第19話 兄と弟 

真っ暗な森の中で後ろから追いかけてくる小人達から逃げる道彦と春樹。しばらく進んでいくと、月の光に照らされた開けた場所に辿り着いた。

しかし、そこは野原が広がっているだけで隠れる場所もなく、おまけに周囲のどこからでも小人達が現れる可能性もある為、囲まれていると言ってもいい。


「開けた場所に出れたが、ここにいてはいずれ囲まれる!奴らが現れる前に進むぞ!」


「・・・おかしい。」


すぐにこの場から離れようとした道彦だが、春樹は何か疑問に思う事があるのか、指で下唇を引っ張っていた。さっきまで怯え震えていた春樹の姿はなく、じっとどこかを見てはぶつくさと小言で呟いている。こういう時の春樹が考えている事は後々重要になると道彦は知っていた。

春樹の邪魔をしまいと声を掛けずにいたが、森の暗闇の中から小人達の絶叫が響いてきた。

道彦は春樹の前に立ち、襲い来るであろう場所に向けて待ち構える。だが、さきほどの絶叫からもう一度小人達の声が聞こえてくる事はなく、生暖かい風が道彦の体を撫でていく。


(何故来ない?さっきの声はただの威嚇か?だがこの身に感じる緊張感・・・必ずどこかから来るはずだ!)


小人の姿が見えずとも、道彦が戦闘の構えを解く事はなかった。瞬間、フシュッ!という強く息を吹いた音が微かに聴こえ、暗闇から小さな針が道彦の方へと飛んでくる。

道彦は針を指で掴み、掴んだ針をよく見ると、針の先端には毒々しい液体がねばりついていた。


「・・・まずい!」


周囲からの殺気を直感で感じ取った道彦は錫杖を振り回し、吹いている風を錫杖に纏わせる。そのすぐ後に、また暗闇の中から針が飛んできて、今度は複数の針が同時に飛んできた。

風を纏っている錫杖は飛んできた針を弾き飛ばし、別の方向から来る針を道彦はアクロバティックな動きで移動しながら弾いていき、自身と春樹を守っていく。


「・・・分かったぞ!!!」


大声を上げた春樹は、その場に座り込んで、幻器という隠された物や場所を見つけ出す筆で印を地面に書き込みだした。地面に書いているというのに、春樹が扱う筆は明確に地面に印を書いた。


「兄さん!錫杖をこの印に!」


「おう!」


錫杖に纏わせていた風を周囲に吹き飛ばし、暗闇に潜む小人の動きを止めている一瞬に、春樹が書き上げた印に錫杖を突き刺すように振り下ろした。その瞬間、黒く書いた印が金色に輝き、その輝きが野原一面に広がっていく。

すると、さっきまで何も無かった野原に見えていなければならなかった程大きな大樹が現れ、周囲から感じていた小人達の気配が綺麗さっぱりと消えていた。


「やっぱり・・・おかしいと思ったんです。この野原に出た時に、異形の気配がしたんです。けど、その気配はまるでここではないどこかから感じるようで、地面から僅かに感じた幻術に気付いたんです。」


「幻術か・・・そういう類は、お前の得意分野だったもんな。」


「術を見破れたのは兄さ・・・若様のお陰です。」


「おいおい、いつまで家の方針に従ってんだ?昔みたいに兄さんでいいって!」


「・・・駄目です。俺とあなたが兄弟であろうと、あなたは次期当主。当主にはそれ相応の言葉づかいでいなければ。」


「俺はそういうのいらないと思うけどな!しきたりだか礼儀だか知らんが、俺とお前は家族で対等の立場だ!これが終わって家に帰ったら、俺が親父に言ってやるよ!」


つけていた面を外し、ニッコリと笑顔を見せる道彦。その眩しい笑顔や姿に、春樹は目を逸らしてしまう。


「・・・さて、幻術がかけてあったって事は、だ。」


「ええ。神薙美幸が近くにいるはずです。俺は幻術が使えますが、戦う為の力は持っていません・・・だから―――」


俺は戦えない・・・そう言いかけた所で、道彦は春樹の肩に手を置き、もう一度笑いかけた。


「戦うのは俺の専門だ。お前のサポート、頼りにしてるぞ!」


春樹の背中をパンッと強めに叩き、再び面をつける頃には祓い士としての道彦に戻っていた。


「行くぞ、春樹。」


「・・・はい。」


道彦は依然として周囲を警戒しながら大樹の元へと歩いていく。春樹は胸の奥で蠢く自分の劣等感や道彦に対する嫉妬を抑えつけ、道彦の後を追いかけていった。

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