第20話 大樹の正体

大樹の中に侵入した道彦と春樹。中にはテーブルや本棚といった家具が置かれており、一見何もおかしな所は見えなかったが、春樹だけはこの場の違和感に気付いていた。

幻器を握り、周囲に墨を撒き散らすと、今の今まで見えていたものから移り変わり、生き物の体内とも言えるおぞましい場へと変貌する。


「この大樹自体に幻術がかけられている。これも神薙美幸が?」


「目的は一緒にいたという男の子か。」


「彰人か・・・彼女はどうして彼に固執を・・・。」


「分からん。恋心の盲目さ故か、あるいは別の目的か。」


春樹は穏やかに脈打つ肉の上を歩いていき、僅かに感じる彰人の気配を頼りに入り口を探す。


「・・・む、ここか?若様!」


春樹が立ち止まった足元の遥か底から、彰人と思われる気配、そして祓い士の気配を感じた。道彦が錫杖を春樹が立つ所へ刺すと、その部分に穴が開き、二人はその穴の中へ落ちていってしまう。

一瞬にして視界が暗闇に覆われ、感じられるのは自分が落ちているという感覚だけだった。


「寄る辺よ!」


道彦は術を発動し、錫杖の先端から温かな光を発生させる。その光を落ちていく先へ向かわせ、落下地点までの距離を測る。底についた光と道彦達の距離はそう遠くはなかった。


「春樹!隣にいてくれよ!」


自分のすぐ傍に春樹がいてくれる事を祈りながら、道彦は錫杖を上に両手で回転させ、風を纏わせる。十分に風を纏った錫杖を光の方へと投げ飛ばし、錫杖が光に激突すると、上空に向かって渦巻状の風が吹きあがる。その風が二人の落下する勢いを殺し、底へ着地する事が出来た。


「春樹!そこにいるか!いたら返事を!」


「くっ・・・大丈夫、です。」


その春樹の声に、彼がどこか怪我を負ったんだと分かった。落下の勢いを殺すために利用した渦巻きの風は、祓い士として鍛えられている道彦には耐えられる衝撃だったが、まだ体も経験も未熟な春樹には、十分に堪えるものだった。

春樹の身を案じた道彦だったが、すぐに春樹よりも神薙美幸の方へと意識が変わっていた。一人が負傷し、この暗闇の中。【寄る辺】を使ったとしても、この重苦しく広大に感じる暗闇を照らし尽くす事は不可能だろう。まんまと罠に掛かった。そう道彦は思った。


「殺気っ!?」


鋭い殺意の念が自身に向かって来るのを察知した道彦は、錫杖で強く地面を叩き、正面に念で作り上げたバリアを張る。その直後、バリアに向かって二、三の強い衝撃が発した。反撃しようとするが、衝撃を発したソレは素早く身を引いていった。


(この感覚・・・人間でも異形でもない。無機質な、それでいて明確な敵意を持っている。)


こういった感覚的な事に関しては春樹の方が優れているが、今ここで春樹に声を掛けてしまえば、次に狙われるのは春樹だと道彦は分かっていた。

一か八か、やられる可能性があると分かっていながら、道彦は自身の傍に【寄る辺】の光を灯し、標的を自分に絞らせ、敵の正体を暴こうと試みた。

狙い通り、道彦の元へと再び殺意を持った何かが迫ってくるのを感じ取った道彦は、バリアを張って向かって来る何かに備えた。

バリア越しに見えた敵の正体。それは手の平程の大きさをした人型の肉の塊だった。しかも一体だけでなく、まるで闇の中から生み出されるかのようにおびただしい量でバリアを押し潰そうと迫ってくる。


「ぐぅっ!?」


術を唱えようとする道彦だったが、自分の意識が体から遠く離れていく感覚に陥り、術を唱える事が出来ずにいた。

この状況に理解が追いつかない道彦だったが、幻器を手に道彦の元へ足を引きずりながら来た春樹の耳には、はっきりと聞こえた。


『カエレ・・・カエレ・・・カエレ・・・カエレ』


その声は頭の中に響き、呪いの力を宿していた。幻術や呪いに対して耐性を持っていた春樹だけは呪いの影響を受けずにいられた。春樹は今にも倒れそうになっている道彦の背に立ち、一時的に呪いに対する耐性をつける印を入れ、道彦の遠ざかっていた意識を体に戻す。


「戻ってこれた、これなら!」


呪いの効果を打ち消した道彦は、バリアから念を放ち、バリアの向かいに集まっている肉の塊達をまとめて消滅させた。

なんとか祓う事が出来た二人だったが、精神的な疲れを負った道彦、片足が十分に動かせない春樹。こんな状態で神薙美幸と対峙する事など無謀だと二人は思った。


「・・・くそっ!ここまで来たんだ!最後まで戦い抜くぞ!」


春樹、そして自らを鼓舞する為に道彦は大声で覚悟を改め、春樹に肩を貸してやりながら暗闇が続く道の先へと進んでいく。

音も無く、ただ暗闇だけが広がる道。あれだけ覚悟を決めた二人だったが、代わり映えのないこの状況に、徐々に徐々にと精神がすり減っていった。もう限界か・・・そう思った二人の目の前が突然眩い光に包まれた。

手で光をなるべく見ないようにし、光に目が慣れ、手をどかして見えたその先には、後光を放つ純白のワンピースを着た黒髪の少女が立っていた。

その少女の姿を見て、最初に口を開いたのは春樹だった。


「神薙・・・美幸・・・!」

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