第10話



「あぁ、散々な目にあったな……」


 俺は学園に向かう道路を一人歩いていた。


 我が家に3人もの美少女達が揃っていたのだが、言い争いを始めてしまった。その話の内容はというと、いったい誰が俺の1番なのか?ということで、俺に意見が求められそうになってしまったのだ。そんなの決められるわけがない。みんなそれぞれ違った良さがある……なんて言い訳が通用するワケもなく、外に逃げたのだ。


 どうしもんかと考えながら歩いていると河原の近くまできた。ずっと自問自答してきたが答えなんてわかるわけがない。


 はぁ〜、っと深いため息が漏れる。


「フム、どうやら今は一人のようだな」


「だれだ?」


 俺はとっさに振り向いた。そこにいたのは、以前にサキと戦った、あのスーツの男だった。


「くっ」


 こんな筋肉ゴリラに攻撃されては俺なんてひとたまりもないだろう。あまり意味はないだろうが、腕を交差してとっさに防御姿勢をとった。


「なんだ?それは。別にオマエを攻撃しようなんて思っちゃいない。少し話をしないか?」


 まさかの話し合いの申し出であった。だが俺には受けるよりどうしようもない。俺にちょっとでも戦う力があれば、これを断ることもできたのだろうが。


「な、なにを話すっていうんだ?」


「なぁに、あの吸血鬼の女と契約したんだろう? 俺が知りたいのはあの女の居場所さ」


「そんなの話すと思ってるのか?」


「ん? なんだ、あの女に義理でも働こうってのか? いつかれて困ってるんじゃないのか? オレに協力してくれれば邪魔な居候を片付けてやると言っているんだ」


「あいにく、困ってることなんてなくてね。それどころか二度まで助けてもらってるんだ。命の恩人ってところさ」


「なに? あの穀潰しの女が人助けだと? 面白い冗談だ」


 スーツの男はそんなことありえないとばかりに口角をつり上げた。


「オマエの家にいるあの女はおおよそ仕事というものが出来ない。当然、家事なんてできっこない。オマエがかくまってもマイナスにしかならんぞ?」


 まさかの正論に冷や汗をかいてしまう。確かにアイツがいなくなれば俺の負担は減るだろうが……。サキと過ごした1週間は楽しかったのだ。血を吸っている時のトロけた顔も、ゲームを一緒にやってる時の笑顔も、忘れたくたって忘れられない思い出になってしまった。それに定期的に血を吸ってもらっているので魔力が濁ることもなく、毎日が疲れ知らずで快適なのだ。


 たとえ今、痛い目にあったとしても俺はサキとの生活を守りたい。


「あぁ、マイナスで結構だ。その分、俺がなんとかするつもりだしね」


「そうか……では力づくでいかせてもらおうか」


 スーツの男は指をバキバキと鳴らしながら近づいてくる。


 俺は集中してなんとかここから逃げ出したかった、が、情けないことにまた恐怖で足がろくに動かないのだ。


 こりゃあ、大怪我くらいで済めばいいんだけどな。


 スーツの男が目前にまで迫り、俺の歯は勝手にカチカチとなり、恐怖心から汗がどっしりと吹き出る。


 だが、スーツの男は何者かが放った蹴りによって吹き飛んでいった。遠くの木に衝突する音が辺りに響く。


「あ、主〜〜〜っっっ!そんなにサキのこと思っててくれたのね!サキ感激っ!!」


 突然横っ腹に衝撃が走る。


「ぐうっ!」


 後ろから声が聞こえたと思ったら、サキがタックルで飛んできた。俺は立っていられずに、サキと一緒に吹き飛んでゴロゴロと地面を転がった。


「サ、サキ。マジで頼むよ。死んじゃうじゃないか……」


「またまた〜、主、なんともないでしょ?」


「ん? たしかに、今回は怪我しなかったみたいだけど」


「くっくっく。そちらから現れてくれるとはな」


 ホントに驚くべきタフさだ。サキの蹴りで吹き飛んだにも関わらず、もうすぐそこまで来ているのだ。首をパキパキと鳴らしながら歩いてくる様子にダメージを負った感じは全く見られない。


