第14話

難民キャンプから戻ってきた次の日は、授業どころではなかった。指紋データが保存してあるのは、特殊なフロッピーディスクだ。が、スマホさんはこれを読み込めない。そして、このディスクを読み込める装置、つまりZiPドライバを搭載したマッキントッシュはどこにも売っていなかった。古いうえに、珍しすぎるせいだ。

 もう一度、難民キャンプに戻ろうか。これを読み取りたいのですけど、と。それをやって無事に戻ってこれる自信はない。そうやって思い悩むうち、気が付けば放課後になっていた気がした。

「ノーシス軍の野郎、全面戦争だと。ロシアとインドで武装蜂起だそうだ。あいつら、本気で一つの国を作るつもりだぞ。ネットはノーシス勧誘の動画や情報サイトばっかりだ。あんなのを見て、真実に目覚めたって言って、自爆テロをやる奴らの気が知れない」

 機嫌悪そうに、進藤はブツブツ呟いている。その手には、普通のスマートフォンが握られている。今日の進藤は授業中もずっと、こそこそと隠すようにスマートフォンで、ニュース速報を見ていた気がする。

「アキハバラでもたぶん在庫はないだろうな」

 そんなのをガン無視して、僕は独り言のつもりで言った。お互いに上の空だったが、先に現実に戻って来たのは進藤だった。僕の独り言に反応してきた。

「アキハバラ? 何の話してるんだぁ? いつも以上にボーっとして」

「いつもボーっとしている風に言うなよ。せっかく手に入れたデータが、古すぎて読み込めなくてね、悩んでるのさ。マッキントッシュってパソコンが必要なんだけど、見つからなくてね」

「ふーむ。私は義手の整備が専門だから、力になれなさそうな話だぁ。そんなデータの中身はなんなんだい」

 僕は中身を言うか迷った。スマホさんは僕の隣で、黙ってニヤニヤ笑っている。まあ、ここで悩んでどうにも先には進まない。スマホさんも僕も答えが出ないなら、誰かに聞くしかない。小声で僕はデータの中身を言った。

「指紋データだって?」

 片眉を引きつらせて、進藤はオウム返しに言ってくる。

「声が大きい」

「そりゃあクレジットカードやマイナンバー並に貴重なものだぞ。他人の指紋データなんて、何に使うんだ」

「ま、仕事で必要なのさ。僕の仕事はちょっと乱暴なところがあるのは、知ってるだろ?」

 進藤はふうーっと溜息を吐いた。

「危ない仕事じゃないのか? それ」

「そうだな。けれど、僕はこの仕事をしたいのさ」

 ちらっと、ミスターノウの姿が思い浮かんだ。あの老人は、僕もノウのようになると言っていた。意思なく動く操り人形だと。スマホさんを救う為に、僕は帝国に潜り、龍を殺す。世界を変えるためだ。目的も動機もハッキリしているはずなのに、誰かに操られている気もする。僕はやはり、ぼんやりしているのかもしれないな。

 と、僕が物思いにふけっていると突然、進藤が義手の指を「カキン」と鳴らして、ハッとした顔になる。

「そうだ! そのマッキントッシュっていう古臭いPCが、見つかればいいんだろ」

 伊達男の横顔に、悪ガキの笑みがさっと浮かんだ。

「妙案が浮かんだみたいだけど、聞かせてくれないか」

「一か八かに賭けてみよーぜ。レトロな機械が集まってる、いい場所があるじゃんか」

 進藤に案内されてたどり着いたのは、ロボット研究部の物置倉庫だった。カビ臭い小屋は、埃をかぶったロボットシャーシや、木箱に詰められたロボットのパーツで、ギチギチだ。その光景は、倉庫というよりも墓場のように見えた。

「しゅみわる」

スマホさんは、顔を曇らせて、小さくベロを出した。

 ロボット墓場のスペースに、人間が一人だけ収納されていた。安形だ。まだ新しそうな教習用ロボットのコクピットで、うたた寝中していた。部活をサボっているのか、休憩中なのか。僕らの立てた物音に気付き、安形は起きたらしい。

