第6話
この海域の島々は元々、一つの巨大工場地帯だったらしい。海面上昇で沈没した土地を放棄して、工場をコンクリートの高台に移すことを繰り返すうちに、このいびつなコンクリ暗礁が出来ちまった。夜の八時ごろ、俺と火伏は目的地、ロボット島へ辿り着いた。モザイク柄の月が、ロボット島を照らす。
ロボット島のコンクリ暗礁の一つにハイドロバイクを横付けし、廃工場跡へ潜入する。廃工場の屋根は崩れかけていて、床も浸水が進んでいる。満潮時になるとくるぶしの辺りまで海水に浸かるだろう。寄せて返す波が長靴にぶつかり、砕け散る。
懐中電灯の明かりを頼りに、俺と火伏は薄暗い廃工場を歩き進む。月明かりが、荒れ果てた廃工場の生産ラインを照らしている。プレス機や自動旋盤機は、原型が分からないくらいに錆びついて、岩のようにも見えた。
ベルトコンベアや床には、人間そっくりの腕や足が散らばっている。この島では、人間そっくりのアンドロイドを作っていた。その部品が転がっているのは、気味が悪い。
先導する俺は、青銅の骸骨を毛布で包み、ロープでグルグル巻きにして背負っていた。腰ベルトにはシグナルキャノンを吊るしている。火伏は長靴をがっぽがっぽ鳴らせて、ウェットスーツの腰ベルトをキツく引っ張ってくる。地味に痛い。
「こういうとこ来るなら、前から言ってよお、準備できてなくてあぶないじゃん」
「お前の飛行服の方が、俺のウェットスーツよりよっぽどか性能がいいだろ」
「でえ、ここはなんなの?」
「この島は、元々一つの大きな工場だったのさ。昔は千人もの作業員がいたらしいぜ」
「1000? そんな数の人間がいたの?」
「ま、ディクタトルの計画死のおかげで今じゃあ、がらんどうだ」
肩を竦めて、俺は言った。
地球全土を支配したディクタトルがまず始めた事。それは計画的な人口の削減だった。それに対しての反応は色々あった。素直に受け入れる奴、家族を差し出す奴、僻地へ逃げる奴、そして、武装蜂起するやつ。監政島に従わない奴らは、即決で計画死を賜った。そんなこんなで、反乱の犠牲者もあって、百三十億人に膨れ上がっていた世界人口は、今や八百万人まで減っているという。
「でさでさ。なんでこんな湿っぽいところにわたしを案内したの? 入水でもする?」
「したくねえからここへ来たんだ。ここには無傷の発電機がある。それで女神ティーを蘇らせるんだよ」
発電機と聞いて、火伏は顔を曇らせた。
「わたしも君も、テレマ発電機は動かせないんですけど。意味なくない?」
「実物をみりゃ納得つくぜ。この梯子を登りな。答えが見つかる」
俺はボロボロの梯子を指さした。うーしょうがないなあ、と火伏は梯子を上ってゆく。
屋上は潮風が強かった。俺が屋上へ登ると、火伏はぼおっとソレを見つめていた。
ソレは工場の真正面の、コンクリートの土台に据え付けられていた。巨大な風力発電機がひとつ、海面から突き出ている。あれが、目的の発電機だ。コンクリートの土台からは、有り合わせの廃材で作られた橋が掛けられ、その上にいくつものケーブルが敷かれていた。
真っ白だったらしい風車の羽は、潮風でところどころ茶色く錆びている。けれど、風車は錆びにめげず、西風を受けてゆっくりと回転していた。俺は火伏に近づきながら説明する。
「あれが前世紀の遺物、風力発電機だ。マキア駆動じゃない正真正銘のレトロアイコンだぜ」
「非ソウルマキアの発電機があるの! 持って帰れないかな。欲しいんだけど」
