終わり、そして生まれる
第25話 海から生まれた少女
大樹が崩壊し、道彦と春樹はその崩壊に巻き込まれてしまったが、運よく生き延びる事が出来た。乗ってきていた船で島を後にし、自分達が住む街へと帰ろうとしていたが、そこで一つトラブルが起きた。船のエンジンが故障し、海上で遭難してしまっていた。
「・・・駄目ですね。電子機器もエンジンも壊れていないはずなのに、動こうとしない。まるで不思議な力で止められているようだ。」
「それじゃ、このまま波に乗られて街に漂着するのを祈るだけって事になったのか。」
「日本にまで流されてくれればいいですね。」
「せっかくだし、俺ハワイって所に行ってみたいな!外の人間はハワイって所に一度は旅行に行くんだろ?俺そこに行ってみたいな!」
「ハワイって・・・若様、ハワイって日本じゃないんですよ?」
「え?」
「というか、錫杖を使って魚釣りしないでください。一応神聖な物なんですから。」
道彦は自身の錫杖の先に糸を付け、人生初の釣りを楽しんでいた。彼曰く、食料を調達する為と言ってはいるが、彼をよく知る春樹の目には、ただ釣りをしてみたいだけに見えた。
実際、かれこれ3時間程成果を出していないにも関わらず、道彦は釣りをしている気分に浮かれ、はしゃいでいた。
木村家の次期当主としてどうなんだ?そう思った春樹だったが、祓い士としての生き方を忘れ、世間一般的な兄弟として過ごせている今が幸せだと感じているのも事実だった。
「それにしても・・・夏輝の奴、あいつにまた借りを作っちまったな。」
「そうですね。我々に気を使って、大樹を祓わなかったですしね。」
「やっぱ気付かれてたよなー。神薙美幸の件は二の次で、本当の目的があの大樹な事に。」
彼ら木村家が神薙美幸を監視していたのは【神薙家】からの依頼で、そこに割って入るように【呉院宗】に神薙美幸の裏に潜む大樹を探ってこいという依頼も受けていたからだ。
【呉院宗】とは、彼ら祓い士を管理する者の事。彼らと面会出来る者は神薙家といった祓い士の中でも位の高い家の当主のみで、ほとんどの者は彼らの姿どころか存在しているのかさえ分からない謎の多い存在だ。
そんな呉院宗からの依頼という事もあり、木村家の者は断る事も出来ず、木村家総出でこの島にまで来ていたのだ。
「呉院宗の言っていた通り、大樹は存在していたが・・・結局、大樹について何も分からずじまいだ。」
「少なくとも、普通の木ではありませんでしたね。あの神薙美幸が最後まで守っていましたし。」
「そこだよ、そこ!俺さ、一つ引っかかってる事があるんだよなー。神薙美幸は黒宮彰人を攫って大樹の核に入れた。なんでこんな事をしたんだ?」
「大樹を使って力を手に入れる。その為に生贄が必要だった・・・とかですかね?」
「う~ん・・・これは俺の勘、というか想像なんだが。神薙美幸は黒宮彰人と一緒になりたかったんじゃないか?ほら、お前が連絡を取っていた奴が言ってたろ?『交わる前に』とかって。」
「確かに言っていましたが、どうして一緒になんて・・・。」
「それほど好きだったんだろう・・・そうか、だからあの時、核の中から強引に彼を引きずり出したのか。死にかけていた大樹と繋がっている彼を死なせない為に。」
「・・・俺達がした事。この依頼を受けたのって、本当に良かったんですかね?」
「分からないさ。何が正しいのか、何が悪いのか・・・生きている内は誰にも分からないさ。」
この島に来て、自分達以外の仲間を全員殺され、自分達も死にそうな目にあわされた。祓い士として、仲間が殺されたり、自分が殺されるなんて事は承知の上だったが、それでも悲しい気持ちにもなるし、殺した神薙美幸に怒りを覚えた。
けれど、一波乱過ぎて冷静になった今は、彼女も自分達と同じ感情を抱いていたと思えた二人は許しはしなかったが、同情した。
もし自分が同じ立場だったら、きっと彼女と同じく襲い掛かってくる者を敵とみなし、容赦なく殺すだろう。それを声には出していないが、春樹と道彦はそう思った。
「にしても、魚釣りってこれで合ってるのか?全然引っかからな・・・ん?お、お、おぉ!?」
竿の代わりにしていた錫杖の先端にある金属の輪っかが音を鳴らした。引っ張ってみると、確かな手応えを道彦は感じた。
「来た来た来たー!!!フィッシーング!!!」
「傍から見たら何やってるか分からないな、この状況・・・。」
待ち続けていた手応えに高揚する道彦の姿に、若干引きながらも春樹は道彦の手伝いをする。二人がかりで錫杖を引っ張ってみるが、引き上げられるように思えず、自分達の体力だけがすり減っていく。
中々引き上げられずにいた為、流石の春樹もやけになり、道彦と同じテンションで目一杯の力を使って錫杖を引っ張っていく。
「「釣れろぉぉぉぉ!!!」」
すると、岩のようにその場から動こうとしていなかった獲物が突然抵抗を止め、途端に軽くなった手応えに二人は勢い余ってその場にしりもちをついてしまう。
床にぶつけた尻を気にしながら見上げると、釣りあげた獲物の影が空に浮かんでいるように映っていた。その影は魚ではなく、人の影に見えた。
「人?」
道彦が呟いた後、宙に浮いていた影は一直線に二人の元へ落下し、二人は慌てて立ち上がり、落下してきた人物をキャッチする。
何とかキャッチ出来た事に安堵した二人が改めて釣り上げた人物を見ると、それはまだ幼い裸の少女であった。
白い髪に、整った顔立ち。体や顔を見るに、歳は10代前半と思える。二人は少女を床に下ろし、胸に手を当てた。心臓は、動いている。
「まだ生きている・・・けど、どうして子供が海の中に?」
「・・・春樹。この娘の事、呉院宗・・・いや、誰にも話すな。俺達は帰る途中、身寄りの無い捨て子を拾ったんだ。」
道彦は祓い士の時の冷静な表情でそう言った。何故?そう言いかけた春樹だが、そんな事を言った所で、今の道彦が教えてくれないと分かっていた。
この出来事をきっかけに、様々な異形の者、そして呉院宗との戦いの幕が開くのであった。
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