第5話



「はっ」俺は突如、目を覚ました。


 は〜っ、は〜っ、と呼吸が大きく吐き出される。


「ゆ、夢か」


 我ながらなんて夢を見るんだろうか。あの女に襲われて怖い思いをしたというのに……。


 しかし、あの女がキレイだと思ったのは間違いない。ただ……俺の心がこんなにも引きずられるなんて。


「どんな夢だったの?」


 ふと声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だ。


「え……と……、美少女が出る夢だったんだ」


「へぇ? 美少女……」


「あぁ、俺の理想とも思えるほど美しい人が、実は吸血鬼だったって夢さ……」


「ふ、ふ〜ん。美しい、ね……」


 俺は起き上がろうと身体に力をいれようとした……が、動かない。


 目を見開いてベッドを見回した。


 俺の足元に誰かが立っていた。


 その”誰か”はベッドの上に両手をつき、四つん這いになった。


 月の光が”誰か”を照らし、その顔が明らかになった。


「あぁ……綺麗だ」


 俺の口から本音が漏れるように出てしまった。


「アナタ……私が怖くないの?」


「怖いさ。だけど……」


「ふふっ、アナタ面白いこと言うのね」


 今、この場には俺とこの女しかいない。先程は助けてくれた姉妹も当然いない。まさにチェックメイトってやつだ。


 だが俺の気持ちは不思議と落ち着いたままだった。もう慌てたところで何もできやしないのだ。


「まぁ、気に入ったら側に置いといてあげるわ。光栄に思いなさい。夜の女王の眷属にしてあげるんだから」


 美少女は大きい胸をブルンと震わせながら胸を張った。


「眷属?」


「えぇ、私の近くにいることを許してあげるって言ってるの。まぁ、喉が乾いたらアナタの血のワインをいつでもいただくけどね」


「へぇ、俺はアンタのワインセラーってわけだ。」


「もちろん、人間のアナタにもメリットはあるわよ? まず寿命はなくなるし、それに歳もとらなくなるわ。あ、だけど死なないわけじゃないからね?」


「へぇ、そりゃどうも」


「ただ、アナタの自我って奴が残るかは、アナタ次第だけどね」


「そうか、君を綺麗に思う心がなくなるかもしれないのか……」


 俺はもう気持ちが諦めてしまっており、もうぶっちゃけて本心で話すことにした。


「また、そんなコト言って、もう逃さないんだから」


「いや、逃げたくても逃げられなくしてるのは君でしょ? 身体、動かせなくなってるし」


「そりゃそうよね。アタシの魔眼って特別製なんだから」


 美少女はその美しい顔を俺のお腹に近づけた。美少女の髪がすぐ近くまで来て、花のような甘い香りがフワッと鼻腔に入り込んだ。


「あぁ、いい香りだ……これで襲われてるんじゃなかったら良かったんだけどな」


「あら、ありがと。アナタも素敵な香りよ。こんなに芳醇な魔力の香りなんて嗅いだことないわ。うっとりしちゃう」


 美少女は俺の腹に顔を密着したまま大きく深呼吸をする。そして、満足そうな笑みを浮かべた。


「すごいわ、魔力が香りにたっぷり乗ってる。こんなに濃い魔力を蓄えてるなんて、私、もう我慢できない……」


「俺には君の言う魔力ってのが、わからないんだけど……まぁ知ったところでもうどうしよもないんだろうけどね」


「アナタ、ほんとに自分で気づいてないの?まぁいいわ。すぐに楽にしてあげるんだから」


 そう言うと美少女は口を開けた。夢にも見た八重歯が月明かりに照らされて怪しく青白い光を放つ。美少女は真っすぐに俺の首元へ顔を伸ばし、そして‥。


「プスッ」


 牙のように尖った先端が俺の肌を貫いた。


「うっ……って、あれ?思っていたよりも痛くない?注射よりも痛くないな」


 美少女は首もとに歯を刺したまま、周りを舐めはじめた。れろれろと舌を上下し、流れる俺の血を口に運んでいく。


 俺の身体が火照るように熱くなってくる。そして血を吸われるたびに体が少しづつ気持ちよくなってきた。肩口から全身の神経に快感が伝わっていく。こんなにも気持ちがいいものがあったとは……俺は内心、驚いたがその気持ちすら快感に飲み込まれ、思考が鈍くなっていく。


