第2話 年頃は地雷原
三年間の海外転勤から日本に戻り、新卒時から世話になっているアパートで再度世話になる事になった。
本来なら三年も空けるなら借家は一旦引き払うのだが、会社の意向で部屋を残して貰える事になったのだ。
そんな会社だからオレも誠心誠意を示したいと思うし、再び日本の仲間と働ける事には嬉しさを感じる。
「ケンゴ! 飯に行くぞ!」
初老の男――獅子堂はケンゴの課の長である。ちなみに趣味は筋トレで小山の様な体型。柔道は有段者。
「もうそんな時間ですか」
スマホの時計を見ると昼時の五分前。
「皆優秀で進みが良いからな!」
ガハハ、と笑う獅子堂課長はデスクワークをやるような見た目に見えないが、実はかなりのやり手である。
帰還祝いだ、好きなもん奢ってやる。と言う言葉に甘えて昼は適当な日本食に連れていって貰った。
「お前が戻ってからウチの課も安泰だ」
「マジですか。オレはそんなに重要なポジションを……」
「ガハハ! 本来ならリモートで翻訳しながら向こうと合わせるんだが、お前のお陰で海外支部のと連携はスムーズに行えた」
「入社三年目に任せる仕事にしてはヘビーでしたよ」
「別に逃げても良かったぞ! 地の果てまで追いかけるがな!」
冗談を言っているがこの人ならマジでやりそうだと、ケンゴは笑う。
「それにお前はきちんとやり遂げると思っていたからな」
「かなりの博打っすね。根拠なんて無かったでしょ?」
「ガキから懐かれる奴は決まって人柄が良いんだよ。お前は人を隔てなく見れる奴だったからな。だから推薦した」
同じ仕事でも文化や人種の壁はある。
国を跨げばそれが元でトラブルになることは少なくないだろう。
「三年間、よくやってくれた。ありがとな」
頭を下げる獅子堂にケンゴは慌てて、止めてくださいと、言った。
「周りの挨拶は済んだのか?」
運ばれて来た定食を食べながらケンゴは昨日の帰宅時の事を思い出す。
「あー、まぁ……」
「歯切れの悪い奴だな。リンカちゃんとは会ったんだろ? 隣だしな」
「まぁ……なんか怒ってましたけど」
「なんだぁ? 帰宅早々、ラッキースケベでもやりやがったのか?」
「んなわけ無いでしょ。それどころか軽蔑の眼差しを向けられましたよ」
「少なくともなんかあったんだろ。高校生ってのは多感な時期だからな。ほら、女にしかないアレだよ」
「アレっすか」
聞く人が聞けば最低な会話をしている二人。この場にリンカが居れば間違いなくゴミを見る眼差しを向けられるだろう。
「ウチの娘もそんな時期があった。年頃の娘を持てば誰だって経験する事だ」
お前の立場はレアだぜ、と獅子堂は笑う。
年頃の娘か……取り扱いにはやはり爆弾解体並みに慎重になるべきだろう。
少しだけ残業をして色々と考えながらアパートの階段を上がる。
何人か小さい子供の世話をした記憶があるが、中でもリンカは特に懐いてくれた。
海外に転勤になる時も、リンカだけ見送りには来れなかったものの関係は悪くなかったと記憶している。
「直接聞くか……」
しかし、あの軽蔑の眼は効く。やんわり行くか、やんわり……
「――遅くない?」
いきなりリンカとエンカウントした。彼女はスマホを片手に扉に寄りかかり、時間を潰していた様に見える。
「お、おお。こんばんは……」
「何きょどってんの? かの……女でも出来た?」
「いやいや。残業だから! 色々と仕事を調整が大変なんだよ」
「あっそ」
聞いておいてこれか。うーん。ちゃんと怒った方が良いのか? しかし、話せば解ると思うんだけどなぁ。
「……あのさ」
「なに?」
「そこ、オレの部屋なんだけど」
リンカが背を預けているのはオレの部屋の扉である。退いてくれないと中に入れない。
「夜」
「ん?」
「これから何か用事あんの?」
「いや。飯食って適当にネットやって寝る。明日も仕事だしな」
世間は夏真っ盛り。地元では少し早めの夏祭りなんかをやってたりしている。
「……明日」
「ん?」
「昨日、うるさかった詫びしろよ」
昨日の夜の事を言っているのだろう。今日はイヤホンをつけてネットサーフィンしようと思っていた。
「明日、夏祭りに行くぞ」
「お、おお……」
突然の誘いにそんな声しか出ない。こんなに緊張する相手じゃなかったハズ何だけどなぁ。
「帰って来た時は連絡しろよ」
「あ、連絡先はアパートの番号で良い?」
「スマホ」
「あ、はい」
スマホを取り出すとリンカは奪うように略奪。そして慣れた様に操作すると通り過ぎざまに押し付けるように返してきた。
「LINEに登録しておいたから。余計な連絡はすんなよ」
そう言ってリンカは自分の部屋に帰って行った。
「……地雷原を歩いてる気分だ」
女子高校生と言う生き物は本当に理解が追い付かない。
ちなみにリンカのLINEのアイコンを見ると、大家さんがアパートで放し飼いにしている猫の写真だった。
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