第3話 ヤダの石のまじない(第1話の続きです)
人物紹介
モジャク:マニ教の師
人物紹介終了
青天の下、漠たる風景が広がる。遊牧民でないモジャクといえど、この地に来て、4ヶ月ほども経ち、それはなじみのものとなっておった。ただ、どうにもこの地の寒さだけは慣れぬ。故郷なら春先に当たり、気持ちもうきうきとするものだが、死にそうな寒さではなくなったというだけで、己にとっては未だに冬の寒さである。雪が溶けて無くなっておるのが、せめてもの救いであった。
そして今その肌寒き寒風に吹かれながら、共に眺めておるは、
この地生まれの者にとって、この寒さは何ほどでもないらしく、
待っておったのだ。
何をって。
雨が降るのをである。
しかし雲一つ無い。
隣におる
水を入れた盆に、更に大小様々な石を入れる。最も大きいのは、子供の
そうして、
そうして、いわく、雨が降るはずと。
うーん。待てど暮らせどと言えば、大げさだが、少なくとも半日ばかし待っても雲一つ現れぬ。
やがて
「これらの石はウイグル王家に伝わる特別なもの。我が心の内で唱えたまじないもそうである。ゆえに
いや、降らんだろう、などとは口が裂けても言えぬ。
そうして
「モジャクは天の遣わした方。ならば、天意にも通じていよう。何ゆえに降らぬのであろうか?」
いやいや、どう見ても降らないでしょう、との返答しか想い浮かばぬ。時にゾロアスターの教えを方便とし、時に仏陀の教えを方便とする我が始祖マニの教え、その徒たる己といえど、うまい例えが見つからぬ。結局、何と答えて良いか分からなかった。ゆえにこう答える。
「待ちましょう」
そうして日暮れに至る。何ごとも起きず、雲一つ現れず、当然雨も降らなかった。
帰途、
「何も起きぬというのが天意でありましょう」
「何と」
「1日という時を費やしましたが、我らは天意を知るを得たのです」
「なるほど。そういう考え方もあるか」
明らかに屁理屈であったが、どうやら納得してくれたらしい。やはり、ものは試しである。
「今日はダメだったが、また近いうちに試してみようと想う。その時も付き合ってくれるか? 共に考えて欲しいのだ。何ゆえに天は応えてくれぬのだろうか?」
まるで途方に暮れたかのように、そう言う。
いやいやいや、などとは当然言えず、「はい」とは答えたものの、何とかせねばと、まさに沈思黙考す。
「
「何と・・・・・・そういうものか」
「はい。そういうものです」
「てっきり、練習すればするほど、上手になるのかと、そう想い込んでおったが。弓や馬と同じようにのう」
「余り試されると、天もへそを曲げられます。ほら、子が親に何かをねだるのと同じです。いつもいつもねだるなら、却って、うるさいと邪険にされましょう。普段は願わず、ここぞという時に願う方がよろしいかと」
「それに、
私にも気を使えといいたいところだが、それは
「そのつもりだがのう」
「いえいえ。今日の如く雲一つないというのは、よほどのことが無ければ、
「そうか?」
「空の向こう――はるか向こうでもよろしいと想いますが――やはり雲のひとかけらなりとも見えたならば、まさにそこに天意あり。そのような時にこそ、是非、ヤダの法を行ってみてください」
「そういうものかのう?」
「私たちは所詮、人です。天意を自由にするなど、到底できませぬ。人は人の分をわきまえて、お願いすれば、天も慈悲をたまわりましょう」
決まった。これぞ完璧なる答え。できる! 私もやればできるのだ!
「しかし、我はテンゲリ・カガンを称号とする者。雨がまったく降らぬ時に、雲一つ無い空に、風雲を巻き起こして雨を降らす。それでこそ、将も民も我をその称号に恥じぬ者として
何やら、
私はしょんぼりしつつ、ただ「ハイ」と答えるのみだった。
漠たる景は夕なずみ、そこを2騎で進む。護衛も距離を保ったまま進んでおった。
「ただモジャクよ。もう少し暖かくなってからにしようかのう」
「おお。
とまで言いかけたところで、
あんたも寒いんかい、との突っ込みはやはり控えた。
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