Chapter Ⅺ “ 奴らはルールに縛られません、奴らがルールを作り上げるんです”

(ここは?)





 そんな脳内ボイスの問いかけに、





「公園の成れの果てさ」





 なんて気怠げに説明かましていく。


 まあ今回ばかりは、コイツの想像力不足を責められないだろう。なにせ横に広く縦に細長い、ちょうどアリの巣観察キットそのまんまな見た目をした立体公園ってコンセプトからして、斬新というか攻めすぎの部類なわけだし。


 すえつけられたスロープが上へ上へと無限につづく、屋内ランニングコースにして市民の憩いの場・・・・・・各中間地帯には、青々とした芝生つきのミニチュア公園から公衆便所、ただ走るだけじゃ物足りないってステロイド中毒者のためのジムに、いかにもこの国らしいシュラスコ用の肉焼きスペースなんかも設けられている。


 ああ、言いたいことはわかる。フロアぶち抜くにしても、ごく真っ当に横に広げりゃいいものを。だがそういった普通のやり口じゃ、あの壁面を這うようにして移植された巨木を活かせなかったのだろうな。


 マメ科のアンジェリン・ヴァルメーリョ。その全長は、どんなに首を傾げたって天辺がうかがえない巨大さで、樹齢に至っては、かのクリストファー=コロンブスがぶいぶい言わせていた頃からの歴史の生き証人であるらしい。


 素直に土に植えるなんて中途半端なことはせず、昆虫標本よろしく根っこむき出しの状態で壁へと接着。発光性の栄誉剤を投与することで、夜にはみずから光り輝く全長うん十mの巨木って幻想的な景色を演出する。なるほど、このビルの目玉になれるポテンシャルがありはしたのだ。


 敗因は、ここが海の底だってのをすっかり忘れてた点だろう。塩害を舐めるなというか、寝室にすら海水が潜り込んでくるこの欠陥住宅で、生きた木なんて育てられるはずもない。


 通販サイトでない方のアマゾンからわざわざ引っ張ってきたのに、移植した途端にみるみる枯れ果て、ほら見たことかと自然保護団体が大合唱。マスコミまで食いつき、工事はあえなく無期限延期。こうしてコンクリむき出しの未完成物件だけが取り残される羽目になったのだ。


 そんな俺の長ったらしい解説を、マリアは黙って聞いていた。





(お詳しいですね)





「近くに運動できる場所があるのは悪くないって、少しは期待してたのに。いざ引っ越してみたら、ペンキぶちまけて叫びまわるエコ暴力団が大集結ときた」





 ああ、忘れられない思い出だとも。


 完成度60パーセント未満ってところで放置。いつかの工事再開を関係者一同は祈っていたらしいが、案の定というか、近所の悪ガキが潜り込んであわや転落死って一件ののち全面封鎖。隔壁まで降ろされ、完全なる陸の孤島と化してしまった。そこに目をつけたのが、俺たち調達班だったってわけだ。


 暴走人形すら入り込めない完全無欠の無人地帯。それはすなわち安全にビルを行き来できるってことじゃないのか? そんな期待を胸にいざエアダクトに抜け道をこさえてみれば、とんでもない鬼畜アスレチックコースがお出迎えときた。


 とぎれとぎれのスロープに、いつ壁から剥がれ落ちてくるかしれたものじゃない枯れ木。感覚的にはエベレストに挑むのと大差ない。コンクリにハーケン打ち込んではロープを垂らし、ギャップにハシゴをかけては綱渡り。なるほど人形こそ居ないが、そのかわり落下死のリスクと引き換えとくれば、お得感にはイマイチ欠ける。 


 体力吸われるばっかりで、調達班の本来の役目である物資の運搬すらも難しい。最終的には“おじさんもう疲れたよ・・・・・・”の鶴の一声のもと、調査は打ち切りとなった。


 いざってときのバックアップとして頭の片隅にこそ残されたが、それを除けば、なかば忘れ去られたルートなのだ。





「はぁ・・・・・・ここ嫌いだ」





 ゴムチップ舗装されてふにふに跳ねまわる地面。端まで行ってはすぐ折り返す、そんな短いスロープに俺はさっそく第一歩を刻んでいった。これが永延とつづくのだ。


 ゴールはどこだと頭上を見上げてみても、視界に入るのは次なるスロープの裏面だけ。なんというか、心身ともに鍛えられる素晴らしき苦行だ。それでも普通に歩ける分だけマシってオチまでつきやがる。


