第2話 1121年@オトラル
前書き:この編は現在連載中の『チンギス・カンとスルターン』の第53話 「オトラル戦19:イディクート」をベースに作成したものです。なので、あちらで読んだ方は読まれる必要はありません。他方で、これで『チンギス~』の方にご興味を引かれたならば、是非、そちらもご覧いただければと想います。
「うるさいのう。鳥がおらぬようになってしまったではないか。そのせいで、最近うまい鳥肉が食えておらぬ」
ウイグル勢の首領たるイディクートがつぶやけば、
「まったくです」と相対する者が応じる。
前者は30代、後者は一回りほど年長であり、オゲ(日本風に言えば家老職)の官職にあった。
かなりまばらになったとはいえ、投石が城壁に当たる轟音がここまで届いておったのである。炭火を焚くカマドのかたわらで、2人は盤面を挟んで座る。昔、ソグド人がマニ教と共にウイグルに持ち込んだチェスの1種であった。
その天幕は、オトラル城からだいぶ離れておった。ただ最初からではない。徐々に徐々に離れて行ったのだった。その居心地の悪さゆえと言って良い。といってオトラル攻めの指揮官たるチャアダイやオゴデイから文句が来ることもなかった。
「
などとイディクートは周囲に漏らしておった。
とはいえ、遊牧帝国の
実際のところを言えば、この時、率いる騎馬兵は300そこそこ。これでは、戦力としては何の頼りにもならぬことは、誰の目にも、無論2人の王子にも明らかであった。
また、この者自身、なるべく戦というものに関わらずに、この遠征を終わり、故郷に帰りたい。そう願っておったゆえに、現況はむしろ願ったり叶ったりではあった。
ただ、ウイグル勢がまったく役に立っておらなかった訳ではない。チャアダイとオゴデイ各々に
ウイグル語はトルコ語の1種であり、それをウイグル文字にて表記しておった。この時、このウイグル文字をもって、モンゴル語を記録するようになっておったのだった。ところで、ウイグル文字も、やはりソグド人がもたらしたソグド文字にもとづく。
餅は餅屋に似た言葉がモンゴルにあったかは分からないが、まさにそういう格好になっておったのである。
互いの駒は手についた油のためにベトベトであった。羊肉が香ばしい匂いを上げ続けている。これは羊の毛皮の中に肉と熱した石を入れ、更には外側からカマドの火であぶる――現代風に言えば、『肉汁たんまり閉じ込め羊料理』であった。
この2人は、食べては一つの駒を動かし、動かしては食べるを繰り返しておったのだ。
下ごしらえの手間に加え焼き上がるのに時間がかかる料理であるが、ウイグルの陣中は兵は少ないといえども、王族専用の料理人はおり、問題はない。またイディクート本人も、急いで何かをしなければならぬということは無論ない。むしろ料理人からそれを受け取った後は、自ら焼き加減を見ながらつまむという楽しみがあった。その点では、それもまた良しであった。
注4:オトラルは、かつてはアリス川とシルダリヤの合流地の高台にありました。現在ではシルダリヤの北岸側に少し(約10キロほど)離れて、シムケントの西北西約120キロにあります。
グーグルマップではオトラルトベで検索できます(トベは高台の意味です)。衛星写真で見えるいびつな台形が、オトラルの遺跡です。グーグルマップを見ますと、この両者の近くを流れる川が見えますので、これがアリス川と想われます。(途中で中間ほどにあるアルスという地の近くを通ります)
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