第5話


 どうやら高城さんは、隣のクラスの同級生らしい。あの突撃以降、僕の視界の隅に、彼女の姿がちらつくようになった。僕のOKサインを、今か今かと待ち受けているらしい。そのたびに、進藤は茶化してくる。あと、高城さんの姿が見えるときに限って、スマホさんの反応がなぜか悪くなる。……いや、わざとだろう。学校の授業のスピードはとてつもなく速く、数学ではもう微分積分の宿題が出てくるほどだった。

 その微分の宿題をリビングの机で片づけていた時。

「どうするの」

 隣に座るスマホさんはぼそっと聞いてきた。

「なにが」

「高城って人の依頼は受けるの? 保留にしてるやつ」

「今のところ、リスクが高いから受けられないな。高城さんのいう事が正しいと仮定しても、ノーシス軍のボスを殺しに行くのは、危険どころか無謀だろう。そもそも白宮に潜るなんて、考えたくもないし」

 と僕が言うと、スマホさんはにんまりと笑って、上機嫌になる。

「そうそう、ハイリスクノーリターンだよ。それにさ、わざわざカケルが構う必要もないよ。ネットで検索したけど、ノーシス軍ってもう、消滅しそうなんだよ。小さな国を乗っ取ろうとして、アメリカ帝国に反撃されてるんだもん。ノーシスが世界を征服するなんて、嘘だよ。うん」

 けれど。高城さんが本当のことを言っているならば、どうだろうか。誰にもできないことを、出来るのなら。僕だけがノーシス軍を滅ぼせるなら、やってみたい気がした。

「でも、高城さんは、悪どい事は考えてないらしいみたいだ。所詮は高校生だな」

 普段相手にしている依頼主とは、目の色は違った。嘘偽りのない、純粋な気持ちで依頼をしているらしい。

「カケルだって高校生でしょ。あ、メールきたよ」

「スマホさん、メールを開いて」

「ん」

 スマホさんは空中にウィンドウを開く。

 差出人は、ダイバー仲間のパインからだった。ダイバーの間には、それなりのネットワークがある。その中でパインは、よく会うダイバーだった。僕のようなプログラムを直すチェイスダイバーでなく、プログラムの作成を得意にするビルドダイバーだ。彼女のマイキャラはトラの獣人で、デイドリームで会うたびに、親しげにすり寄ってくる。慕われてるのはうれしいけれど、なにか勘違いされてる気がする。

『件名:白宮について』

>アンタが危ない話を聞いてくるなんて珍しいな。白宮っていったら、最難関のダンジョンだぜ? あのダンジョンは、未知のエラーとコンピュータウィルスでぎっしりさ。アメリカ帝国のローカルネットワークからしか侵入できないから、たどり着くのさえも面倒だ。一応、あの周辺のマップを、古参のダイバーから譲ってもらったけど、今もこれが通用するかは分かんないぜ。あのダンジョンに潜るなら、それこそ一億ドルでも安いくらいだぜ。放棄されてから三十年以上、誰も触れられない土地だ。潜ったダイバーは誰一人として、二度と浮上してこなかった。皆、精神を破壊され、植物人間として余生を過ごしてるよ。

 アタシも色々調べたけど、あのダンジョンについて分かることはほとんどなかったよ。ドラゴンとやらの目撃情報もないね。ただ、気になったのは、お告げってやつ。その夢を見たって奴が、ダイバーにも幾らかいるんだよ。ドラゴンを殺す者を探せ! ってさ。アタシ個人はあんま乗る話じゃないと思うよ。ノーシスの仕業かもしれないし、この世界は一寸先が闇だもの。何かあったら教えるよ。またMMで会おうぜ。

 >追伸 今度デイドリームで会ったらさ、ダイバー連盟に入ってくれよ。アタシはアンタのこと好きだし。マージだってしてあげれるよ。

 追伸を読んだ僕は、渋い顔をしたに違いない。パインはことあるごとに、ダイバーグループ、『連盟』への加入を勧めてくる。僕は一人でダイバー稼業を、気ままにやってたいんだけどな。それとマージと言うものは、ごく一部のダイバーがヤる、精神的な不純性交遊。身も蓋もなく言えば、精神感応を利用したエッチ。僕は興味ない。

「モテモテじゃん。よかったね」

 スマホさんが恨めしそうな顔で悪態をつく。

「僕がモテて、どうして不機嫌になるんだい」

「ふ、不機嫌とかなるわけないもん。あたしスマホだから、別にいいよだ。カケルがHなことしたって気にしないもん。AVサイトだって、鑑賞したいってんなら表示したげる」

 おもむろにスマホさんが『何らかの』ウィンドウを宙へ開こうとした。僕は素早く閉じるボタンを叩き押した。オレンジ色の看板は一瞬で消えた。スマホさんとにらみ合う。先に折れたのは僕だった。

「そういう気分じゃない。返事を書くよ。スマホさん、キーボードを出して」

「はいはいはーいだ」

 スマホさんの左耳から取り外されたインカムは、ガチャガチャと変形して、薄型キーボードへと早変わりした。返事を書きながら、僕は思い描く。忍装束の僕が、悪しきドラゴンを殺す瞬間を。自分の力で世界を書き換えることが出来るなら。もしかしたら、今のどんよりとした気分が、晴れるかもしれない。世界を書き換えたなら、どれだけ気分がいいだろう。

『件名:合衆国の白宮について』

 >返事ありがとう。君のような情報通でも、あの白宮についてはわからないのか。近日中にMMへログインして、そのマップは受け取りたい。もっと調べてくれれば、お礼は弾むよ。けど、マージ募集は他を当たってくれないか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る