第8話 独占欲は胃に穴が開く
「今日は気持ちのいい朝ね、彰人君。」
「そう、だね・・・。」
美幸が言うように、今日は雲一つ無い気持ちのいい快晴だ。天気予報では今週ずっとこの天気が続くらしい。
暖かい日差しの下、美幸と余裕をもって登校する。とても幸せな事に思えるが、一つ不満があるとすれば自分の今の状況だ。先日目を覚ました時、どうしてか両足に無数の傷が出来ていて、歩く事はおろか、立つ事さえ厳しい状態だった。
そこで美幸は自前の車椅子を家に持ってきて、僕は車椅子に座らされて美幸に押されている。どうして美幸が個人で車椅子を持っているのかは、謎だ。
「どうしたの?落ち込んでいるように見えるけど?」
「・・・僕も歩いて登校したかったなって。車椅子を押してもらうのも悪い気がするし。」
「車椅子は私の案だし、一緒に登校出来てるんだから同じものでしょ?」
それはそうだけど、車椅子のままでは美幸の顔を見れないんだよ。まぁ、こんな事恥ずかしくて言えないけどね。
そうこうしている内に、僕達は学校の校門前にまで来ていた。いつもより早い時間に登校したが、すでに校門前付近には生徒がワサワサと登校してきている。いつもはギリギリの時間に登校していたので誰ともすれ違わなかったが、普通の感覚で登校すればこんなにも人混みが出来るのか。
「おはようございます。」
美幸は普段から他生徒に挨拶をするように心掛けているのか、平然とした態度で挨拶していく。仲良くもない人に挨拶が出来るのは素直に凄いと思う。
けど、今だけは一人一人に挨拶していくのはやめて欲しい。挨拶される人達が僕と美幸の顔を何度も見て驚愕されるのは、なんだか恥ずかしい気持ちになるから。
ようやく挨拶が終わり、玄関で靴を履き替えて教室へと向かっていく。教室に着くと、すでに教室にいた人達が美幸に満面の笑みを浮かべながら挨拶を送ろうとすると、その目の前にいる僕の存在に気付き、目を飛び出すかの勢いで驚愕していた。
まぁ、普通そうだろう。学年一の女生徒が学年一暗い男子生徒と登校、おまけに車椅子を押して来るとなれば何事かと思うはず。
この視線には慣れる事は出来ないだろう。そんな僕とは裏腹に、美幸はわざわざ僕の席の方にまで車椅子を押してくれて、まだ登校してきていない前の席の椅子に座って頬に手を置きながら僕の顔を凝視してくる。
「・・・。」
「・・・。」
え、何も話さないの?無言で見つめられてばかりでは恥ずかしいし、気まずい。
「・・・え~と、車椅子ありがとう。」
「どういたしまして。」
「・・・。」
「・・・。」
え、無理。話が続かない。というかワザと淡白な言葉を返してきてるな?コミュ障の僕に対する嫌がらせか?こちとら会話デッキの枚数がレギュレーション違反なんだぞ?
「・・・そろそろ、自分の席に戻ったら?」
「え?座ってるじゃん。」
「え?」
「ん?」
「美幸の席って、窓際じゃなくて廊下側でしょ?」
「この前までね。実は彰人君が休んでる間に席が変わったの。」
「席替えがあったの?でも、みんなあんまり変わってないと思うけど・・・。」
「私だけ変わったの。」
「どうして?」
「彰人君と席が近い方が、いつでも彰人君の顔を見れるでしょ?」
そんな理由で席が変えられるのか・・・学校って結構生徒自身の考えが尊重されてるのか。それなら僕は別の教室で一人で自習したいんだけどなー。
「・・・ふふっ。」
「どうしたの?」
「彰人君、考え事をする時に顔を斜めに向けながらしかめっ面する癖があるんだね!」
「え?そうなんだ・・・確かに、考えるときに斜めの方向を向いている気がする。」
「ほら、また癖が!」
「・・・なんだか不公平だな。僕の癖は美幸に知られて、美幸の癖は分からないなんて。」
「ええー、しょうがないなー!それじゃあね―――」
「おはよ、美幸!」
僕らの会話を遮って現れたのは木村 春樹だった。彼の視線は美幸に向けられているが、第三の目とも言えよう威圧感が僕に向けられている。まぁそれもそうだろう。黙っているだけで電灯に群がる虫のように女子が囲んでくるのに、美幸だけは決して彼には近づこうとしない。それが腹立たしい、もしくは好印象なのかもしれない。
「珍しいね、彼とお話してるなんて。」
「・・・。」
美幸は無言のままだった。誰にでも挨拶するものだから、彼の会話にも乗ると思ったが、どうやら違うらしい。
「君も・・・確か、歩夢?君だっけか?」
彰人です。
「君も珍しいね。普段は暗がりにいて誰とも話さないのに、今日はどうしてか美幸と話している。それも楽しそうに。」
んー・・・あ、これ馬鹿にしてるのか?分からん、多分馬鹿にしてるんだろうけど、直球に言ってくれないと分からん。というよりも、いつまでいるんだ?二人の人気者に囲まれて周囲の人からの視線が集まってきているのが地味に恥ずかしい。
了承してくれるか分からないけど、ここから離れてくれるようお願いしてみるか。
「あの、木村君。そろそろ―――」
「木村君、あなたは邪魔だからどこかへ行って。」
僕が言う前に、美幸の方が先に言葉に出していた。いつも明るく誰にでも優しい彼女の口から高圧的で冷ややかな声色が出てきた事で、木村君はおろか、他の人達も唖然とした表情を浮かべていた。
「ねぇ、聞こえなかった?邪魔なの、あなた。」
「み、美幸?どうした―――」
「馴れ馴れしく私の名を呼ぶな。私の名を呼んでもいいのは彰人君だけよ。」
静まりかえる教室。この気まずい空気に、僕の胃に穴が開いたような気がした。
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