第23話 途絶えた繋がり

大樹の中を走り続いているけど、様子がおかしい。中の肉が干からびたように固くなっており、暖かさがあった大樹の体温が今では冷え切ってしまっている。

なにより、どれだけ心の中で大樹に語りかけても、大樹が私に答えてくれる事はなかった。原因として考えられるのは神薙の祓い士が放った神威によるものだろう。実際に受けて分かったが、あの術の威力は想像の域を超える。いくら強い異形といえども、あれを受けてしまえば一巻の終わりだ。

つまり、今この瞬間にも大樹は死にかけているんだ。そして大樹が死にかけているという事は、大樹と繋がっている彰人君の身も危険な状態だという事。


「お願い・・・間に合って!」


死にかけの体に堪える寒さを気にせず、私は大樹の核へと辿る場所へと向かった。


「・・・あった。」


その場所へ着く頃には、もう私の左目の視界がかすんできていた。この無限にも続く道は一本道ではなく、実際は円状に続く道。下る訳でも、上っている訳でもなく、ただ訳も分からずにグルグルと回り続けているといった作りだ。

ただ、この道が単なる無駄な道という訳ではない。ちゃんと大樹の核へと続く道は隠されている。一見同じように見える肉の床だが、手を当てると、そこだけ他とは違う感触があり、そこを引っ張ると下へ続く闇が存在している。


「うっ・・・。」


頭がボーッとしてきた。早く向かわなければ残り僅かの時間が無くなってしまう。私は闇の中へと身を落とし、落下しているという考えを捨て、自分は地面に立っていると自分自身を騙してみせる。

すると、さっきまで全身を通り過ぎていった風が止み、再び目を開けると大樹の核がある場所に足を踏み入れていた。


「着いた・・・。」


何とか息絶える前にここに辿り着けた事に安堵したが、大樹の核の近くに立っているカラスの家紋が背にある二人の姿を見て、すぐに血の気が引いていったのを感じた。

やはり気付いたか・・・木村春樹、学校で見せていた優男の時は面倒な人だったが、本性を現している今は厄介な存在だ。勘が鋭いのか、繊細なのかは知らないけど、前もって始末しておけばよかった。


「・・・っ!?若様!!!」


気付かれた・・・音も気配も消していたつもりなのに、やはり殺しておけばよかった。隣にいる錫杖の祓い士も私に気付いて警戒されてしまった。

さて、どうしようか・・・私の体は術を使う所か、もう立っているのもやっとだ。私が今持ち合わせているのは気合いと度胸だけ。あの二人を今の私が殺せるなんて出来るはずもないし、今更命乞いをした所で見逃さないだろう。彼らがこの場所にまで来ているのが何よりの理由だ。

もし私だけを狙いに来たのなら、もうこの島から離れているはず。にも関わらず、この大樹の核にまで来ているという事は・・・本命は大樹なのだろう。


「神薙美幸・・・さっきので死んだと思ってたがな。」


「捨てられたといっても、私は神薙の血を引いているのよ?怪我の回復も常人より早いに決まっているでしょう?」


ただの強がりを言ってみせたが、やはり神薙の名は伊達じゃない。彼らは簡単に私の言葉を信じたようで、額から冷や汗を流しているのが見えた。これで下手に手を出してはこないはず。

ここまではいい。問題はここからどうやって彰人君を核から離して、この場から逃げ延びるかだ。

お互い硬直状態のまま時間が流れていると、突然大きな揺れが私達を襲った。


「「なっ!?」」


「ぐっ!?・・・今の揺れ・・・!」


この揺れは地震なんかじゃない・・・この揺れは大樹が還ろうとしている。となれば、これはチャンスだ。この揺れにあの二人が困惑している今なら、彰人君を核から離して逃げられるかも。

木村春樹が揺れに耐えれず尻もちをつき、もう一人の祓い士が彼に視線を向けたその隙に走り出し、彼らの後ろにある大樹の核へ一直線に走っていく。

あと少しというところで脇に硬い棒をぶつけられた感覚があったが、歯を喰いしばって我慢し、核の中で眠っている彰人君に飛びかかって、核から彰人君を引き剥がした。

地面を転がりながらも彰人君をしっかり抱きしめ、そのまま背中から壁に激突してしまう。


「ぐあっ!?・・・あ、彰人君!」


彰人君に声を掛けたが、強引に大樹から切り離したせいで目覚めそうにもない。


「そ、そんな・・・。」


どうしてこんな事に・・・祓い士がこの島を見つけなければ・・・いや、違う。元はといえば、彰人君をこの島に招いた事。もっと言えば、私が彰人君を見つけてしまった事が発端だ。

もし私が彰人君と出会わなかったら、彼はこんな若い歳で死ぬ事もなかった。全ては私の身勝手な行動の所為。


「・・・ごめんね・・・ごめんね・・・。」


涙を流しながら謝ったって、彼は目覚めない。この世界は出来の良いフィクション映画なんかじゃない、理不尽で憂鬱な現実だ。キスで目覚めないし、永遠の愛を誓っても変わらない。現実というのは、ただただ無慈悲なだけ。


「・・・聞きたかったな・・・君から私に、愛してるって言葉を・・・。」


私は最期の最後まで自分勝手な言葉を口にした。けれど、それが私の本心だった。揺れが激しくなり、周りの壁が崩れていくのを気にもせず、抱きしめている彰人君の微かに感じる温かさを感じながら、再び迎えに来た死に身を委ねた。

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