第13話



 今日はサキと二人で珍しく買い物をしている。この頃は俺を一人にしておくのも危ないかもしれないと、サキも外出についてくることが少しだけ増えたのだ。


「主〜、アタシ今日は焼き鳥たべたい〜♪」


「お? じゃ買っていこうか」


「わーい、主、大好き〜」


 笑顔のサキを見ると、ホッとする自分がいる。これほどの美少女に上目遣いに”買って”なんて言われたらなんでも買ってあげたくなってしまう。


「よし、あそこのベンチに座って食べていこうか」


 ちょうどこの街の商店街は噴水のある広場に繋がっており、そこで休憩をとれるのだ。


「おっこらしょ」


 ベンチに座るときに思いがけず声が出てしまう。最近、苦労ばっかりしてたせいかな。


「やだぁ、主ったら年寄りみたい」


「あぁ、なんか最近は疲れることが続いたからな、平和ってやつを感じてると、油断して心の声が漏れるってもんだ」


 なんてないことを適当に言いながらサキを見ると、目つきが恐ろしく、眉間にシワを寄せていた。


 あれ? 想像以上にくだらない会話に怒ってしまったのだろうか?


「主っ、ごめん。アタシも忘れてたけど、あの女は結界術が得意だった。ちっ、ワナに嵌められるなんて……」


「うん? あ、あれ? 周りに人がいない? さ、サキ? どうなってんだ?」


 さっぱり訳がわからずにいると、商店街のほうから女性が歩いてくる。


 和服を着崩して胸元をはだけさせ、歩くたびに生の足が見え隠れしている。目つきが鋭く細いが、間違いなく美人といえる整った顔つきだ。着物は綺羅びやかに光り、ピンク色の美しい髪は長く、腰まで伸びており、歩くたびに光を浴びてキラキラと輝きつつ揺れていた。


「貴方がサキ女王の下僕なのですね?」


「ん……俺のことか? って下僕なんて関係じゃないけどな」


「ふふっ、死んだサキ女王を蘇らせたと聞きおよんでおります。今日は貴方に用がありましてね……ウフフ」


「なぁ、サキ。あの女の人なんだか怖いんだが……」


「あんなの関わっちゃだめよ! アタシが追い返してやるんだから」


 サキは強気で言ってはいるが、額から頬に汗が流れていた。


 俺は歯噛みした。俺が狙われているというのに、闘うのはサキなのだ。しかし、これ以上、彼女を危険な目に合わせたくはない。


「なぁ、アンタ……。話し合いで済ませることはできないか? こんな町中で闘ったりしたら迷惑になる。穏便に済ませたいのだが……どうだろうか」


「あっちの名前はかえで。秋島 楓と名乗っております。話し合いは……難しいですねぇ。なにせ、貴方を連れ去りに来たわけですから。ごうっ、あきらっ。二人はサキ女王を抑えておきなさい」


「フム、その程度、今の我には問題ない」


「クヒヒッ、オイラの影はまた強くなってるぜ? 今度は倒す!」


 楓の後ろからスッと姿を現したのはあの二人だった。


 剛と呼ばれた黒いスーツの男は公園でサキが吹き飛ばしたはずだったが……どう見ても体調は万全に整っているようだ。


 顕と呼ばれた細い男は埠頭で黒い影を操ってサキを攻めていた男だろう。またこの二人でサキを攻撃しようってことか。で、俺をさらいにこの女が来たというわけか。


「くっ……。主っ、アタシから離れないで!」


「んなこといったって……」


 サキの動きは速かった。全く俺では瞬発力が違うのだ。一瞬にして剛の懐へ入り込み、蹴りを放つ。剛も魔力を十分に蓄えてきたようで、サキの蹴りを受け止めても吹き飛ばずに耐えていた。


