第18話

僕らの脇を通り過ぎて行った自衛隊車両は、やっぱりノーシス軍のテロ鎮圧に向かっていたらしい。首都圏の四か所でノーシス信者による、自爆テロが起こった。死者二十二名、負傷者六十八名。そんなニュースを登校中に、電車のニュース掲示板で見た。

三日ぶりに、僕は登校へ成功した。教室に姿を見せた僕へ、クラスメイトは好奇の視線を刺してくる。きっと僕がぶっ倒れて、父親の部下に運び出されたことは、噂話にはなっていたのだろう。

「よう。色々と大丈夫なのか」

 席に着いたとき、隣の進藤が、なにげなしに聞いてきた。

「まあ。この前はびっくりさせてすまない」

「ビックリも何も、迷彩服の集団が気絶した芦原を引きずって、連れ去っていったんだ。ビックリを越えて、呆然としたさ」

 進藤はあきれ顔で腕を組む。後ろの席の安形も話に割って入ってくる。

「その後も電話もメールもつながらなかったしなあ。昨日ようやっと返事が帰ってきて、無事だとわかったんだぞ」

 どう言い繕おうものか、僕が難渋していると、仲町先生が硬い表情で教壇に現れた。先生はプリントを配りだした。配られたプリントにはこう書かれていた。

『臨時休校のお知らせ。できるだけ外出を控え、自爆攻撃に巻き込まれないようにしましょう。また、人通りの多い道やお店を利用する際は、防犯ブザーとヘルメットを必ず着用しましょう。主要駅は明日から、ノーシスによる路肩爆弾警戒のため全面封鎖されるので、利用できません。危ないと思ったらすぐ非難しましょう』

「普段通りHRと行きたいところだが、残念な話がある。政府は、全国の全学校を臨時休校する方針を出した。今日からしばらく、全国の学校は臨時休校となる。この特科高も例外じゃない」

 喜ぶクラスメイトはいなかった。まだ入学して、一か月も経っていないんだから。ただ、僕としては好都合ではある。ズル休みの必要なしで、龍の首を狩りに行ける。結局、今日はホームルームだけで学校が終わった。神妙な顔で、特科高の生徒たちは帰路に就く。

 僕もその波に乗って、帰ろうとした時だった。ああ、言うとくことあるんだよ、と安形に廊下で引き留められた。安形は分厚い書類の束を持っていた。

「なあ芦原。一つ聞きたいことがある。親の伝手を頼って調べた結果なんだが、スマホさんは、完全ワンオフ機だとわかったんだ。部品すべてがスマホさん専用に作られてる。だけど、たとえ特注のロボットでも、部品は量産品を流用するのが普通だ。CPUからネジまで特注なんて製品を、俺は知らない。君のスマホは何のために作られたんだ? 教えてくれ」

「スマホさんも僕も、ノーシスのボスを殺すためだけに、この世へ生み出された存在なんだ。一回の使い捨ての為に」

 と僕がいうと、安形は絶句してから、怪訝そうに首を傾げた。

「しかし……スマホさんは使い捨てじゃないぞ? チタンフレームにカーボンパネル……数百年の耐用期間が想定されてるはずだぞ。だから、軽いメンテナンスだけで無故障なんだよ。彼女は特注の特注なんだ」

 その言葉に、今度は僕が虚をつかれた。

「じゃあ、スマホさんには、ドラゴン退治のためだけじゃない、他の製造理由があるのか」

「そういうことになる。そだろ? スマホさん」

 スマホさんは瞳を閉じて、じっと耐えるようにうつむいていた。セキュリティロックか、と独り言をはさんで安形は話し続ける。

「俺は怖いんだ。君のスマホは、なにかとんでもない別の理由で、作られてる。この調査結果はやるよ。なんかの役には立つはずだぜ。君の闘いに俺は参加できないから、せめてもの手助けだな」

 安形はじゃあの、と言って立ち去ろうとする。が、一旦立ち止まって、安形は振り向いてこういった。

「ああ、最後に。スマホさんの本名を、君は聞いとくべきや。何か起こった時、それは絶対必要になるから。もっとも、スマホさん曰く、それは禁則事項らしいけどな」

 駅のベンチで電車を待っている間、僕は安形から貰った資料を眺めていた。スマホさん専用のパーツリスト、細かい設計図、設定メニューの操作手順。スマホさんの設定メニューを開くには、コードネームで呼び掛ける必要がある……と書いてある。だけど、僕はスマホさんのコードネーム、いわば本名を知らない。ずっとスマホさんと呼んできた。隣の彼女の、本名を僕は知らない。僕とスマホさんは家に帰るまで、何も話さなかった。