「はぁっ、はぁっ、しゅ、しゅごいわ、アナタ。こんなに濃い魔力なんて……初めて……」


 美少女が顔を少し離した。目の前の吸血鬼はトロンとした半眼で恍惚とした表情を浮かべている。


 俺は見惚れた。そのあまりの美しさに。それは言葉で言い表せるようなものではなかった。見ているだけで心がいっぱいになるのだ。


 美少女は少し息を整えた後、また俺の首に顔を当てる。


「はぁっ、はぁっ、こ、こんなにしゅごかったなんて。こんなのっ、聞いたことにゃい」


 ピチャピチャと液体を舐める音が耳元で聞こえる。


「しゅごい、しゅごしゅぎるわ、私の身体の中っ、あったたかくなってるっ。んんッッッ!」


 美少女は身体をくねらせながらも、血を舐めるのはやめなかった。


「く、くせになりそう……ってもうなってるかも。こんなに濃いの、んあっ、初めてっ、初めてなんだからっ」


 何をを言ってるのかよくわからないが、初めてと言われて嬉しくない男はいないだろう。


 ちょうど俺の身体も火照ったように熱くなってきた。


「うっ、うそっ、こ、このままじゃっ、わたしがやられちゃうっ、先にイッちゃうなんてっ、んあっ、そんなこと、ゆるされないんだからっ」


必死な顔でなにかに耐えているようだが、俺の血を舐めることだけは辞めないのか。


「どうしたの? 顔が赤いよ?」


「ふ、フンっだ。アンタなんかに……ま、負けるわけにはいかないんだからっ。覚悟しなしゃいっ」


「言葉もかみまくってるじゃないか。それよりも大丈夫?息も荒いし」


「はぁっ、はぁっ、血の契約ってのは‥‥魔力が大きいほうが、有利な契約になるの‥。まさかアンタの魔力がこんなに大きいなんてっ、聞いてないっ」


「へぇ、そうなのか。魔力が大きいほうが有利な契約になる……」


 ということは、実は俺の魔力ってのが多かったのだろう。吸血鬼が悶々としてるくらいだし。


「わかったなら、さっさとまいったって、言わせちゃうんだからねっ」


 じゅるっじゅじゅじゅじゅ〜〜〜ッッッ。


 女は勢いよく吸いはじめた。俺の身体が一気に熱くなってくる。


 だが、俺の気持ちにはまだ余裕があるようだ。これくらいならまだまだ吸い取ってもらっても耐えられそうだ。


「ふぁっ、だ、ダメッ、こんなに熱いのいっぱいになったらっ、わ、わらひっ、もうっ」


 女は目をギュッと閉じた。腕と足が俺に抱きつくように廻される。


「わらひっ、イッちゃう〜〜〜〜ッッッ!!」


 女を襲うのは激しい痙攣だった。歯が刺さっているのでビクンビクンという美少女の震える動きがそのまま伝わってくる。手足はきつく俺を抱きしめた。お互いの身体がより密着し、彼女の温もりが体中から伝わってくる。


 痙攣が終わると、はぁ〜〜っ、はぁ〜〜っ、大きく肩を上下させ、息をする美少女がやっと顔を上げた。


「イッたの?」


 吸血鬼がイクというのが、なんだかよくわからないが、とりあえず俺は美少女を満足させられたようだ。


 というか俺の意思が残ってるってことは僥倖だ。助かったんだな……。


 女はまだビクンっと時折、身体を震わせながら、ようやく少しだけ目を開いた。


 うっとりとしたような目は完全にトロケきっており、胸を大きく上下させている。


 その扇情的な姿は西洋の裸婦の絵画よりもずっと美しかった。


「もう終わり?」


「は、はい。終わりましゅら」


 美少女はまだまともにしゃべることもできないようだった。ふと女を見た。


「こ、これはいったい?」


 美少女の周りには薄っすらとあかくモヤのようなものが漂っていた。そのモヤは美少女の呼吸や心拍と連動して蠢き、俺には目でみただけで美少女の興奮している具合が見てわかるようになっていた。


「これは……いったい?」


「んふっ、ど、どうやら目が覚めたみたいでしゅね」


「目が覚めた?」


「ひゃい、血の契約をしましゅたから、その相手の状態が見えてるんでしゅ」


「あ、け、契約とやらはどうなったんだ?」


「あ、アナタの……下僕しもべに……なりましゅた」


「し、下僕? 俺が下僕になったんじゃなくて?」


「はいにゃ、わ、わらひは、もうっ、アナタしゃまの忠実な下僕。な、なんなりとご命令くらひゃい」


「じゃ、身体の拘束をいてくれないか?」


「はいでしゅ」


 女の目が元の青い色に戻っていく。


 俺はやっと身体を動かせるようになった。


「ふぅ、やっと動けるのか」


 しかし、血を吸われたせいなのか、ずっとうごけなかったせいなのかは分からないが、身体が重く、思ったように動かせない。


「ぐっ、身体が重いな……」


 俺はガチガチに硬くなった身体をゆっくりと起こした。身体の関節に少し痛みを感じる。


 目の前の女にまとわりついていた朱い煙の色がゆるやかに緑色に変化していく。


 そして、動けるようになったようで、ベッドから降りると、俺に向かって頭を下げた。それも身体ごと平伏し、額を床につけた、いわゆる土下座だ。


「この度は失礼いたしました。ご主人様」


「え、っと」


 言葉に詰まる。なにせ、一方的に襲われたのだ。なされるがまま、血を吸われまくったら、女が勝手にもだえたあげく、この土下座である。あまりの急展開に頭が全く追いつかない。


 それに疲れがたまってしまったせいで眠気が襲ってきた。


「すまないけど、俺、もう限界かも……」


 俺は身体を倒れるようにベッドに横になると、すぐに意識が遠のいた。

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