「クヒッ、後ろがお留守だぜぇ?」


 俺の周りを黒い影が覆っていた。じわじわと寄ってきては、影の一部が伸び、攻撃してくる。俺はとっさに伏せて、足で伸びた黒い影を蹴ったが全く蹴り応えがない。


「なんだこれ、実体がないのか?」


 サキは足に朱く魔力を纏わせ、影を蹴ると、霧が晴れるように散っていった。


 剛がサキへすぐに近寄り、また振り下ろすようなパンチを放つ。轟音と供に、コンクリートの床が割れる。サキは一瞬にしてそれを躱していた。


「ん? なんだこれは……」


 俺の前に現れたのは薄い膜だった。透明なのでそこにあるのかどうか分からなかったが、光が当たってキラッと反射したのではっきりと認識できたのだ。


「あ、主っ!」


 この膜によって俺とサキは分けられてしまった。


 サキが近寄ろうとしたが、黒い影がサキを覆い、剛が絶え間なく襲いかかる。膜の向こう側が影で見えなくなると、楓の声が響いてきた。


「これで二人きりになれましたね」


「お前……」


「ちなみに抵抗しても無駄ですよ? 貴方はすでに私の結界の中。この中では私こそが最も強く美しい存在となる空間」


 透明な膜がいくつも伸びてきた。俺はそれを振り払おうとしたが、逆に手首と足首に纏わりつかれ、身動きが取れなくなってしまった。


「ま、まずい……」


「貴方がサキ女王と血の契約をしていることは知っております。そして、サキ女王が瀕死になっても貴方が魔力を分け、一命を取り留めたそうですねぇ」


「お前にそんなことは関係ないだろう!」


「ふふふっ、何とも興味深いお人。貴方を特別に私の眷属にして差し上げようと思いましてね」


「俺を眷属だって?」


「えぇ、今の私はあのサキ女王を上回る魔力を持っております。貴方を眷属にすれば、サキ女王は回復する手段がなくなる……そうでしょう?」


「お前……」


 しいことに今の俺は両手足を完全に封じられ、楓を睨むことしかできない。


「吸血鬼は首を噛む、なんて古風なことをしておりますが、私達はあんな野蛮な真似はいたしませんわよ。あまり痛みを感じないよう、すぐに終わらせてさしあげますわ。せいぜい床のシミでも数えていてくださいまし」


 楓は長い爪を俺の胸に払った。


「うあっ」


 皮一枚を綺麗に切り裂き、俺の胸から血が滴り落ちる。


「ふふふっ、なんとも美味しそう……」


 楓は長く、赤い舌を伸ばした。美女が舌を伸ばしているのは見ただけでドキッとしてしまう。


 楓の顔が俺の胸に密着した。そして俺の胸に流れる血を掬うように舐め取っていく。


「甘美な味……。まさか人間にこれほどの逸材がいたなんて……」


 楓の目はとろりと半眼になっており、唇についた血を長い舌で舐め取った。


 その妖艶な姿は敵である俺ですら思わず見惚れるものだった。


 楓は俺の腹に顔をつけ、舌で血を舐めあげていく。そして傷口に唇を当て、血を吸い始めた。


 ちゅるっ、ちゅちゅちゅちゅ〜。


「はぁ、はぁ、甘美っ、これほどの甘美があったなんて……。すごいわ、わたしっ、こんなのっ、初めてっ」


 楓は夢中になって俺の血を傷口から吸い上げた。


 じゅるっ、じゅるるるるるっ。


「あっ、私の中っ、熱くなってるっ、貴方のが私の中に入って……んふぅっ、すごいわっ」


 はぁっ、はぁっ、と息が荒く、速く、熱くなり、楓は両腕を俺の胴体に廻してガッチリと抑え込んだ。


 俺にも快感が沸き起こり、背筋がゾクッと震え、頭がボーッっとしてくる。


「んふっ、わ、私としたことが…、完全に見誤りましたわっ、こんなにすごいなんてっ、くぅっっっ、も、もうっ、私がこんなになる…なんてっ、んはっ、んんんん〜〜〜〜〜ッッッ!」


 楓を激しい痙攣が襲った。びくんっと身体がはね、恍惚の表情をうかげて迫りくる刺激に必死で耐えている。楓はしばらく俺の身体を抱きしめたままだった。豊満な胸が俺の腹に押し付けられ、彼女の鼓動が伝わっている。顔をようやく挙げると、完全に夢でも見ているようにボーッとしているようだった。


「ぐぅ、な、なんとか耐えきったか……」


 俺の血を搾り取られても意識までは大丈夫だった。日頃、サキにいっぱい吸わせていたせいか、血が減ることに慣れていたのだろう。


 身体に異変も落ち着いてきた。しかし、血の契約はいったいどうなったんだろうか。


「それで、契約は……」


「はっ」


 楓は突然目を覚ましたように、目を見開いた。


「失礼いたしました。我らがご主人様。まさか、これほどの魔力とは……。血の契約により、我が一族、これよりご主人様にお仕えいたします」


 楓は深く頭を下げた。その姿は美しい流離な線を描き、俺は一発で魅了されそうになるほどだ。しかし、なんと言えばいいのだろうか。話が大きくなっている気がする。一族で仕えるとか言ってるし。


「あ、あの……とりあえず、これ、ほどいてもらってもいいかな?」


「はっ、失礼しました。すぐにっ」


 楓は結界をすべて解いた。街がいつものように戻り、人が流れてくる。破壊されたモノは何事もなかったように元通りになってしまった。


「こ、これは? 主?」


「フム? これはいったい……」


「クヒッ? どうなってやがる?」


「サキっ。大丈夫だったか」


 俺はサキに近づいた。二人の男は楓の後ろへ下がり、一瞬にして消えてしまった。


「あ、主? 私は大丈夫だけど……その様子は……もしかしてっ!」


「えぇ、本日より私もご主人様にお仕えすることになりました。サキ女王、改め、サキ先輩っ、どうぞよろしくお願い申し上げますわ」


「う、うそっ、ねぇ、主の血は私が独占してたのにっ。ねぇ、なんで? これって浮気だからねっ!」


 サキがうるさく騒いているが俺はもう疲れすぎていた。血を吸われすぎて体がフラフラと揺れ、歩くのもおぼつかない。文句を言われつつも俺はサキに肩をかしてもらい、家まで帰るのであった。

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