第12話 父の想い

「ハァ……」


 俺は自身の家の前で大きなため息をつく。

 あの後スマホの通知を確認した結果、どうやら次の日の夜には俺が雄太の家に行っていないことに気づかれてしまっていたらしい。


 一応ダンジョンに入る前に雄太に連絡して、当分の間俺が雄太の家に泊まっているということにしておいてほしいと頼んではおいたのだ。

 だがそれは意味をなさなかった。


 運悪く両親が雄太の家に直接連絡したところ、雄太の両親が電話に出てしまい気づかれてしまったというのがことの経緯のようだ。

 雄太も怒られただろうに、「悪い」と連絡が入っていた。


 こちらが無理を言って頼んだのに責めるのではなく謝ってくるあたりアイツらしいと思いつつも、「お前は何も悪くないよ。こっちこそ無理言ってごめん」と連絡を入れておいた。


 そして家族からのメッセージに関しては母さんと楓の二人は俺が無事なのかと心配する連絡が鬼のように入っていた。

 ただそんな中で父さんからのメッセージは異常だった。


 父さんが俺に送ってきたメッセージは一回だけ。

 その内容とは「無事であるなら真っ先に俺に一報入れろ」だった。


 俺はそのメッセージに従い父さんに真っ先に無事である旨メッセージを入れたところ、返ってきた返信が「家の前に着いたらもう一度連絡を入れろ。決して中には入らず俺が出るのを待っていろ」というものだった。

 なので俺は今現在家の中に入らず、家の前で立ち尽くしているのだ。


「……絶対に怒られるよな。あるいは許してもらえるまでここに立たされるとかか?」


 俺はこれから待ち受けているであろう事を想像して、更にため息を漏らす。

 こんなことになるなら正直話してからダンジョンに行くべきだったな。


 と、そんな事を考えていると家の玄関が突如として開いた。

 開いた先から出てきた父さんは俺の顔を見た瞬間かなり驚いたような表情を浮かべるが、次の瞬間にはまるで何かを納得したかのような表情をしていた。


「とう……」

「待て」


 俺が父さんに声をかけようとした瞬間、俺の声を遮るように小さくそう言ってからゆっくりと玄関を閉めた。


「歩けるのか?」

「え? う、うん」

「そうか。ならひとまず車に乗りなさい」


 てっきりすぐさま怒られると思っていた俺は、予想外に優しい声音でかけられた言葉に驚きながらも父さんの言う通り車の助手席に乗る。


ーーー


 家を出てから数十分。

 俺と父さんは今現在家から少し離れた場所にある公園に来ている。

 ここに来るまでにドラッグストアによりはしたものの、それ以外はどこにもよらず会話も特になくここまで来た。


「そこに座りなさい」

「は、はい」


 俺は父さんの指示通り、街灯の下にあるベンチに腰掛ける。

 辺りは遅い時間である為か、人っ子一人いない。

 ただ説教をされるのだと勝手に思っていたのだが、明らかにそういった雰囲気ではない。


「とりあえず先に傷口の消毒を済ませよう。上着を捲くれるか?」

「う、うん」


 俺はどこかぎこちなくそう返答しながら上着を捲くり上げる。

 父さんは上着を捲くった事によって見えた俺の体の傷を見て眉間にしわを寄せた。

 そして先程立ち寄り買ってきたドラッグストアの袋の中から消毒液とガーゼを取り出した。


「いっ!」

「これぐらいは我慢しろ」


 父さんはそう言いながらテキパキと俺の傷口を消毒していき、傷口に合わせて絆創膏やガーゼを貼っていく。

 なんか手馴れてるな。

 俺はそんな父さんの手つきを見て率直にそんな事を思う。


「……ダンジョンというのはやはりこんな怪我をするほど危険なのか?」

「! い、いや、ナンノコト」


 唐突に出てきたダンジョンという言葉に、かなり焦りながらそう返す。

 何で父さんの口から急にダンジョンの話が出て来るんだよ!

 あまりにもびっくりし過ぎてかなり不自然な返答になちまったじゃないか!


