入ってきたのは眼鏡にスラックスとスーツを完璧に着こなし、男装のように見える女だった。


「七海! ビリだぞ!」

「うるせぇ、筋肉ジジィ」

「たまには一番最初に来てはどうですか?」

「嫌みかコラ」

「七海課長」

「おい、それ詩織が作ったヤツだろ。勧めんな」


 1課課長の七海恵ななみけいは各々からの歓迎を受けて、つかつかと歩くと最後の席にどかっと座る。


「て言うか暗っ! もうろくしてないで誰かつけろよ」

「席に着いてから気づくお前もアレだがな!」

「喧嘩売ってんのか? ジジィ」


 七海は再度立ち上がり、電気をつけた。

 パッと明るくなる会議室。暗闇に慣れた眼が眩しく感じる。すると、上座の席がくるっと回転した。

 そこに座って居たのは、魔法少女アニメのアイマスクを着けた男だ。ずっと暗闇の中に居たのだろう。


「社長。全員揃いました」


 真鍋の言葉に全員が上座に居る会社のトップの言葉を待つ。そして――


「zzz……」

「ゴラァ!」


 七海がアイマスクを剥ぎ取る。

 よだれを垂らしていた、若社長の黒船正十郎くろふねせいじゅうろうは、んあ? と間抜けな声で目を開けた。


「お……おおん? なんで皆集まってる?」

「オメーが毎月呼んでんだよ、オメーが!」

「七海課長。落ち度は社長にありますが、少しは敬意を」


 名倉の言葉に七海はやり過ぎたと自覚し不機嫌ながらも、さっさと始めてくれ、と席に戻る。

 その騒ぎで事態を把握した黒船は、あー、と寝起きの頭を再起動しながら歯切れ悪く幹部会を始めた。


「各々の課の状況を直に聞きたい。各課の問題と改善点。私への要求。後……なんだっけ? 真鍋」

「海外の件です」

「おお、そうだ。獅子堂君、鳳君だっけ? 実に良くやってくれた。苦労しただろうから彼には金一封包もうかと思う」

「そいつは喜びます」

「本来なら役職を繰り上げるレベルだが……上の枠は埋まっている。それで納得してくれるなら良いが」

「鳳は複雑な打算が出来るヤツじゃないですよ。目の前の事に全力で結果を出すヤツです」

「良い人材だ」


 そして、黒船は今後に響いてくる議題を先に口にする。


「近いうちにまた海外へ人員を送ろうと思ってる。向こうからはこちらに受け入れてね。交換と言う形だ。その方が日本とアメリカの社内環境の把握と改善につながるだろう」

「それは――」

「鳳君を第一候補に上げたい。まぁ、今すぐと言うわけではないが、出来れば今年中には進めたい一件でもある。獅子堂君の方からも声をかけておいてくれ」



https://kakuyomu.jp/users/furukawa/news/16817330663075718284

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