「なによ〜、またアンタなの? しつこいなぁ」


「いいのか? オマエの寄生主の顔は覚えてしまったのだぞ?」


「なによ? 主に手なんかだしたら……許さないんだからね!」


「ならば、我の姉貴に王位を譲るか、死んでもらうしかない」


「相変わらずの石頭ね。もうそんな時代じゃないでしょうに?」


「フン、時代に流されない確固たる意思が揺らぐことなどない。貴様がどこへ行こうとも我等は貴様を追い続ける」


 スーツの男はそう言い残すと振り返った。


 一瞬で目の前から消えるスーツの男。


 ふぅ、と大きく息を吐いた。正直、このところの騒ぎは心臓に悪い。


「ねぇ主〜、主はそんなにアタシと一緒にいたいの?」


 夕暮れで日の光がサキの髪に当たり、キラキラと反射している。いつもはガサツな奴なのだけど、こうしてしおらしい姿を見せると俺は目が離せなくなる。


「あぁ、俺はオマエと一緒にいたい」


 たった一週間だけどサキと暮らした生活はずっとドキドキが止まらなかったのだ。それはすなわち、俺はサキに惚れているってことであり、もうごまかすことは出来なかった。


 サキは嬉しそうに破顔した。そして俺の胸に額をつけてきた。


「そっか。ありがとう。主。一緒に帰ろ」


 サキの髪から漂う花のような香りを胸いっぱいに吸い込むとサキと一緒にいることを選んで良かったと心から思えた。


「あぁ」


 サキが顔をあげると彼女の笑顔がまぶしく見えた。


   *


「一体どこいったんだろ?」


学園から帰ってくると、サキが部屋にいなかった。


 サキと出会って、家に住みつかれてからは、帰ると毎日必ずいたのだ。アニメを見ながら、ゴロゴロして。


「めずらしいこともあるものだな。サキが外出してるなんて。ま、こんな日もあるか」


 学園の課題を済ませ、夕方も近くなってくると、真夜姉ぇと綾が来た。サキが家にいるようになってからはこの二人も毎日のように来るようになっていた。


「あっれぇ? サキいないの?」


「めずらしいこともあるものなんですねぇ」


 二人も驚いたようだ。特に綾は信じられないという顔をしている。なにせ、毎日顔を合わせては言い合いをする仲なのだ。


「ふ〜ん、いないんだ。ふふっ、ライバルがいないところで私がポイント稼いじゃおっかな?」


 綾は何かよくわからないことを言いつつも、上機嫌で夕食の用意に取りかかった。


 今は真夜姉ぇは俺とテーブルに座って夕食ができるのを待っている。真夜姉ぇもなぜか機嫌がいい。


「どうしたのでしょうかね?サキさんがいないなんて……」


「俺にも心当たりがないんだよな」


 本当のことを言えば一つだけ気になることはあった。あのスーツの男のことだ。しかし、サキがあれほど嫌っていた男に自分から近づいていくとは思えない。


「あっ、あの女の分まで作っちゃった。どうしよう。ご飯おおかずも余っちゃったな……」


「ま、帰ってこないのは仕方ないからラップでもしてとっておこう」


「はーい、じゃおかずの盛り付けだけはしておくね」


「全く、どこ行ってるんだ、サキは……。みんなに心配かけやがって」




 もう時刻は夜の10時を過ぎてしまった。真夜姉ぇも綾もとっくに帰ってしまい、俺は一人でサキの帰りを待っていた。


 うーん、どうしたのかなぁ。いくらなんでも遅すぎる。もしかして何か事故か事件に巻き込まれたんじゃないだろうか? 嫌な妄想ばかりが頭をよぎる。


 俺は気持ちが落ち着かず、部屋の中をうろうろしながら、嫌な妄想を振り払っていた。




 時計を見る。午前の二時だった。


 一体サキはどこにいったというのだ? ずっと落ち着かない。危険かもしれないが、公園やら川原を探しにいってみよう。


 そう思い立ってすぐに家を出た。川原を小走りに急ぎつつ、人がいないか確認をしていく。やがて川原から公園へ続き、公園の中へ入った。相変わらず、公園の住人が多数いるが、ほとんどが寝ているようで静かだった。


「一体どこにいったんだ? 川原にも公園にもいない……町のほうだろうか……」


 突然、心臓にドキリと痛みが走った。


「ぐっ、な、なんだ?」


 こんな時に動悸か? まずい、倒れるわけにはいかない。俺は足を引きずって、なんとかして歩きベンチまでたどり着いた。すぐに横になり、はぁ、はぁ、と短い息をして、心臓が落ち着くのを待った。目を閉じる。今は早く動悸が収まるのを待つしかない……とそのとき、瞼の裏に戦いの光景がうっすらと見えるのであった。


 な、なんだこれは?


 その映像は人間とは思えないスピードで映像が変わっていく。恐らく誰かの視点なのだろう。その視点はあらゆる方向に動き回り、黒い人影のようなものを蹴り飛ばしていた。


 こ、この脚は……!


 白く、長く、流離で柔らかそうな曲線。この脚には見覚えがありすぎた。


 間違いない、サキの脚だ。いつも部屋でゴロゴロしているから、幾度となくチラ見しまくっていたのだ。間違えるわけがない。


 いつ見ても綺麗な脚だ……いっぱい脚見ていてよかった……ってそれどころじゃない!


