第5話 壊れ、治し、壊す

扉から顔を覗かせた彰人君の顔色は酷いものだった。頬も痩せこけ、目元にはくまがハッキリと出来ている。たかが風邪、それに一日でここまでなるものだろうか?

意識もハッキリとしていないのか、私を見ても表情を一切変えない。


「あの、彰人君?私が分かる?」


「・・・。」


喋らないし、口も一切動かそうとしていない。ただ虚ろな瞳が真っ直ぐ私の目を捉えて離さないでいる。


「お見舞い、に来たんだけど・・・いいかな?」


「・・・。」


無言のまま、開いた扉をそのままにして中へと戻っていった。入ってもいい・・・って事だよね?


「おじゃまします・・・。」


開いていた扉の隙間を通り、扉を閉め、ついでに鍵も閉めておいた。靴を脱ぐ時に、ふと壁に掛かってある写真に目がいった。


(彰人君・・・あの二人はご両親?)


ごく普通の家族写真。けどそれが妙に気になった。写真に写っている明るい笑顔を見せる彰人君と、今の暗い彰人君はまるで別人のようだ。時間の流れとか環境によって変化するのは分かるが、ここまでの変わりようは彰人君、またはご両親に何かあった

のかな?

写真が気になるけど、ずっと玄関に立ったままでは彰人君に不審がられると思い、扉が開きっぱなしになっているリビングへと歩いていく。

リビングに入った直後、何か硬い球状の物を蹴った感触があった。下を向くと、そこには男性のマネキン頭部が落ちていた。


「マネキン?」


どうして床にマネキンの頭部が?そう思いながら顔を上げると、リビングには異常な光景が広がっていた。

カーテンは全てナイフで裂かれた痕があり、飾っていたであろう植物や食器が床に粉々と散らばっている。

きわめつけは床に倒れ込んでいる二体のマネキン。そのうちの一体には頭部が付いていない。

床に散らばる残骸に気を付けながらマネキンに近づいてみると、マネキンの体にも刃物で傷つけられた痕、そして女性のマネキンの顔には赤いシミがいくつかあった。

これは血か?血が付いている場所には殴打され凹んだ痕もある。もしかして、彰人君がやったの?この惨状の全てを?

もしそうであるなら、彰人君は人とは違う・・・そう、異常者なのだろうか?だとしたら、どうしてご両親は彰人君を一人にさせているの?風邪で精神が不安定な彼を一人にするのは危険・・・最悪の場合自殺も考えられる。


「なにしてるの・・・。」


彰人君だ。後ろから聞こえた彼の声は背筋を冷たく鋭い声色で刺し、私の心臓を高く跳ね上がらせた。


「彰人君・・・これは一体―――」


「僕の母さんと父さんだよ。」


「え?」


「今は眠ってるんだ。もう少しすれば、またいつものように目を覚まして生活を始めるから。」


両親・・・なるほど。このマネキンは彰人君のご両親代わりなのね。だとすれば本物のご両親は既に・・・。

玄関の壁に掛けてあった写真の違和感が分かった。彰人君はきっとご両親の事がとても好きだったのね。それで突然ご両親が何らかの理由で亡くなってしまって、彼の心は壊れてしまった。

先生も住所を教えるのに渋る理由も頷ける。下手に他人にこの事実が知れ渡れば、彼の心の病は更に悪化してしまう。

可哀そうに・・・壊れた心を修復するために人形を使って疑似的な家族生活を送って心の寂しさを拭ってきた・・・けど家族を愛している彼だからこそ、自然的な振る舞いをしない人工的な振る舞いに再び心が崩れてしまって、破壊を繰り返す。何度も何度も同じ繰り返し・・・それがやがてルーティーンとなって、本来の目的を忘れてしまう。


「彰人君、あなたは・・・。」


言いかけていた言葉をすぐに飲み込んだ。今の彼には、言葉での説明や解決は不可能だと判断したから。


「・・・彰人君、熱は下がった?」


「・・・分からない。」


「そう・・・なら、明日もお見舞いに来るから。」


「・・・。」


「それじゃあまた明日。お邪魔しました。」


虚空を見つめたまま佇む彰人君の横を通り、私は彼の家から出ていった。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る