夏休み(彰人視点)
第11話 なんてことない日常
ピロピロリンという着信音と共に僕は目を覚ました。気だるげな体を動かし、枕元に置いてある携帯を手に取り画面を見ると、美幸からメールが届いていた。
『朝ごはん出来たから起こしに行くね!』
足の怪我を負ってから一週間がたち、僕ら学生は夏休みを迎えていた。記念すべき夏休み初日、僕は何をするでもなくノンビリと過ごそうと思っていたが、今年はそうもいかないらしい。
部屋の扉の向こうから階段を上ってくる足音が聴こえてきた。足音は僕の部屋の前で止まり、扉からノック音が三度鳴った。
僕はまだ痛みが残る足で扉まで歩いていき、扉を開ける。
「あら?駄目じゃない、まだ足の怪我は治ってないんだから。」
「でも、もう痛みはそれほどでもないし。歩くだけなら大丈夫だよ。」
「そう・・・。」
美幸は納得いかないといった表情を浮かべ、俯いてしまう。そんな顔をされては僕の心が痛む。
「あ、痛・・・痛ったたたた!足が痛いなー!」
我ながら棒演技だ。もっと上手い嘘のつき方があったはずだが、美幸にはこれくらいで十分騙せるようだ。現に、さっきまで不貞腐れていた美幸が今は満面の笑みを浮かべて僕の体を軽々と持ち上げた。
細い体のわりに、力は僕以上・・・いや、クラスの男子生徒をも遥かに凌ぐくらいにあるようだ。
男の僕がお姫様抱っこされながら自分の家を移動させられるなんて、最初は羞恥で死にたくなったが、諦めて無の心で臨めばなんともない。
「はーい、テーブルに着きましたよー。」
まるで子供をあやすように優しい声を掛けながら椅子に僕を座らせ、美幸は隣の席に座る。
「今日の朝は日本人らしく魚をメインにした和食にしました!」
「いつもながらありがとうございます。」
「はい、どうもありがとう。それでは手を合わせて。」
「「いただきます。」」
箸を手に、最初は味噌汁からいこう・・・うんうん、いつもながら毎日飲みたい味がする。次に魚を・・・骨があらかじめ抜いてあるとは、これはまた手厚い介護で。お陰で喉に刺さらずに魚の味を安心して楽しめる。
「どう?美味しい?」
美幸が不安げな顔で聞いてくる。僕はもちろんと顔を縦に振り、追い打ちで親指も立てた。美幸は嬉しそうに笑みを浮かべると、自分の分の魚の骨を慣れた手つきで抜き取っていく。
「この後はどうする?」
「うー・・・どこかに外出―――」
そう言いかけた所で、窓から見える外の景色が目に入った。外は炎天下の所為で空間が歪んで見え、セミの鳴き声がしきりに鳴り響いていた。
「・・・映画でも見るか。」
「いいね!ついでに宿題も少しやっておきましょう!」
「宿題かー・・・なんで夏休みだってのに宿題なんかあるんだろう。」
「長い期間学校に行かないから、予習の為に用意してくれた先生の厚意よ。」
「そりゃありがたいご厚意な事で。」
朝食を食べ終え、僕が歯を磨きに洗面所へ行こうと席を立とうとした時、すでに目の前には手を広げて待ち構えている美幸がいた。ここまでくると怖いものがある。
歯を磨いて、顔に冷水を浴び、本格的に目を覚ました。リビングへ行くと、美幸が映画の準備をしており、ソファの前にあるテーブルの上には二人分の宿題が置いてあった。
「あ!駄目でしょ!」
「え?」
「移動する時は私を呼んでよ!」
「いや、階段を降りる訳でもないし。洗面所からここまで近いし―――」
「言い訳無用!次に勝手に歩いたら罰を下すわ。」
「えぇー・・・。」
自分の家を歩くだけで罰があるとは何事か。とりあえずペコペコと頭を下げながらソファに腕を組んで座っている美幸の隣に座り込んだ。
「映画と宿題、どっちを先にやる?」
「んー・・・先に宿題をやっておきましょ。先に映画を観たら宿題なんてやる気力が湧かないでしょ?」
「確かに。それじゃあ手早く済ませるか。」
僕達は一斉に机の上に置いてある宿題、もしくは課題と呼ばれる分厚い本のページをめくった。
書いてある問題はどれもそこまで難しいものではなく、調べなくてもスラスラと解いていける簡単な問題が並んでいる。これならすぐにでも終わりそうだ・・・そんな事を思っていたのは、どうやら僕だけだったようだ。
僕が10ページ以上進んでいる中、隣にいる美幸の現在の位置は僅か2ページ目と、かなりスローペースに進んでいた。
「・・・。」
「うーん・・・。」
「・・・。」
「う~~ん・・・!」
「・・・。」
「う~~~ん!!!」
「わからないなら言ってよ。さっきからシャーペンの芯しか進んでいないよ?」
「・・・ごめんなさい、わかりません。」
「正直で助かる。いつもテストが上位だったのにわからないんだ。」
美幸の問題集を見ると、現文の所をやっているようだ。パッと見た感じ、そこまで難しい内容ではない。むしろ【文章に書かれてある登場人物の心情を述べよ】という簡単なものだった。
「これって難しい?」
「難しい・・・というか、分からないの。こんな短い文章じゃその人の心情なんて理解出来ないわよ。」
「難しく考えなくても・・・ほら、ここの文の所が結構ヒントになってると思うよ。」
美幸は再びシャーペンを問いの部分に置くが、すぐにまた定位置の下唇の方へと戻っていく。
映画は午後にお預けだな。
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