第14話 夢見島

夏休みは残り二週間。その期間、美幸の別荘で過ごす事になった。別荘は日本から少し離れた無人島にあるらしく、ちょっとした海外旅行みたいだ。

早朝4時に起き、荷物を持ってまずは電車で最後まで移動し、更にそこから新幹線に乗って2時間。新幹線から降りて休む暇なくバスに乗り、予約していた船場まで移動し、船に乗ってようやく一息つく事が出来た。

しかし、この船は豪華客船でも旅船でもなく、4人程までしか乗れない小さな船。移動中、止む事なく船は揺れ動いていて落ち着くどころか吐き気がする。


「酔い止め薬なら、私のカバンの中にあるわよ。」


船を操縦しながら美幸がカバンを指さした。カバンの中を開け、薬を取り出し、2錠を口に含んで水で流し込む。


「はぁ・・・それにしても、船なんか操縦出来たんだね。」


「車と同じで何度か見ていれば操縦なんて簡単よ。」


適当な言い方だが、素人目からしても熟練の船乗りと思えるほどの手捌き。思えば、美幸について僕は何も知らない。

好きな食べ物・好きな色・彼女の誕生日、思いつけばいくらでもある。だがその中の一つも僕は知らない。彼女は僕の事を知っているのに、僕は彼女を知らない。

それに、ここ最近違和感ばかりが増えている。どうやって美幸と仲良くなったのか・昔の思い出を思い出そうとするとノイズが走る・彼女に対して好意が湧かない。


「なぁ、美幸。僕達って―――」


突然、船が激しく揺れた。何か硬い岩のような物にぶつかったようだ。衝撃で体が浮き上がり、船の上から振り落とされそうになる。

落ちる!背筋に悪寒が走り、その瞬間に走馬灯のように様々な思い出が頭の中で流れた。

思い出には美幸との生活ばかりが流れていたが、その最奥にあったノイズが走っている記憶が徐々に鮮明に蘇っていく。その記憶はどこか温かく、寂しい思い出に感じ、記憶の全貌が見えそうになった時、唐突にその記憶から意識が遠のいていき、気が付くと船の床で横になって空を見上げていた。


「大丈夫?」


体を起こして声がする方を見ると、美幸は相も変わらず慣れた手つきで船を操縦している。


「いきなり倒れたんだから、何があったのか心配したけど、ただ疲れていたようね。」


「・・・濡れてない。」


「濡れてるわけないでしょ?海に投げ出された訳でもないし。」


海に投げ出された・・・そうだ、確かにあの時、僕は海の中へと落ちていったはず。けど美幸の様子を見るに、特に何も起きていなかったんだろう。

駄目だ、また違和感がある。僕は海に落ちたはずなのに、彼女は海に落ちていないと言う。まるで夢と現実の世界を行ったり来たりしているみたいだ。


「ほら、見えてきたわ!」


僕は美幸がいる操縦席へと行き、彼女が指さす方へ目を向けた。そこにはポツンと島が存在していた。人が住んでいる気配はなく、よくテレビやゲームで見る無人島と同じだ。

ただ一つ、違う点があるとすれば、島の中心に天高く伸び立つ大木があった。


「あれが私の別荘がある島。夢見島。」


「夢見島・・・あの木は?」


「とても大きいでしょ?あれだけ育つ木は世界中・・・生きている間、見られる事はないわよ。」


さっきまでウキウキとしていた気分は今ではどこか彼方へと消え、今は膨大する違和感と影から這い上がってくる恐怖心だけが、僕の心の中で渦巻いていた。







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