火伏は目を輝かせて、八百年前の風車をじっと見つめる。
「持って帰れるなら、やってみろ」
「すえひろならできるよ。とりあえず引っこ抜いて」
「俺のものじゃないから無理だ。アレには所有者が居る。工場が潰れた今も、奴らは健気に発電機を整備し続けてる。理由は知らないけどよ」
「奴ら? だれもいないじゃん。テレマの反応は全くないよ」
「人じゃあないぜ。この工場に捨て置かれた野良ロボット達さ。アイツら、『ロリポット』と話を付けなきゃあ、風車は貸してもらえねえ」
「野良ロボット? 未登録ロボットの存在は違法だよ。見つかれば処分されちゃう」
「あいつ等みたく、生き残ってる奴も多いんだよ。ほれ、屋根をひっくり返せばこのとおり、ってひいっ⁉」
ロリポットを探すために、屋根裏をのぞき込んで俺はひるんだ。暗闇の中で無数のカメラアイが蠢いていた。
俺は懐中電灯を投げ落とし、火伏に抱き付いた。
「あの。すえひろがビビってどうすんの」
「だ、だって、いつものロリポットは、多くて十匹ぐらいしか居ないはずなんだぜ!」
「本当にビビりだねー。ホントに選ばれしヴィランなの?」
「ビビらなきゃ生き残れねえわ! お前が勝手に選んだんだろうが! ええ⁉」
俺が抗議していたとき。
ボロボロのメイド服を纏った少女が一体、顔をひょこと上げた。これが、ロリポット。ロリポットたちの外見は皆同じで、長い黒髪に虹色の瞳を持つ、給仕の格好をしたロボットだ。関節は人形のようなボール状。それだけでしか人間と見分けがつかないほど、作りは精巧だった。
「こちらソラリス。ローグ班、展開せヨ」
眼帯を右目に着けたロリポットが命令した、すると、屋根裏から同じ顔と服のメイドロボが、わらわら出てきた。ただ、メイドドレスの傷み具合はそれぞれ違い、皆ボロボロだった。中には片腕が無かったり、錆びたフレームが剥き出しのヤツも居る。ロリポットたちは、俺達を取り巻くように屋根へと集う。虹色の瞳は、全て火伏の方向を見つめていた。
「え、え。わたしメッチャ見られてる? なんで?」
「火伏がめずらしいからだろ。多分ロリポットは、人間の女を初めて見たんだからよ」
ロリポットの一体が、火伏を指さして、問うた。
「隣の男は知っている。隣の島の住人ダ。けれど、お前はダレだ?」
「え、ええと、アタシは火伏。火伏=アリアンナって名前だよ」
「火伏=アリアンナ。データベースに照合無し。私はソラリスっていうノ。お前は、何しに来タ?」
「お願い事をしに来たんですけども」
「ネガイゴト?」
俺は親指で、風力発電機をさし示した。
「あの風車を貸してくれよ。電気が欲しいんだ。理由はだな」
「ヤダ。発電機は貸さなイ」
食い気味に、というより俺の言葉を遮るかごとく、眼帯のロリポット――ソラリスは言った。どうもこいつがリーダーらしい。
「え? どして? 話違うじゃん」
火伏がむくっつれると、ソラリスは答える。
「我々は責任者の判断無しに、工場の備品を供与できないワ。たとえ存在しなくともネ」
「110番もつながらなイ」「ニンゲンはすぐサボる」
と、ロリポットたちは、口々に文句を言う。俺と火伏は顔を見合わせた。
「110番って、八世紀前の通報ダイヤルじゃん。今のレンジャー軍通報ダイヤルは、999だよね」
「こいつらは八世紀前の間、ロボット島に取り残されてたんだ。こいつらの中では、まだ警察も日本もあるんだよ」
「ガラパゴスってやつだ」
そういうと、火伏は頭を抱え、目をつむった。それで悩んでるつもりか?
