29:揃える
そこは何かを揃えて何かする工場だった。
何とも頭の悪い表現だと思うが、この「何か」という部分に何を当てはめるべきなのか、ディスプレイ越しにXの視界を眺めているだけの私にはどうにもわかりそうにない。
『異界』に降り立ったXは、すぐに工場を取り仕切っているのだろう人物に声をかけられた。どやされた、と言った方が実情に近いか。
「こんなとこで油売ってるな、早く着替えて仕事を始めろ!」
状況がわからずまごまごしているXは、どうやら新人の作業員か何かと思われたのだろうか、工場長と思しき人物に手を引かれ、工場の中に招かれて作業の説明を受けることになった。
ロッカールームで、何故かしっかり一式用意されていた、防護服を思わせる厚手の服を纏い、帽子とマスク、そして手袋を着用したところで、工場長の説明が始まった。
Xの仕事は、何かを揃えて何かすることである。……この「何か」の部分は全く聞き取れなかった。後追いで何度再生してみても、『こちら側』に当てはまる言葉がないようで、不明瞭な音の塊のようにしか聞こえない。
ただ、言葉が伝わらなくても、既にそこで働いている作業員の手元を見れば、何をどうすべきなのかは何とはなしにわかる。
工場で稼働している機械から絶えず吐き出される、掌くらいの大きさをした正体不明の塊を、複数個集めて台の上に置く。すると、それらがまとめて別の装置に吸い込まれて次の工程にかけられる、という仕組みであるらしい。Xに与えられたのはこの「塊を複数個集めて台の上に置く」作業であった。
ただし、ただ集めるだけではいけないらしい。この塊はいくつかの色や形をしており、それらを揃える必要があるようだ。色と形が揃っていないと次の装置が受け付けてくれず、つまり機械から吐き出される塊だけが増え、しまいには塊を受け止めている容器からも溢れだしてしまう。ひとたび容器から落ちたものは使い物にならなくなってしまうから、慎重に、しかし素早く作業することが肝心なのだ、と工場長は言った。
この塊が何なのか、何の目的でこのようなことをしているのかは何一つわからないまま、Xは塊を吐き出す機械の前に立たされた。Xの前に置かれた容器は既に半分以上その奇妙な塊で埋まりつつあり、もし、これで容器から溢れさせてしまえば、工場長に何を言われるか――どのような罰を与えられるかわかったものではない。
Xは一つ塊を手に取り、ひとまず、しげしげと眺めてみる。手袋越しに触れる塊の感触は我々には伝わらないが、視覚情報から判断するに、結構柔らかなものであるらしい。手の中でわずかに歪んだそれを一つ、台の上に置き、同じ色と形をしたものを、容器の中から拾い上げて、更に台の上に並べてみる。ある程度並べたところで、一列にきっちり揃えられた塊が、ひゅんと管に吸い込まれていく。
「なるほど」
Xの呟きが聞こえた。実際に手を動かしてみて手順はわかった、ということらしく、それからXは黙々と作業を開始した。最初はもたもたしていた動きが、徐々に速くなっていくのがディスプレイ越しでもよくわかる。容器を満たす塊はXの手によっててきぱきと分別され、揃えられ、いずこかへ吸い込まれて消えていく。いつの間にか、あらかじめ容器に入っていたはずの塊は全て片付き、Xは吐き出される塊を待ち構え、虚空でキャッチするほどになっていた。
その様子をいつからか傍らで見ていた工場長が、「新人の割にはやるじゃないか」と感心の声をあげる。
「これなら、もっとペースを上げても問題ないだろ。行けるな?」
「はい、おそらく」
Xの頷きを受けて、工場長が機械のスイッチをいじる。それによって、先ほどよりも多く塊が吐き出されるようになる。その落下の間隔も短くなっており、これは、少しでもぼうっとしているとすぐに容器から溢れてしまいそうだ。
だが、Xは焦る様子もなく、素早く塊を選びとり、台に並べて吸わせていく。その様子はいっそリズミカルですらある。一体何をしているのかはさっぱりわからないが、奇妙な既視感がある。このような作業を、どこかで見たことがあるような……。
私の横でディスプレイを眺めていたスタッフが、笑いながら言う。
「X、めちゃめちゃいい仕事してますね」
「こういう作業は得意そうだものね。パターン化されていて、かつ、瞬発力を必要とするもの」
この場合の瞬発力は、動作そのものの瞬発力もそうであるし、その動作を起こすための思考の瞬発力もそう。Xはぼんやりしているように見えるし、実際ほとんどの場合はぼんやりしているが、時折我々が驚くほどの機敏さを見せる。
「しかし、なんかこれ、落ちゲーみたいですね」
「おちげー?」
「知りません? 落ちものゲーム。テトリスとかぷよぷよとか」
「ああ」
それなら私にもわかる。画面上部から落下し積みあがっていく様々なブロックを、ゲームごとの規定のルールで揃えて消していく、アクション要素のあるパズルゲームの一種だ。『テトリス』や『ぷよぷよ』、また『ドクターマリオ』あたりは私も子供の頃よくプレイしたものだが、ああいう類のパズルを総称して「落ちものゲーム」と呼ぶのは初めて知った。
なるほど、Xが任されている一連の作業は、まさしく「落ちものゲーム」と呼ばれるそれらに酷似していた。落ちてくる塊が積みあがってしまう前に、同じ色と形で揃えて消していく。落下の速度がどんどん上がっていくあたり、レベルの変化による難易度の上昇を思わせる。
それでも、Xは落下してくる無数の塊の中から共通のものを的確に見つけ出し、手早く揃えて並べる、という動きを機械的に繰り返す。一度パターンを記憶してしまえば、思考するよりも先に体が動く、とばかりの素早さだ。
テトリスとかやらせたらめちゃくちゃ強そうですよね、とスタッフが呟く。確かに、Xとは絶対に勝負したくないなと思う。何しろ、私は妹に「ほっといても勝手に負ける」と言われる程度の腕前故に。
そんな我々の声など当然聞こえていないXは、黙々と与えられた作業を繰り返す。そして、気づけば終業の時間になっていたのだろう、ブザーが鳴り、機械が停止する。Xは最後に手元に残った数個の塊をまとめて台に載せ、それが吸い込まれていくのを見送った。
「いやあ、よくやってくれた! いい新人が来てくれたもんだ」
着替えを終えてロッカールームを出れば、最初に顔を合わせた時とは打って変わって朗らかに笑う工場長が、Xを出迎えた。実は働きに来たわけではないのですが、というXの言葉などさっぱり聞こえていなかったのだろう、Xの手に封筒を押し付けてくる。
「ほら、こいつは今日の給料だ。ちょっと色つけといたからな。是非とも明日も頼むぞ!」
「いや、あの、明日は」
この『潜航』が終われば『こちら側』に帰ってしまうXにもちろん「明日」などないのだが、そんなこと知るはずもない工場長は、上機嫌に笑いながら去って行ってしまった。
ぽつんと残されたXは、封筒に視線を落とす。中身を直接見てはいないが、思ったよりもずっと分厚いところを見るに、あの塊を捌く作業はそれなりに割のいい仕事なのかもしれなかった。
しかし、結局Xが揃えていた塊は何物で、何のために行っていた作業なのかはさっぱりわからぬまま。工場を後にしたXは、『こちら側』に持ち帰ることもできない給料の入った封筒を暮れゆく空にかざして、呟くのだった。
「高い肉でも、食べて、帰るか……」
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