第3話

「ミーンミンミンミンミンミンミン」

蝉がせわしなく鳴くこの暑い日差しの中で歩みを進める。

汗が頭から首から脇から体中いたるところから湧き出る。さっき駄菓子屋で涼んだばっかりだったのに息をつく間もなく体も夏らしく変わっていく。汗は乾くと臭うし何より汗でぬれた服が不快だから汗をかかざるを得ない夏は一番嫌いな季節だ。

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なんでこんなに暑いんだろうか、僕たち生き物はそんなに悪い事をしたんだろうか。何か不幸があると神様を恨む癖に毎年元旦になると神様にお願いをしにいく国民性。恨むたびに神様はひどい奴だ、どうせ助けてくれやしないんだ、と願ってないふりをして願ってもいつも願いを叶えてくれない。願いは神様は叶えてくれないと分かりながらも何となく神様に縋って国民性や社会の”常識”に流されてお願いをする。口では神様に対して文句や不信感があっても結局は僕は今年も神様に会いに行ったし神様に来年も会いに行くというのは悲しくても何となくまだ神様を信じている自分がどこかにいるんだろうな、と思い悲しくなった。

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みのりの家に向かっている途中、突然後ろから目線を感じ振り返ってみると髪の長い白のワンピースを着た少女がこっちを見ていた。なんだろう、知り合いかなんかかな、困ってるのかな、と考えていると少女はその場から立ち去ろうとしていた。あ、待ってどうしたのっ?と慌てて聞くと「なんでもないの」と年齢にはそぐわない言葉遣いをしその場から消えてしまった。今度は僕の声も届かなかったみたいだ。年齢にして16歳ぐらい。遠目から見てもすごく手入れのされたサラサラの黒髪で酷く理知的な印象を持っている女の子だった。あんな子知り合いにいなかったよな、と思考を回しているうちにみのりの家に着いた。いったい何だったんだろう。

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「ピンポーン」

呼び鈴を鳴らすとみのりのお母さんの返事が返ってきた。みのり!健司君よーと家の外まで元気な声が聞こえてきた。そうするうちにドアは直ぐ開いた。「あらー健司君久しぶりねぇ、元気してた?少し背が伸びた?どんどん成長するわねぇー」とこちらが口をはさむ隙間がないほどの流れ出る言葉の数々に一瞬気を失いそうになりながらも「今日は課題を見せてもらう約束をしてて」と当たり障りのない嘘をつき家に入ることに成功する。上からドタドタ聞こえる、大方部屋の大掃除だろうと思う。「あら、みのりったら全然そーゆーこと教えてくれないんだもん、何も買ってないしあ、ごめんなさいねーすぐお茶出すから上で待っていらっしゃい!」と上でみのりが掃除をすることにも特に気を留めず疑問にも思わず小走りで台所にかけていく。途中何度も足を滑らせそうになるところから今を真剣に生きている人間の片鱗が垣間見えた。僕は別に今を真剣に生きていないわけじゃない、ただ今に集中する人間、今しか見ない思考の人間は理解が出来ない、僕は至って真面目に生きている積もりだ。しかしあまりにも人間としての性能の差を感じる。今に集中することができればどれだけ人生は簡潔な世界に見えるのだろう、と思う。「あら健司君まだ下にいたの?」みのりの部屋から片づける音が聞こえているんで。と答えると「やぁねぇ、みのりったら約束を忘れちゃってたのね、誰に似たものやらほっほっほ、え私忘れてないわよね!?ていうかみのりーー健司君もう上がってもらってるから掃除終わるのーーお待たせしちゃダメでしょーー?」もうこの母親に関して話すことはないぐらいに今を生きている輝いた人間だ。となりにいると申し訳なくなるが当の本人は僕が暗い気持ちになっていることすら気づく事はせず、一般常識的に喜ばれると思う言動や一般常識的な行動をして僕との時間を楽しく過ごしているんだろう。眩しくて耐えられなくなりお盆をもらい上に上がることにした。

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「みのり、急に来てごめん」

そう話すといいよいいよ気にしないで!でもちょっとだけ待ってもらえる?なんか色々やるべきことあって掃除とかじゃないけどね!と慌てている声が返ってきた。まぁ突然人が家に来ることも少ないだろうし増してや意中の男子だとなると猶更大変なんだろうな、と他人事のように考えた。みのりと母親はしっかり者のみのりとおてんばな母と真反対の性格をしているがかなり仲は良いようだった。いつの間にかこの一家に来るたびに親子関係の良さに嫉妬し、母親の純粋さに、みのりの純白さに穢れた自分が来ることの罪悪感を感じるようになった。黒く渦巻いた醜くて凄く惨めな感情は二人のどちらにも届くことはない。

「ごめんね!おまたせ」

そういって扉が開いた。

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承泣の星 近藤礼二 @kondoureizi

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