第3話
「んじゃ、俺は駅前にでも寄っていくから。じゃあな〜」
放課後、鳴門はナンパするために駅前へ行ってしまった。
とにかく数で勝負するのが鳴門流らしい。
一度だけ、連れて行かれたことがあるのだが、自分の連絡先を書いたメモ用紙を大量に持っていて、ひたすら渡していくスタイルだったのだが、二、三百枚を渡せば一、二件は電話がかかってくるらしい。
あまりに過酷な現実を目の当たりにして、俺には到底まねできないと早々に諦めてしまった。
一人で家に帰る途中、鳴門の言っていた美人の外国人についてふと思い出した。
ちょうど、学校から僕の家の間にある
「いるわけない……よな」
そう思いつつも帰り道にある公園なので、様子を見ることにした。
この辺りでは外国人は珍しい。その人がいればすぐにわかるだろう。
バカバカしいとは思いつつ、公園内に入ってみる。
公園内は歩く人も少ないようで、人の気配はあまりなかった。まだ夕方なので公園内は十分に明るい。
この浜田公園はそこそこ広い公園で野外のバスケットコートにサッカー場、広い散策コースには木々が生い茂り、ベンチや公衆トイレも多数ある。
僕はこの公園を時おり散歩に使っていた。公園の横には川が走っており、そこは散策コースが敷かれている。歩くだけで緑に囲まれ、ちょっとした森林浴ができ、気分転換にはもってこいの場所なのだ。
散策コースを数分ほど歩き、ベンチふとを見ると、金髪の女性がベンチに座って休んでいるのが見えた。
「ホントにいたんだ……」
しかし、ここからだと距離がある、鳴門がうるさく言っていた人なのかどうかまではわからない。
どうせ時間もあることだし、近くまで行ってみるか。
女性が座っているベンチに近づくと、異様な雰囲気を感じた。
「なんだろう? この空気が重い感じ……」
俺は特に気にせず歩き続けた。気がつくともう女性の近くまで来ている。相手に気づかれない程度にチラ見して、鳴門が言っていた通りの人なのか確認してみる。
なるほど、鳴門がうるさく言うわけだ、と納得してしまった。
外見的特徴は鳴門の説明通りだが、やはり聞くと見るでは大違いだ。
妹も可愛いのだが、身内なので意識はしたことがない。他人でここまで可愛い人というのは初めて見た気がする。近くに寄るだけで心臓がドキドキと跳ねるのがわかった。
大きなブルーの目やスッと通った鼻筋、小さめの口が驚くほど整って、小顔に収まっており、キラキラと光る金髪が幻想的な空気を醸し出していた。
黒を基調とした、ワンピースを着ており、少し童顔に見えるところが、服装にマッチしているのだ。余りにも見た目のインパクトが強すぎて、チラ見ではなく、うっかりじっと見つめてしまった。
どうしよう、心臓の鼓動が大きく鳴って止まらない。
ところが、このキレイな女性は俺が前を通りかかろうとすると、鋭い目つきで僕を睨んできた。
一瞬だけど、目が合ってしまい、すぐに目を伏せてしまった。
すごい剣幕で女性から睨まれるなんて、生まれて初めてだった。これはナンパ避けのつもりなのだろうか? だとしたら強烈すぎる。
足早に目の前を通り過ぎるとその女は立ち上がって、ゆっくりと僕の後ろについて歩いてきた。
う、うそだろ? 後ろからついてくるなんて……怖すぎるだろ? さっきあんなに睨んでたし、俺がなにか悪いことでもしたのだろうか?