さて、どうする。貸してもらえないなら、奪うしかねえ。だがな、風力発電機の使い方なんて、俺も火伏も知らない。火伏が口火を切った。
「発電機、使わせてよー。お仕事にいるんだよー」
「だから先ほどから言っているワ、工場管理者の許可が無いと不可ネ」
ソラリスはめんどくさそうに、手を振る。
「ふーん? それでいいの? わたしはお偉いさんなんですよ? 工場を接収できる権限も持ってるもん。だから命令です、発電機を貸しなさい」
俺は火伏の自慢げな横顔を見た。確かに火伏は北方領主の門閥で、監政島のナイトシーカーだ。それくらいの権力はあるのかもしれない。無いかもしれんが。ていうか無いだろ。
どうも火伏なりに、ハッタリを演じるつもりらしい。俺は腕を組んで、黙ることにした。
「貴方は偉い人のようだけど、その証拠はあるのかしラ?」
と、ソラリスは聞く。
「この制服の暗号コードを読めば、分かると思うけどん」
火伏は飛行服の袖に巻かれた紋章を差し出す。すると眼帯ロリポットの片目が赤く光り、袖章の暗号を読み取った。
「照合完了。ジャパンパーソンコードと、火伏閣下のXX75のコードは、同一プロトコルを使用していルワ」
俺は聞いた。
「XX75? どういうこった」
「火伏アリアンナ令嬢は、日本政府の要人ということヨ。まあ形式上はネ」
ふうん。日本が滅びてずいぶん経つが、その政府の暗号はまだ使われているらしい。国が滅びても言語は生き続ける。漢字と同じように。
「偉イ人?」「確かに、スゴイエラソウな服を着ていル」「ならば、役人カ?」「工場管理者よりエライのか」
他のロリポットたちは、こそこそと相談し始めた。
「火伏殿下。コノ発電機をドウスルのだ……その、接収されると困るワ。これは必要な施設なのヨ」
ソラリスは幾ばくか迷って火伏に聞く。
「ロボットに充電したいだけだからー。すえひろ。風呂敷を広げてよ」
「あいよ、閣下」
俺は縛り紐を解いて、ティーの骸骨を屋根の上に横たえた。
「ブリキの骸骨」「ブリキじゃない、青銅ダ」「コウモリだけが知っている」
ロリポットたちは、骸骨を躊躇なくつつき始めた。
「わたしたちは、このロボットに充電したい。そのために、風力発電機を借りに来たん」
「しかし、我々を充電スルためにあの風車は必要。これ以上、余分に発電できなイ」
とソラリス。なるほど。ロリポットは、この発電機から充電していたのか。火伏はにっこりと笑う。まってました、と言わんばかりに。
「そこで、このすえひろが役に立つのさ。すえひろは、マキアエンジンを使って風を吹かすことができる。これから、この風車を回して、たくさん発電するんだ。君たちにも、その電力を分けてあげるからさ」
火伏の誘いを聞いた途端、ロリポットのカメラアイは緑色の光を放った。ロリポットにとって電力は、金貨に等しい。つまり、テンペストのガジェットは、奴らにとって金の生る木と同じだ。
「……それホントかしラ?」
と、ソラリスは俺へ聞いた。
「ああ。やってやる」
「じゃあやってみなさイ? ロリポット隊、発電機を準備しロ。情況開始」
蜘蛛の子を散らすように、ロリポットたちは散らばってゆく。ロリポットの塊は橋を伝い、発電機のふもとで作業を始めた。
奴らの動きは、さながら軍隊のようだった。あるロリポッドは変電盤のレバーをいじり、あるロリポットは発電機からコードを手繰り始め、あるロリポットはコードを抜き、変電プラグの準備をしていて、あるロリポットはただ立ち尽くしていた。
火伏は呟いた。
「今の時代に、風力発電機とロボットだなんて。ここは時間が止まった遺跡みたいだ」
「ディクタトルは過去の遺物が大嫌いなようだが、壊しきれないのさ。奴の支配力も陰りがあると見える」
「ディクタトルは遺産を忌み嫌って壊し回る。わたしはそれが嫌い。ロボット、自動販売機、インターネット。今じゃ全部、幻の品だもの。わたしはそれを知らない」
火伏は暗い顔でぼそぼそっと言った。
「お前、レトロギークか?」
俺は聞いた。古代や中世の遺物を集める趣味人がいる。それをレトロギークという。パッセンジャーの仕事で、レトロギークの富豪の家まで、アニメーションの絵の一枚を配達したことがある。あの時の報酬はなかなか高かった。
「そだよ。天然牛肉のステーキも食べたことないし、銀ピカのアンティークナイフも持ってないし、本物のオーケストラも聴いてない。レトロへのあこがれだけじゃ、終わりたくないもん。レトロギークだから世界を救いたいなんて、すえひろは笑いそうだけど」
