第14話 悪夢
ケンゴは鮫島家での夕食会の片付けをしていると、レモンハイをセナさんから奪ったリンカが合流してきた。
既に蓋が開いているので、とっておく事も出来ず、勿体ないが台所に流す。
「皿はこっちに持ってきて。オレが洗うから」
先に台所を陣取っていたケンゴは進んで汚れ役を担う。
今回の食費は鮫島家持ちなので、これくらいはやっておきたいと言う彼の心遣いだ。
リンカは皿、ボール、と順番に持ってくると最後にカランッとたこ焼き返しを置いた。
一瞬、ケンゴはびくっとなって、そっとリンカを見る。彼女はたこ焼き機の油を拭き取って片付けていた。
「ふいー」
どうやら殺意の波動は収まったようだ。酔っていたとは言え、流石に馬鹿正直過ぎたと反省する。
「それで」
するとリンカは横に並んでケンゴが洗った食器を拭くと言う役割を担う。
「他には?」
「何が?」
「雑誌の感想。他にないのかよ」
ケンゴは冷や汗が流れた。
これは、マジでヤバイかもしれない。返答を誤れば間違いなく
「えーっと」
「無いのか?」
ギラリと鈍く反射する包丁。ケンゴは洗い物で両手が塞がっており、セナは寝ている。
ケンゴは緊張のあまり、生唾を飲み込んで――
「大人になってたね」
取り繕おうにも言葉が出てこなかったので、思わず本音で答えた。
「どういう意味だよ」
「いやさ、オレの中でリンカちゃんはずっと後ろをついてきてくれたイメージだったから。でも雑誌ではずっと大人になってて驚いたよ」
余計な打算なんて考えつかない。
水の流れる音と黙々と進む作業が永久に感じる。
「少しは……隣に」
「リンカちゃん?」
「……なんでもない」
どうやら返答は問題ない部類だったらしい。
「そんじゃお休み」
オレは部屋の鍵を開けると見送ってくれたリンカを見る。
「シ○るなよ」
「いや……流石に寝るって」
段々、リンカの毒舌に慣れてきた自分が怖い。
『リンちゃーん。どこー?』
「はーい! お母さん、声を上げないで!」
セナさんが家猫モードで娘を捜してウロウロ様を容易に想像できる。
また、下着姿で出てこられても困るのでリンカは部屋へ帰った。
オレは時間的にはまだ遅くはないが、風呂に入ってゆっくりして少し早めに寝るとしよう。
「ん? あれ?」
すると、リンカがドアノブを動かして何かを確認している。
「お母さん。ちょっと! 起きてる!?」
『リンちゃーん……戸締まり忘れてますよーzzz』
「セナさん……マジか」
リンカは困った様にオレを見る。
「やっぱりダメだ。多分、玄関で寝てる」
オレはセナさんの携帯に連絡して、何とか起きてもらおうとしたが、どうにも距離があるらしく上手く行かない。
「もういい」
「いやいや、学校もあるでしょ?」
「お母さん、朝のアラームの音には絶対反応するから」
その時に着信を見れば状況を理解してくれるか……
と、リンカは自分の部屋の扉に背中を向けて座った。
「……何やってるの?」
「ここで寝る」
「いやいやいや。オレの部屋でよければ泊っていいよ」
「…………わかった」
昔は喜んで部屋に入って来たけどなぁ。小学生の頃だけど。
部屋に入り電気をつける。朝、ドタバタして出たままの部屋は少し散らかっていた。
「少しは片づけろよ」
「朝は急いでまして」
悪態を突きつつもリンカは適度に片づけを始めてくれる。
「あたしがやっとくから、お風呂に入れ」
「え、なんか悪いよ」
「いいから」
泊めてもらう事を悪いと思っているのだろうか。そんな事は今更なのだが、それでリンカの気が済むなら言葉に甘えるとしよう。
オレは風呂から出るとリンカはちゃぶ台を端に寄せて布団を敷いていた。
少しネットサーフィンしてから寝る予定だったが、今日は流して少し早く寝る事にしよう。
「消すよー」
クーラーの温度を設定して電気を消す。布団はリンカに譲ってオレは少し外れた所で仰向けになる。
「おやすみ、リンカちゃん」
「……おやすみ」
こちらに対して背を向けた様子が暗闇でも解る。
昔は昼寝なんかをする時は腕枕なんかをしたなぁ、と懐かしんでいると意識は眠気に呑まれて行った。
「――――」
少しだけ気だるい暑さを感じて目を覚ます。見るとクーラーが切れて、室内の温度が上がっている。
「……リンカちゃん?」
リモコンでクーラーをつけようと身体を起こすと、こちらに俯いているリンカの姿があった。
「……なんで」
暗闇で彼女が呟く。その時、月を隠していた雲が移動し、月明かりが部屋の一部を照らした。
「――――」
オレは思わず言葉を失った。彼女は涙を流していたのだ。俯き、ぽたぽたと、雫が落ちる。
「……悪夢だった」
「リンカちゃ――」
「悪夢だった!!」
リンカは大粒の涙を流しながら叫ぶ。
「朝……部屋を出ると……一人なんだ……帰っても……待ってても……二度と帰って来ない……」
「…………」
「お母さんは……あたしの為に……働いてくれてる……だから……支えてあげなきゃ……ダメなんだ」
「……なら、今の君を誰が支えてる?」
リンカは俯いたまま答えない。ただ、涙だけは止まらなかった。
「三年間……悪夢だった……何でもない風に……ずっと……ずっと……振舞って……でも……もう大丈夫だって……大丈夫なのに――」
彼女はどのような悪夢を何を見たのか。ここまで感情が制御できない程の
「オレは何で君がそんなに悲しんでるのか分からない」
リンカは肝心なことをぼかして泣いている。しかし、ソレを追求することで更に深い傷を負ってしまうかもしれない。
「そう……だよな……だって……お前にとってあたしは――」
オレは涙が止まらないリンカの頭を撫でてあげた。
それは、彼女が泣いて塞ぎ込んだ時に必ずしてあげた所作である。
「君がオレの事を嫌っててもオレは君の事を嫌ったりしないよ」
「……うるさい……うるさい! うるさい! うる――」
それ以上叫ばせると彼女の心が壊れてしまいそうだった。だからオレは彼女を包むように優しく抱きしめる。昔のように―――
「――うる……さい」
「ごめん」
「……謝るな」
「そうだね」
「……眠い」
「いいよ。眠って」
「……起きたら……いてくれる?」
「うん。ずっと君を見てるよ」
リンカは疲れたように目を閉じると寝息を立て始めた。
「――――そうだよな」
姿は大人に近づいてても、まだ心は子供なんだ。その事をオレは理解してなくて三年もの間、寂しい思いをさせてしまったのだろう。
布団に寝かせてあげると、オレも彼女を見守る様に横になる。
「君が大人になるまでオレはここに居るから」
涙の残るリンカの寝顔を見て、彼女が大人になるまで護る事を強く誓った。
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