 ほどなく遊歩道はかき消え、クレバス同然の割れ目がぽっかり顔を出してくる。どれもこれも大型多脚無人建築機械こと、“ウォールローダー”に作業を頼りきってた弊害だった。


 振動ベース接着がどうたら? ともかく吸盤状の四肢でいまも壁面に張りついてるこの建設機械にかかれば、足場を組む必要すらない。お陰で人件費は抑えられたらしいが、その代償としてこんな歯抜け構造になってしまったらしい。


 見かけは、クモ型のクレーン車ってところだな。電源の切れた今となっては、単なるオブジェにすぎない。


 “タダ建設”とか社名が刻まれた車体によじ登り、そんなロボ・クモの頭から生えてるクレーンを橋に見立てて、慎重に対岸へと渡っていく。





(あまり当地の特殊部隊事情に詳しくないのですが、障害物を乗り越える訓練とかはやってないんでしょうか?)





「どういう意味だ?」





 巨大岩石に囲まれたリオの街は、訓練場の宝庫だ。なんなら定期的なロッククライミングすらも義務付けられていたが、まあ、義務と特技は別ものというかだな・・・・・・渡る速度が遅めって自覚はちゃんとある。





「まさか俺のペース配分にケチをつけるつもりか?」





 曲芸師よろしく、クレーンの首部分ことブームに乗っかっての綱渡り。足元から忍び寄ってくるこの風は、どうにも高所ならではの冷ややかさに満ちていて・・・・・・下は見ない。絶対に見るもんか。





「階段のありがたみをピグの奴はちゃんと理解してる。ただでさえ素人もどきの防衛隊員どもが一緒なんだ、こっちに来るはずない」





(でしたら、今度は追い抜かれるリスクを考慮すべきかと)





「なんだろうな・・・・・・代われって、無言の圧力を感じる」





(当機のパルクール技術をもってすればこの程度の障害、フラット3秒で渡りきれますよ?)





「そりゃすごい」





 そこはかとない自慢げな態度。





(ラセル刑事の挑戦開始から、すでに3分33秒とコンマ3秒ほどが経過しています)





「ロボットってのはどうして、そう偏執的なんだろうな」





(あっ、もしや高所恐怖症とか?) 





「ハッ!! このBOPEで4番目の凄腕スナイパーであるこの俺様を掴まえて、高所恐怖症だなんてあらぬ噂を――うわっとッ!!」

 



 

 おもわず足を滑らせ、ありもしない心臓をバクバクいわせながら慌ててブームにへばりつく。





「だ、誰にでも得手不得手はある・・・・・・」





 というかこの身体が全部悪い。どうにも昔とは勝手が異なり、いつも以上にペースが落ちていた。





「残りあと3日とはいえ、1分1秒を争うほど切迫してるわけでもないだろ? まず移動に1日、休息と偵察にもう1日費やして、最終日の決戦に備える。そんなところか」





 戦術ってのはその場の思いつきでなく、これまでの経験の蓄積によって成り立っているものだ。ピグはあれで基本に忠実なタイプで、奇をてらったやり口を好まない。だからまあ、まんざら的外れな想像ってわけでもないだろう。





「俺だってちゃんと考えてる。だからくどくど言うな」





(当機は捜査用マリオロイドでなく、あくまで捜査“支援”用ですからねぇ。随行する捜査官の欠点を補い、専門的な助言をおこなうのが主目的なんです)





「だから?」





(口出しは本能みたいなものでして、その点はご了承くださいませ)





 なんてウザったいやつなんだ。


 たくもう。俺だって、こんなナメクジとどっこいの移動速度は本意じゃないさ。だがな、やっぱり腰元のヒラヒラが気になって仕方ないのだ。


 開放感は抜群なのに、微妙に可動範囲が狭いというか。いつもの要領で足を開こうとするたんびに布地が引っかかるのがどうにも・・・・・・スカートってのは、なんとも面倒くさい衣装なんだな。





(あっ!? あーッ!!)





