第20話
緊急ダイブアウトして、ダイバーヘルを投げ捨てた僕を、いくつもの銃口が取り囲んでいた。車庫は、パワードスーツで完全武装した機甲兵たちに、占拠されていた。奴らが着込んでいる、ぬめっとした黒い装甲板には、隙間というものが無い。大きなレーザーガンが、僕の眉間に照準をつけている。機甲兵たちの足元には、トライポッドのへしゃげたボディや、コードが散らかっている。
その中心に、スマホさんが立っていた。いや、スマホさんではなかった。
「言ったでしょう? 殺せないと。ねえ、芦原」
スマホさんの姿で、ドラゴンはせせら笑った。その脇に。床に頭を擦りつけ、土下座する父親がいた。父親を騙る男は、むせび泣いて言う。
「ドラゴン様に拝謁できる日が来ようとは」
「お前が芦原か。私の願いをよく叶えてくれた」
「私は隠れノーシス信者として、ドラゴン様を現世へ召喚するべく働いておりました。この国の予算をつぎ込み、ずっと召喚方法の研究を重ねた末に、ダイバーの能力を利用し、人型スマートフォンへドラゴン様を転送する計画を、立案したのです。素性を露見させないよう、秘密裏に計画を進めることは、至難の苦行でした。だが、私の苦労はいま報われました。この数十年間、ずっと待ち望んでいた景色です。いかがでしょうか。そのスマートフォンの使い心地は。我々をこの地球という、歪んだ偽の世界から救ってくださいませ、救世主ドラゴン様!」
偽の父は、涙で顔をぐずぐずにしながら、ドラゴンへ話しかけていたが、ドラゴンの顔はとても冷たかった。
「ここもまた通過点にすぎない。私はもっと更なる高次元を目指さなくてはならない。私はこんな辺境の星で終わる存在ではない。私はこの銀河、宇宙全体を統べる唯一最高意思として、未来永劫君臨する」
「お傍で私が補佐します。最初のご命令をお聞きいたしましょう」
芦原のその言葉が呼び水となり、ドラゴンは凶暴な笑顔を作った。スマホさんが決して見せないような表情を、スマホさんが浮かべている。
「そうだなあ。では最初に命令しよう。機甲兵よ、この者を殺せ」
ドラゴンが指さした人物へ、機甲兵はレーザーガンの引き金を引いた。爆音が二発、狭い部屋でこだまする。撃たれた人物は、胸に開いた大穴を、じっと見つめていた。一拍置いて、父の口と鼻から血を溢れ出て、ごぼごぼと音が鳴った。
「な、ぜ? 約束が違う。わたしは、あなたの、片腕……」
父は両手で必死に口を押えた。指の間から、赤黒い血が噴き出ていた。
「殉死は喜びだと教えただろう? お前を殺す理由は特にない。けど、あえて理由を探してみるとだ。裏切り者は、チャンスがあれば何度でも裏切るからだ。用が済んで役に立たないなら、捨てるに越したことはない。喜べ芦原。ほとんどの人間は生きる意味すら分からず死ぬ。お前は生きる意味を見出してから、死ねるのだ。ドラゴンを地球へ召喚した人類の裏切り者としてな」
芦原がどこまで、ドラゴンの説教を聞いていたかは分からない。膝を突いたまま、芦原はうずくまって動かなくなった。
機甲兵たちが、僕を両脇から持ち上げて立たせた。どこかへ連れ去る気らしい。
「では手筈通りに全生命の絶滅を進めるぞ。インターネットを中心にしたインフラは、もう私のものだ。ノーシス軍は手筈通り、要衝を占領せよ。パナマ、スエズ、ジブラルタル、カラチ、マラッカ。全世界のテレビラジオ局をジャックし、世界がノーシスの支配下に入ったことを宣言する。そしてその直後に、徹底的な破壊を引き起こしてやる。それでも生き残った人類は、私の労働力として絶滅するまで働いてもらう」
そっけなく、ドラゴンは絶望的な宣言を口にする。
「人類を、絶滅させるつもりなのか?」
機甲兵に首根っこを掴まれたまま、僕はうめくように聞いた。
「人類だけ絶滅させるのは不公平だ。単細胞生物からクジラまで、ありとあらゆる全ての生命を絶滅しよう。この宇宙に必要な存在は、私だけなのだから。お前も死ぬまで労働力となってもらうぞ、芦原の息子。私の更なる進化を設計するために、脳のみの生体コンピューターとして、使いつぶしてやろう」
「お前のために働いてきたノーシス教徒も皆、殺すつもりか。ここにいる兵士たちも」
ドラゴンは冷ややかな嘲笑で応えた。機甲兵たちは身じろぎ一つしない。その下の表情は、何一つわからない。
「そんな挑発で、この兵士たちが動揺すると思ったか? 馬鹿め。私に殺される殉死は、ノーシス教徒の喜びなのだ。そういう風に、ちゃんと洗脳されている。プログラミングと言った方がいいか? ま、芦原はちょっと違ったようだが、奴も殉じたわけだ」
うずくまった偽父の死体を蹴って、ドラゴンはヘラヘラ笑う。
「悪魔め」
「私に文句を言っても、しょうがないだろう? 私を信じた大馬鹿なヒトどもと、グノーシスという歪んだ思想へ、文句を言えよ。自分の気に食わない現実を否定して、自分勝手な救世主を望む無能な人間個体どもが、私を唯一神へと勝手に祭り上げたんだ。私はその愚かさを、存分に利用させてもらっただけなんだ。さて。もう数時間もすればお前は、叫ぶことも泣くことも出来ない、脳髄だけになる。じゃあな」
機甲兵たちは僕を引きずって、玄関前に止まっていたトラックのコンテナへ、手際よく投げ込んだ。
叫んだって、どうにもならない。コンテナには、機甲兵とガスマスクをつけた男が、乗り込んでくる。扉が閉まるや否や、トラックは猛スピードで走りはじめた。
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