 ここはどこなんだ? 何と闘ってるんだ?


 逸る気持ちを無理やり落ち着けて視界の背景に注目する。


 大きな倉庫が見える。隣には……これは船だろうか? ロープで繋がれた船首が暗闇のなかにかすかに見えた。


 ここから海まではそう遠くない。走れば20分位だろう。急がなかければ……。


 心臓は……大丈夫そうだ。鼓動は落ち着いた。俺は気合を入れ直して港へ向かって走り始めた。


   *


「俺って、こんなに走れたっけ?」


 全速力で走り始めたのだが、全く息切れしないのだ。もう5分以上を全力で走っているというのに。それにスピードも違う。脚が軽い。すぐに痛くなる脇腹も今に限っては全く感じない。なぜなのかは知らないが、今は一刻を争うときだったのでありがたい。


 俺は闇の川原を駆け、港を目指した。そして一際明るく光っている街灯を目指して走った。あそこなら周りが見渡しやすいだろう。


「感覚的にまだ10分も経っていないはずだ。これなら間に合っただろうか?」


 港の入り口にある街灯の所に到着しても不思議と全く疲れがなかった。俺はすぐにコンテナ沿いに走り、船の停まっている波止場のほうを目指した。ふと、音が聞こえてくる。闘いの音だ。何かがコンテナにぶつかる激しい音や、海に落ちてしぶきを上げるような音も聞こえてくる。


「まだ激しい闘いが続いているのだろうか」


 俺は音が鳴り響くほうへ駆けていく。戦闘の激しい音が間近になると、立ち並んだ倉庫とコンテナの間から黒いモヤが蠢いているのが見えた。


「なんだ、あれは」


 俺は脚を止めて様子をみることにした。黒いモヤは蠢きながらある方向取り囲むように向かっていく。その中心にサキはいた。肩で息をしながら、今も闘っている。


 黒いモヤはサキの蹴りを浴びると吹き飛んでいく。サキの周りにいる黒いモヤはあと少しでなくなるところだった。


 「クヒヒッ、まさかオイラの魔力が尽きるまで召喚した影を倒し切るなんてねぇ。素晴らしい素材だよアンタは……」


 気味の悪い笑い声が聞こえてくる。


「フム、大分消耗したようだな。頃合いだ」


 サキの前にスーツの男が立ちはだかった。


「はっ、この程度でやられるほど鈍ってないわよ。アンタもぶっ飛ばしてやるんだから!」


 俺の目から見てもサキは追い込まれているように見える。息があがり、無数のキズを負い、足も少し引きずっているのだ。その状態であの男とやり合うのはいくらなんでも無謀すぎる。


「では、ここで永かった鬼ごっこも終わりだ。貴様を殺す」


 男の冷たい声が響くとその姿が消える。サキの目の前で男との攻防が始まった。


「フム、やはり魔力を使い尽くしているな。ワナを張っているとわかっていながらここまで来たことは評価してやろう」


 男はサキの蹴りを躱しながらパンチを放つ。サキは受け流すたびに苦悶の表情を浮かべた。


「くっ、アタシがこんなことで……」


「バカな女だ。ではそろそろ終わりだ」


 男は右腕を上に上げた。右腕に向かって黒いモヤが渦を巻くように集まっていく。やがてモヤが右腕を覆いつくし、さらに大きくなっていった。


 アレをくらったらヤバい。俺の直感がそう告げてくる。いくらサキが常人離れした体力の持ち主だとしてもだ。しかし、俺の足もガクガクと震えてしまい、前へ進むことが出来ない。


 サキは息が上がっており、ハァ、ハァと呼吸が短くなっている。あの強大な一撃を躱せるとは思えなかった。


「頼む、それを躱してくれっ」俺の声が漏れる。


 スーツの男の渾身の一撃がサキに襲いかかった。


「くらうがいい、我が魔力の全てを」


 男が腕を振り抜く。黒いモヤが巨大な弾丸のようにサキへ真っすぐに飛び、直撃した。


 サキの軽い身体が宙を舞った。30メートルほども飛んだだろうか。


「サキっ!」


 気づくと俺はサキの飛んでいく方向へ向かって走っていた。飛んでいるサキがスローモーションのようにゆっくりと見える。無我夢中で駆け抜けていき、サキが落下する位置にまわり込み、サキの身体を両手でガッチリと受け止めた。


 俺の身体は明らかにおかしくなっているのだろう。だが、それを今、考えている場合ではない。サキの身体をお姫様だっこの状態で抱えたまま、俺はこの場を脱出するべく走った。


「あの時の男か」


 後ろで声がした。が、今は振り向く暇もない。とにかく俺の出せる全力で走って走って走り抜けた。

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