「隠さなくてもいい。楓からお前がダンジョンにかなり興味を持っていた事は聞いている」

「楓の奴!」

「楓を責めてやるなよ? 楓もお前の事をかなり心配して悩んだ末に相談してくれたんだ」

「それはわかってるけど……」


 俺は父さんの優しく諭すような口調に覇気をそがれる。

 何せ圧倒的に父さんが言っていることが正しいからな。

 ここで父さんに相談した楓の判断は正しいし気持ちは痛いほどわかる。

 俺が逆の立場であれば同じことをするだろうし、何なら俺自身が行動するまであるからな。


「なら許してやるべきだろう? それにお前は楓の兄なんだ。正しいことをした妹を責めるのは兄として格好悪いだろう?」

「……わかったよ」


 俺は父さんの言葉に渋々といった感じでそう答える。

 父さんの言ってることに言い返せる理由は無い。

 あまりにも正論過ぎる。


「ならいい。それで? ダンジョンというのはやはりこんな怪我をするほど危険なのか?」

「……どうだろう? 正直微妙なところだと思う」


 俺は父さんの言葉に、まるで諦めたかのようにそう正直に答える。

 ここで変に嘘を言ったところで、父さんは逃がしてくれないだろう。

 今の父さんからは明らかに何か確信めいたものを感じる。


「どういうことだ?」

「……これは俺の個人的な見解なんだけど、ゆっくりと慎重に攻略してれば恐らくここまでの怪我をすることは無かったと思う」


 これも俺の正直な感想だ。

 実際問題俺は時間を気にして慎重とはかけ離れた攻略を行っていた。

 ひたすらにダンジョンの奥へ奥へと進み、最速で攻略する事だけを目指していた。


 だが慎重に時間をかけて攻略を進め、堅実にレベルを上げてから進んでいればあれほど命懸けの戦いにはならなかっただろう。

 更に言えば一人ではなく誰かと一緒に攻略を行っていれば、もっと簡単に攻略できていただろう。


「ならお前は何故そうしなかったんだ?」

「……絶対に手に入れたいものがあるかもしれなかったから」

「自分の命を賭けるほどにか?」

「うん。他の人は馬鹿げてるって笑うかもしれないけど、俺は命を賭ける価値があると思ったよ」

「そうか」


 父さんはそう言って軽く数回うなずく。


「ただやり方が悪かったのはわかっているな?」

「……心配かけてごめん」

「それは俺に対していう言葉じゃないだろう? 一番心配していたのは母さんと楓だ」

「うん」

「俺は基本的にお前や楓を信じているし、お前達のやりたい事を尊重してやりたい。例えそれが他人に笑われるような事だとしてもな。ただ軽々しく命を賭けることは絶対に許さない。わかるな?」


 俺は父さんの言葉に無言でうなずく。


「お前の命はそんなに軽いものじゃないんだ。もっと自分自身を大切にしてやれ。そしてもっと周りをよく見ろ。お前のその行動によって、悲しむ人間が居ることを肝に銘じるんだ。もしお前が帰ってこなかった場合、母さんがどう思いどんな行動を起こすか? 楓はどう思いどんな行動を起こしたか? それをよく考えて行動するんだ。わかったか?」

「……うん」

「よし。ならいい。俺はお前が五体満足で帰ってくればそれだけで十分だ。それに男なら覚悟を決めて行動する時がある事もわかってやっているつもりだ」


 ひたすらに優しく諭すような口調に、俺は熱くなっていた目頭を軽く拭う。

 父さんが言うことは最もであり、もっと強く叱られてもおかしくないようなことだ。


 ただ父さんは俺の最大の理解者であろうとしてくれている。

 言葉の節々から感じる優しがより心に沁みる。


「そしてお前は俺の子だから、ここまで言っても同じことを繰り返すかもしれない。ただそうだとしても、行動する前に次は一言俺に相談してからにすると約束するんだ。出来るか?」

「……約束する」

「なら後は母さんと楓に許してもらうだけだな。傷の手当てが終わったら一緒に謝りに行ってやる」

「……ありがとう」

「ただ覚悟はしとくんだぞ? 二人共カンカンだがそれはお前を心配しての事だ。甘んじて受け止めてやるんだぞ?」

「わかってる」

「ならいい」


 父さんはどこかスッキリしたような表情でそう言った。

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