「私情で動く人間の方が、正直だぜ。それに、宝が欲しいってのは俺も同感だな。俺は価値があるなら何でも欲しいがね」
「じゃあ一緒だあ。中世の物語のように、かわいい制服も、華やかな学生生活も、燃えるような恋愛も、守るべき家族も、この世界にはなーにもない。わたしはまだ17歳なのに。でもわたしは、そういう生活したいんだ、わかる?」
「……宝は好きだが、そんな生活には興味ねえな」
「え? ひどくない? 梯子外された。じゃあ、末広はなんでやる気になったのさあ」
「レンジャーの二人と対峙して分かった。俺が俺らしく生きるのは悪行だ。自分らしさが罰せられるなら、その罰を避けて通れない。死ぬのを待つだけの生活は、もう飽きた。俺は俺らしく生きるため、悪党になる。自分の魂に、背を向けたくない」
「いひひ。かっこつけてんの? それ」
「んだと? お前」
ニヤニヤ笑う火伏を睨みつけて、威嚇してみる。が、全く効果がないことを悟り、俺が黙った時だった。ロリポットたちが喊声を上げた。準備はものの数分で終わったらしい。
「準備完了! このケーブルをその骸骨ロボットにつなゲ」
と、ロリポットはぞんざいに、太いケーブルの先端部分を屋根へ投げてきた。ケーブルの太い束は、ボロボロの屋根をいともたやすく砕き割る。
「あっぶねえだろが! そんなもん投げるんじゃねえ!」
その時。辛うじて避けたケーブルの先に、ゼットの幻影が見えた。
俺にしか見えない、黒紅の怪人がニヤニヤ笑いながら、こちらを見つめている。
『融合するんだろ? 私と』
奴は投げキッスの仕草をしながら言った。
(一つ、聞いておきたいことがある)
『何を怖がる必要がある』
(お前と融合した時、なんで俺の意識は無くなるんだ。お前は、俺の身体を強奪する気じゃあないのか)
『いやー。誤解ですよお、お客様ぁ。一つの身体には一つの意志しか、宿せないことになってるんですよお。多分電気系統の都合が』
(嘘つけ。お前は今喋ってるだろ)
『……わかったわかった。君の意志も覚醒するよ。けれど、乗っ取る気なんてさらさらないよ? 何を悩んでるんだい』
文句たらたらにゼットは喋る。俺は疑念を一気にぶちまけた。
(俺の悩みか? お前がティーを欲しがっている理由さ。彼女はお前のバッテリーなんだろ。彼女の助けがあれば、お前は休息無く、活動し続けることができる。俺の自我を殺して、肉体を強奪してな。違うか)
ゼットは意味不明な言葉を口走ってから、押し黙った。俺が図星を突くとは、思ってもみなかったんだろう。ここからが本番だ。足が震える。出来るのか? エイリアンを言いくるめることが。失敗が怖い。けど、失敗したって俺が死ぬだけだ。
(お前、俺に悪党の才能があると言ったな。なら、俺の悪知恵を利用したいと思わないか?)
『……どういうことだ?』
(俺が起きていれば、お前に悪知恵を助言できる。約束しな。一つ、俺の肉体を強奪しない事。二つ、俺にもテンペストのモードを使わせろ)
『お前は紅のテレマだけを、私へ差し出せばよい。私は神で、お前は生贄だぞ』
(そうか。なら、お前さんはまた暴れ回って、封印されるだけだぜ。五千年前のようにな)
神は、ぐう、と唸る。俺は続ける。
(なあ、悪党の才能を買えよ。お前の望みを叶えると、保証するからよ。お前は、魂が欲しいんだろ? 母星を復活させるために)
ゼットは黙りこくった。その沈黙は迷いなのか、それとも憤りなのか。
『……ならば、テストだ。あの風車を、お前がテンペストになり、回してみろ』
(いいだろう)
正義も理想も関係ない。一つの目的だけがゼットと俺を縛る。目的を果たしたい欲望だ。
『君が使命を果たせなければ、私はお前の肉体を奪うぞ』
(獲れるもんならやってみろ。さっきは俺が勝ったんだ)
肉体の主導権は、俺が持ってる。だから、ゼットは俺を誘惑してくるんだ。
俺は懐中時計の蓋を開き、呟いた。
「テンペスト、アクティブマージ」
途端、黒いワイヤーがウェットスーツを食い破り、肉体から溢れ出てきた。あっという間に、俺の全身はワイヤーで縛り付けられる。激しいけいれんで、がくがくと顎が揺れた。右目がスロットマシンのリールのように、グルグルと回るのが、自分でもわかった。絡みついたワイヤーが一段と締め付けを増した時、仮面に左目の穴が開く。
紅い風がロボット島を吹き抜ける。俺はゼットと融合し、テンペストへ変身した。
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