(すぐにでも公園を抜けなきゃ。早歩きでいこう)
俺は歩幅を大きくとって、足を素早く動かした。背の低い女性がついてくるのは大変な速度だろう。
しかし、その女も同じ速度で追ってきた。サカサカと足を素早く動かしながら後をつけてくる。
公園の出口はもう見えている。公園から家まではそんなに距離もないが、全てを全力で走り抜けるのは、ここからではまだ難しい。
そんなときだった。公園の出口に怪しい人影が2つ現れたのだ。
一人はサラリーマンのようでシワの入ったスーツと膨らんだお腹、脂ぎった顔と髪が特徴の、正直、関わりあいたくないタイプのオッサンだ。もう一人は……。
うん、この公園の住人だな。永年着たきりの衣服はボロボロで、髪も髭も伸ばしっぱなしだ。おまけにすごい匂いが風に乗ってきてすぐにこの場を離れたい。
二人共、足元が妙に黒っぽくなっているのが見える。しかし、俺にはそれを気にしている時間的余裕がない。後ろからあの女が迫ってきているのだ。
しかたなく横に逸れて、林の中に入った。
ところが、前方にいたサラリーマンが道を塞ぐように走ってきて、横道に立ち塞がった。
両手を挙げた状態で何やらよくわからないことをしゃべりつつ近づいてくる。俺には何がなんだかワケがわからないが、人生で初めて感じる見の危険だというのは理解できた。俺の足が恐怖で動かなくなり、その場で立ちすくんでしまう。そして目前の男は俺を目掛けて襲いかかってきた。
「あっひゃあ〜〜っっ」
な、なんだその声?どう見ても酔っ払いという感じではないし、一体どうなってるんだ。
「と、とにかく逃げなきゃ……うあっ」
ただでさえ、足の動きが鈍くなっているというのに、足元に木の根が大きく出ていたのだ。俺はみごとに足を引っ掛けてしまい、正面から腹を打つように転んでしまった。
前方からあの怪しいサラリーマンが、後方からは外国人の女性が近寄る足音がはっきりと聞こえてくる。
「どうすればいいんだ……」
足をバタバタと動かし、足に引っかかっていた木の根を外した。
しかしすでにサラリーマンは目の前まで来ていた。そしてまたワケのわからないことを言いながら俺に覆いかぶさるように飛んで襲いかかってきた。
その時、俺の上に白い足が伸びる。その足はサラリーマンの腹部を直撃すると、飛びかかってきたはずのサラリーマンが凄まじい勢いで吹き飛び、遠くの木に衝突した。
サラリーマンの体が下にドサリと落ちると、木には小さいクレーターの跡が残った。
サラリーマンはピクピクと体を震わせているが起き上がる気配はないようだ。
「すぐに追手が来るわ、行くわよ」
「え?」
「な、なにが起こってるんだ?俺を助けてくれたのか?」
一体どういうことなのだろうか。俺を激しく睨み、追ってきた女が突然俺を助けるなんて。
「早く、さぁ、私の手をとって」
白い手が目の前に差し出される。これは本当に救いの手なのか?
周りを見ると、さっきまで道を塞いでいた公園の住人はいつもまにか数を増やし、俺たちを取り囲むように、ゆっくりと迫ってきた。
公園の住人に捕まるくらいなら、目の前の美少女に縋るほうがずっとマシに決まってる!
俺は目の前の手をとった。いや、取らざるを得なかった。
女は俺の手を引っ張ると、なんと俺の体を軽々と持ち上げ、肩にかつぎ、走りはじめた。
「え? うそっ?」
サラリーマンを蹴り飛ばした、脚力にも驚いたが、俺を担いで凄まじい早さで公園を駆け抜けていくのだ。この小さい女性の見た目からは想像もつかない力だった。女はあっというまに包囲を抜け出して川沿いを下っていった。
住宅街の近くまでくると、女はそこで俺の体を降ろしてくれた。
「ここまで来ればもう大丈夫だと思うんだけど」
「あ、あぁ。ありがとう……」
あれだけ俺を担いで走ったというのに目の前の女は息切れもしていない。
しかも、見た目は超がつくほどの美少女である。
「さて、それじゃあ、助けたお礼なんだけどさ……」
目の前の美少女がニッコリと笑う。
俺の背筋にゾクリと寒気が走った。
「アナタの、血が飲みたいの」
「俺の……血? な、ななな何を言ってるんだ、一体……」
「アナタ、自分で気づいてないの?」
美少女は不思議そうに首をかしげた。
「ま、いいか。アナタって美味しそうな魔力を持ってるのよね。多分、さっきの襲ってきた連中もアナタの魔力に惹かれたんでしょうね。ま、取るに足らない連中でよかったけど。でもさ、私もちょっとだけ疲れちゃったんだよね〜。ね?いいでしょ?ちょっとだけでいいからさ。アナタの、その濃いの、分けてほしいなぁ」
俺はその場から逃げ出したい思いでいっぱいだった。しかし、また恐怖が俺の体を動かなくしていた。この女からは逃げられない…俺はそう直感した。実際、目の前の女は俺よりも遥かに強く、身体能力が優れているのだ。
背中がひんやりと感じた。手を背中に当てるとビッショリとシャツが濡れている。今も汗が吹き出ては俺のシャツの汗じみはどんどん広がっている。
「お、おまえは……、一体、何者なんだ?」
「アタシ? ふふっ、血を分けてくれたら教えてあげよっかな?」
「ま、待ってくれないか。そんなにいきなり血が欲しいなんて言われても、何がなんだかさっぱりわからないんだ」
「わかんなくてもいいじゃない。私はアナタの血がほしいってだけ。アナタが素直にくれたら早く終わるからさ」
美少女は屈託のない笑顔で答える。
「そんな決心つくもんかよ。血をくれってそんなのおかしいじゃないか」
血が欲しいなんて言われて、簡単に思いつくのはファンタジーな存在の吸血鬼くらいのものだ。そんなもの、現実に存在するはずがない。
が……目の前の美少女が、もしかしたら……その吸血鬼なのだろうか?
