第4話



 帰り道は何事もなく家にたどり着くことが出来た。


テーブルには綾が作ってくれた料理が並んでいる。せっかく作ってくれたのだが、俺はさっきのことで頭がいっぱいだった。


「さっきのことなんだけど……」


 恐る恐る切り出してみた。


「あの女は人間ではない、感じがしたんだ……」


「彼女は人間ではありませんよ。昔から吸血鬼と呼ばれる存在です」


 真夜姉ぇは何事もなかったように淡々と話した。


「吸血鬼!まさか、そんな……本当に存在していたのか」


「お兄ちゃんも見たんでしょ? あの赤い目を」


 確かにあの赤い目になった瞬間、身体の自由が奪われたのだ。人間にあんなことが出来るわけがない。


「あぁ、身体が全く動かなくなってしまって、何もできなかったんだ」


「あれは魔眼です。相手の精神を操って思い通りに他人を動かすことのできるモノ。人間ならそんなもの持っていません」


「そうか……そうだよな。あらためて、ありがとう。ほんとに助かったよ」


「ふふっ、恩にきてくれてかまいませんからね?」


「お兄ちゃんを助けられてよかったです」


 姉妹はそろって頬を赤らめた。


「実は、あの女に襲われる前の話なんだけど、公園を歩いていたら、見たことないオッサン達に襲われたんだ」


「っ!! 本当ですか?」


「あぁ、奇声をあげながらいきなり襲いかかってきて……あの女はその時に助けてくれたんだ」


「あの女が……」


「あぁすごい蹴りだった。蹴り飛ばされた男が飛んでいったんだ。木にバシーンってぶつかって……漫画とかアニメでも見てるんじゃないかって思うほど、現実離れしていて……本当に夢だったんじゃないかって」


「……」


 真夜姉ぇは顎に軽く指を当てながら、何かを考えているようだった。


「その後も、男である俺をひょいと肩に担いでさ、驚くほど早く走るんだ。暴漢どもから、逃げられたと思ったら、あの目で動きを止められて……」


「その助けた見返りとして、血をいただこうとしていた、ということですね」


「あぁ、どうやらそうみたいだね」


「わかりました。とりあえずは京ちゃんが無事でホッとしました」


「あぁ、皆のおかげだ。本当にありがとう」


「お兄ちゃん‥‥、よかったら明日からなんだけど‥」


「うん?」


「い、い、一緒に……っ、やっぱりなんでもない」


「綾?」


 綾は慌てたように席を立って帰ってしまった。最後に言いかけたの、なんだったんだろ?


「京ちゃん、こういう時は追いかけなきゃ、メっですよ?」


「そうなの?」


「はぁ、まぁ、今日は疲れたでしょう? ゆっくり休んでくださいね」


「あぁ本当に助かったよ。真夜姉ぇも気をつけて帰ってね」


 真夜姉ぇはにっこりと微笑んだ。


   *


「あぁ、なんて可愛くて綺麗なんだ……」


 目の前にはあの吸血鬼の美少女がいた。俺の方をを向いてやさしく微笑んでいる。


 素敵な笑顔に魅せられて、俺の身体が吸い寄せられるように女のほうへ近づく。


 間近にみるこの女の美貌はただただ美しかった。キラキラと光る髪の毛。白く透き通るような肌。大きくて青空のように透き通った目。身体つきも女らしい流線型を描いており、大きく形の良い胸と腰つきには下半身を刺激されてしまう。


 俺はこの女を見て初めて綺麗という言葉の本当の意味を知ったのだろう。


 女が俺の隣にきた。


 女はじっと俺の目をみつめたままだが、美しいブルーの目が突然、燃えるような朱に染まる。黒い眼球の真ん中に妖しく光る朱。俺は吸い込まれるように女から目を離せなくなった。身体も固まったように動かせない。


 目の前の女の近くに行きたい。しかし、動けない。もどかしさが俺の中に募っていく。


「ふふっ、やっぱりアナタって……美味しそう」


 あぁ、このまま俺は血を吸われてしまうのか。けどもう構わないや、こんな綺麗な人と密着して、幸せな時を一緒に過ごしていられるんだから……。


 女が口を大きく開いた。あの日に見たのと同じく、長い八重歯がキラリと白く光りを放つ。


 女の顔が近づいてきた。髪の毛が顔につくと、フローラルな香りが鼻腔を満たし、俺の思考はますます衰えていく。


「なんていい匂いなんだ……」


 そして、彼女の歯が俺の首元に突き刺さった。


 激痛が……

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