 僕はアメリカ帝国に設置したバックドアを使い、パインから指定された座標を目指した。バックドアは破壊されず、そのまま残っていた。それはドラゴンが見逃したものか、それかあえて見逃したものか……たぶん後者な気がする。僕は一般市民へ偽装したマイキャラで、帝国内のネットワークを駆け抜ける。無限にも思えるワープを経て、僕はパインから聞いていた座標軸にたどり着いた。ワシントン、セントラルパークとうり二つな空間が、仮想の視界に広がる。現実では、アメリカ皇帝しか立ち入れない秘密の土地。その中心には現実でなら、立派で巨大なアメリカ城が聳えているのだろう。が、デイドリームのセントラルパークには、白い箱を無作為かつ無限に積み重ねたようなダンジョン、白宮がそびえたっている。その大きさは途方もなくでかく、現実感がない。僕がワープした座標軸の真横に、獣人のダイバーが、胡坐をかいていた。パインだ。

「ようこそ、アメリカ帝国へ!」

 ぴょいんと跳ねて、パインは立ち上がるやいなや、両腕で僕の腰をガッチリつかんでくる。

「実感ないけどね」

「だーいすきなカケルが近くに来てくれたぜーやったー」

 虎の爪が、僕の尻に容赦なく食い込む。スマホさんがこんなに人懐っこくしてきたら、気色悪いだろうなあ。と、ぼんやり考えた。

「……いま、誰のこと考えた? 違う女の匂いがしたぞ」

「へえ。パインもアンシブルテレパシーで、人の心が読めるようになったのか」

「え、マジで考えてたのかよ」

「それよりも、このセントラルパークで、ドラゴンの住処は見つかったかい」

 僕が促すと、パインは巨大なプログラムを宙へ展開させた。この座標の3Dマップが、宙に描かれる。超巨大なダンジョンの大まかな全容が大写しになる。その全容の少し外縁部に、赤いポイントマーカーが打たれていた。

「ここの空洞だけ、どこの通路からも通じる自由な空間になってる。カケルの能力なら、今すぐにでも乗り込めるはずだけど……見え透いた罠だぜコレ」

 パインは赤い点を指さして言った。

「なるほど。ドラゴンは僕を待ち構えている。どうも僕にご執心なようだ」

「自殺するようなもんじゃないか。今からでもやめてもいいんじゃないのか? その、友達がいなくなるのはイヤだぞ」

「今やめたらノーシス軍とドラゴンは、世界を滅ぼすだろう」

 演技してそう言いはる僕へ、パインはどこか冷めた視線をぶつけてくる。

「カケルはそんなヒーローみたいなこと言うほど、立派なやつだったかよ」

「そうだな。僕はダイブハッキングしかできないポンコツだ」

「そこまで言ってないけどさ。案外めんどくさいなーおまえー。カケルが龍を殺す動機は、世界を救うだのじゃないだろ?」

「そうさ。このヴァーチャルダイブ能力で、世界を塗り替えられるなら、僕は息苦しさから解放される気がするからだ。それだけだ」

 ドラゴンを殺した時、どんな景色が待っているのか。世界の問題をひとりで解決できたなら。その成果が欲しかった。たとえそれが、他人の定めたものであったとしても、僕は手に残る成功が欲しい。3Dマップの空洞へマーカーを付けて、データをバイナリへ格納する。この迷宮へ仕掛けるのは、明日だ。

「パインが居なければ、このポイントは見つからなかった、ありがとう」

「死ぬなよ。もうマージとか言わないからさ」

「飛び込んでみないと、わからない。もし僕が死んだら、僕のスマートフォンを譲ろう。ダイブの補助機能もついてるし、役立ってくれるはずさ」

「え。郵送で送ってくんの? 国際小包? 船便はイヤだぜ、関税が馬鹿高いから」

 冗談のつもりだったのに、パインは妙に具体的なことを聞いてきて、僕はバツが悪くなり、顔をしかめた。顔を隠す面頬があってよかった。

「それを想像したら、死ぬに死ねないじゃないか」

「だろ? じゃあ死んだ後のことなんてしゃべるなよ。またシンジュクで会おうぜ」 

 と言い残し、パインはダイブアウトした。僕も足跡を残さぬよう、仮想のワシントンパークから浮上する。

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