「あ、部長! ちゃうんです! もうロボットの起動準備は終わってしもて、時間が空いてたけん休憩してただけでぇー!」

 寝ぼけて、方弁丸出しで謝り始めた安形へ、悪びれずに進藤は声を張り上げる。

「よー安形。快眠を邪魔して悪いな。用事があるんだ」

「進藤かよ! 焦らせるなよ! それと芦原も一緒かぁ……用事? 物置だぞここ。俺を笑いに来たのか」

 起き抜けの安形は手馴れた仕草で、滑るようにロボットから駆け下りてくる。実家でなんどもやった仕草なんだろう。

「おう。それと笑いに来たついででな。ここの機材を借りに来たんだよ」

 進藤はそういうと、倉庫の木箱をひっかき回し始めた。僕も、その物色に参加する。スマホさんは木箱に腰かけて、じっと僕らを観察する。まだ寝ぼけていたのか、安形は僕らの狼藉をしばらく見つめていた。が、ようやく何かに気付き、僕らの肩をガッと掴んで止めようとしてきた。まあ、そりゃそうか。

「ちょい待たんかい! 部の持ち物を貸せるわけないだろ。顧問の仲町先生に怒られるのは、俺だぞ!」

 だが、進藤は余裕綽々で、自分のスマートフォンの画面を、僕らへ見せてきた。そこには、SMSのやり取りが映っている。やり取りの相手は──なんと、仲町先生だった。短文で『好きにしなさい』とだけ返信されている。

「大丈夫だ。許可はさっき取れた。仲町先生とは……知り合いでねえ。中学の頃ちょっと拗らせてた時に……あー、道玄坂のクラブでその。色々あったのさ。この学校を勧めてくれたのもアイツだし。心配する必要はないぞ」

 進藤は肩をすくめてから、モノ探しを再開する。何か、妙な因縁がありそうな気配がした。僕は何も言わないことにした。安形は首を傾げる。

「クラブってなんだ? 放課後電磁波クラブか? 俺が怒られないのだったら、まあ、ほっとくけども」

「お! PCの箱があったぞ! こういうところには、無駄に古い掘り出し物があるもんだぜ。この中に目当てのものはあるか?」

 進藤は木箱の中から、義手のパワーを使い、PCをいくつもひょいひょいと取り出してみせた。その中にZiPドライバ搭載のマッキントッシュがバッチリあった。

「それだ。ホントにあるとは、思わなかったな」

 いつのまにか、スマホさんは僕の傍へ移動していた。彼女は僕の顔色をのぞき込みながら、小さくつぶやいた。

「でもこれホントに動くかな? 動かなかったら、竜退治やんなくて済むかな」

 やっぱりスマホさんは、この仕事にあまり乗り気ではないようだった。進藤が片手でマッキントッシュを掴みながら、聞いてくる。

「さーてぇ、これからどうすんだ芦原ぁ。これへダイブとやらをぶち込むのか?」

「そうするつもりさ。ダイバーがハードウェアになれば、スマホさんへデータを転送できる。ありがとう。速めに済ませるよ。安形、ロボット部の部室をちょっと間借りしてもいいかな。これを持って帰るわけにもいかないし」

「まあ仲町先生が良いって言うなら……。にしても、そんな古いパソコンでどうすんだ?」

 と、安形が聞いてきた。進藤がそれに答える。

「芦原さまがご所望なのさ。私も聞いておきたい。どうして指紋データが要るんだ?」

 進藤は、僕の方へと話を振ってきた。指紋データの要る理由。僕は、ぼんやりと答えた。

「アメリカ帝国の防衛プログラムを、ハッキングするためだ。ノーシスのボスを殺すためにな」

 僕の返事に、安形と進藤は顔を見合わせた。

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