雨に濡れる君(美幸視点)

第3話 サボテンに愛を注ぐ

「時は黎明へ、君は塔に立つ・・・」


雨でかき消される世界に、イヤホンから流れてくる歌を声に乗せて吐き出す。そうすれば、世界を自分の好きなように思い描けるから。だから私は雨が好きだ。人は巣に籠り、車の音や鳥の鳴き声といった雑音をかき消してくれる。

それに今日は良い事もあった。この傘、彰人君の傘・・・。


「私が困っていたところを見て助け舟をくれるなんて、優しいね。」


彰人君が間に入ってくれたおかげで木村から逃げる事が出来た。学校から出ていく時に小声で「邪魔しやがって・・・」なんて言ってたけど、邪魔なのはそっちだったのに。

あの時、彰人君は傘を忘れた私に声を掛けようか悩んでいた。あと少し待っていればきっと来てくれたわ。

彰人君・・・学校では目立たず端にいる俗に言う根暗な子。決して輪に入らず、自分の世界を持ち続けている。

そんな彼をいつからか気になり始めていた。顔は可愛い系で女の子みたいな細い体で、触れれば飛んでいくタンポポの綿毛のような男の子。そして、他の男子とは決定的に何かが違う雰囲気。

私は謎めいた彼の底を覗きたくてウズウズしてる。幸運な事に彼に接触する口実は今さっき出来た。


「この傘・・・どう返そうか。」


内気な彼相手では、ただ返すだけでは会話は出来なさそうだ。人気の無い場所に呼んで返す・・・それだと警戒されるし、傘を返すために呼び出したなんて知ればショックを受けるだろう。

うーん、会話が出来て逃げ場を塞げる場所とタイミング・・・あれ?そういえば、彰人君は傘を差さずに帰った。つまり、家に着くまでには全身濡れたまま。確か彼の家は学校から少し離れた場所にあって、走って行っても20分はかかる。

もしかしたら、明日彰人君は学校を休むかもしれない。運任せだが、彼の体が弱い事に期待してみよう。


「・・・我ながら悪い女。」


けど仕方がない事。だって、こんなに興味が湧く事なんてめったにない。あー、早く明日にならないかな?

そんな事を思いながら歩いていると、気付けばもう自宅の前にまで辿り着いていた。彰人君から借りた傘を畳み、扉の鍵を開けて中に入る。


「ただいま。」


「おかえり」が返ってくる事はないのは知っているが、いつもとりあえず呟いてしまう。

傘は・・・リビングに置いておこう。明日、忘れたら大変だし。傘に残っていた水滴を払い、リビングへと持っていく。

リビングに行けば、テーブルや棚に置いていた沢山のサボテンが私の帰りを待っていた声が聞こえてくる。


「ただいまみんな。良い子で待ってた?」


彰人君の傘をテーブルに置き、その隣に置いていたサボテンを指でツンツンと押して愛でる。

私には家族がいない。幼いころから一人だ。亡くなった訳でも棄てられた訳でもない。両親の彼らいわく、「美幸自身の生活を作り、自由に生きてほしい」との事。よく育児放棄と言われるが、お金は送ってくれるし、一カ月毎に手紙を送ってきてくれる。

それに私は甘やかされたり可愛がられるのが嫌いだ。吐き気がする。愛を与えられるより、私は愛を与える側になりたい。


「彰人君・・・。」


ふふっ、自分でも可笑しい。一人になればいつでも彰人君の事ばかり。


「彰人君・・・ふふっ、彰人君。」


あー・・・彼もこのサボテンのように、愛に飢えた子だったらいいな。

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