「ん〜っ、面倒くさいなぁ。アタシとしては強引に頂くのは気が引けるんだけどなぁ〜。でもしょーがないかな?」
「へ?」
美少女の目が赤く光った。目の周りにうっすらと赤いモヤがかかり、白いはずの眼球は黒く染まる。
「うっ……に、人間じゃ…ない……?」
に、逃げなきゃ、で、でも‥手足が全く動かないっ。なんだコレ?
美少女がニヤリと笑いながら、口をゆっくりと開けた。
目に写ったのは長い八重歯だった。
明らかに人間の八重歯ではない。肉食の動物が持っているような長く、先端の尖ったものだ。それが白く、口の中に光っている。
美少女の顔が俺の首元に少しづつ近づき、俺の肌にヒヤリとするものが当たった。
すぅ〜っと女が大きく息を吸い込む。
「はぁ〜っ、芳しい香り。うっとりするわ。今からアナタの血をいただけるなんて‥‥し、あ、わ、せ」
俺は恐怖で頭がいっぱいだった。このまま何もできず、血を吸われて……俺はどうなってしまうのだ?
足が震え、歯はガチガチと音を鳴らしている。
動けっ、俺の身体っ! 動かないとっ。襲われるっ。
女は俺の首すじを舐めた。
温かい舌と息づかいの後に冷たく女の唾液が残る。
これまで……なのか……。
あきらめの気持ちが湧き上がったとき、後ろからこちらへ近づいてくる足音が耳に入った。
パキッ!
小枝が折れるような音が間近でなる。誰か来たのだろうか?危ない! 目の前の女は人間じゃない。俺と同様に、血を吸われてしまう!
しかし、聞こえた声は以外なものだった。
「そこまでよ」
後ろから聞こえた声には聞き覚えがあった。
「ん? アンタ達……いったいだれ?」
目の前の美少女は顔を俺から離し、鋭い目つきで後ろにいる者たちを睨む。
「京ちゃんになにかしたら……許さないんだから」
「それ以上、兄さんに近づいたら容赦しないわよ」
「へぇ……。アナタ達……中々やるのね……。でもアナタ達の血はいらないわ。美味しくなさそうだもの」
間違いない、後ろにいるのは真夜姉ぇと綾だ。だけどいつもと雰囲気が全然違う。こんなに怒ってる声を聞くのはのは初めてだ。
気がつけば身体が動くようになっていた。急いで立ち上がって後ろを見ると、凄まじい形相で女を睨む真夜姉ぇと綾の姿があった。
「も、もしかして、知ってる人なのか?」
「あんな人知りません。ただ、行儀が悪いようですね」
「真夜姉ぇ、綾っ。この女は人間じゃないっ!逃げるんだ」
俺は叫んだ。しかし、この姉妹は堂々とこちらに歩き近づいてくる。
「こ、こんなときくらい俺の言うことを聞いてくれっ」
俺の気持ちなんて無視するかのように、すぐそばにまで二人は来た。
美少女は俺のそばから飛び退き、一瞬にして距離をとった。
「さすがに二人相手は疲れるからね。今日はやめとこ。じゃ、またね〜」
そう言い残して美少女は歩き去っていった。
真夜姉ぇと綾は立ち去っていく美少女が見えなくなるまでキッと睨んだまま動かなかった。
「いったい、なんだったんだ? さっきの女にしても公園で襲われたことも心当たりがなさすぎるんだが……」
俺の声はまだ震えていた。
「京ちゃんはもう気にしないでいいのよ。さ、帰りましょう?」
真夜姉ぇは先程までとは一変した、いつもの口調に戻っていた。
「気にするなって言ったって、無理だろう? 命の危険まで感じたんだぞ?」
「いーえ、お兄ちゃんは気にしないで。この件は私達が片付けておくから」
「綾……」
「……お兄ちゃんを巻き込みたくないのです‥」
「いや……でももう十分巻き込まれてるよ。教えてくれないか?何がおきたのか」
「……ふぅ、仕方がありませんね。でも今は帰りましょう」
真夜姉ぇは手を伸ばしてくれた。
姉妹は笑顔になっていた。
さっきとった美少女の手と全く違う、温かさがあった。
「ありがとう、助かったよ」
なんだか……感謝はいつもしてるけど、言うのは恥ずかしかった。
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