 脳内に響きわたる抗議の雄叫び。横方向の自由度を高めようと、ちょっと引き裂いただけでこれだ。





「ダメージ・ジーンズがありなら、ダメージ・スカートだって許されて然るべきだろ?」





(な、なんという人類あるあるな論理の飛躍!! し、質素に見えて、その実たいへん手がこんでる麗しいデザインがズタズタに・・・・・・)





「見た目なんてもんはな、実用性に比べたら一銭の価値もないんだよ」





(あの、か、かなり大胆に太ももが露わになってますけども)





 機械の癖して、なんだその繊細さは。





「真の特殊部隊員には、羞恥心なるものは存在しない。いい加減に分かれ」





(・・・・・・当機には、恥知らずなラセル刑事とはちがって、羞恥心アルゴリズムが搭載されてまして、はい)





 あーあー、好きなだけムッツリ赤らんでろ。


 やっとでクレーンの突端に到着。次なる空中遊歩道まであとほんの一歩の距離だが、ここでまた足を滑らせようものなら、ひゅーんグシャっ。どうにも背筋がゾクゾクしやがる。


 よしと覚悟を決めるなり、俺の耳に名状しがたい異音が飛び込んできた。





(あれはッ!!)





 ああ、みなまで言うな。最下層でちらつくあの影――あれはもしかしなくたって。





††††††





「? 何か、聞こえませんでした?」





「いや・・・・・・聞き間違いじゃないか、隊長代理?」





 めっきり副官気取りが板についてきた髑髏面が、私にすぐさまそう返してきました。


 縦置き公園なんて奇異な場所。誰が掃除することもなく、枯れ葉がしきつめられたままになっているそんな出発点には、私をはじめとする逸れ討伐隊の面々が勢ぞろいしていました。


 これから始まるハードな道のりについては、解説不要。ちょっと首を傾げるだけで容易に想像がつくでしょう。その証拠に誰も彼も、すでにうんざりとした顔をしてました。





「この空間はなんなんだ?」





「単なる屋内公園、というよりその成れの果てですね。本当に知らなかったんですか?」





「あいにく俺は外様の人間でな。たまたまここを訪れてる時に、ゼロデイ・クライシスに巻き込まれたんだ」





 それはまた間の悪いことで。そこから巡り巡って、今やシスターの下働きですか・・・・・・人生というのは、ほとほと数奇なものですね。


 初代ドンキーコングよろしくって喩えは、果たしてどこまで通用するのでしょうね? それでもあのとぎれとぎれのスロープからはどうにも、往年の名作を連想してしまう。なんといいますか、今にも頭上からタルが降り注いできそうな塩梅で。


 手元のライトのせいで、ぬぼっとした巨大さがますます強調されてる髑髏面が言います。





「照明が消えてるな」





「忘れ去られた区画ですからね。以前おとずれたときに配線を繋ぎ直したんですが・・・・・・ポド?」





「ああ、分かってるって」





 フラッシュライト片手にぶらぶら発電機へと近寄る、我らがローンウルフの工作担当。





「光あれって、あれ元ネタなんだっけか?」



 


「聖書ですよ」





「・・・・・・チッ」





 たたでさえ元から信仰心に欠けてた面子。そこに来てシスターの独裁政治もあいまり、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを私たちは地で行っていた。


 ともかく、たくましいヒゲをした少年が発電機のスイッチを押すなりLED製の作業灯が、はるか最上段まで点々と灯っていきました。





「誰だか知らねえが、勝手にスイッチをOFFにしたらしい」





 どうにも嫌な雰囲気ですね。私たちとは別の、奇妙な作為を感じます。





「・・・・・・例の生存者ソブリヴィヴェンジが?」





 この顔面タトゥーの大男もまた同じ可能性に行き着いたらしく。下手したら対人戦、ですか? それも落下死のリスクと隣り合わせの状況下で。やれやれですね。





「警戒を怠らずに進む、それ以外の解決策はありませんよ」





 今さらあの水中回廊に舞いもどりべつのルートを試すなんて悠長な真似、やってれませんからね。貴重な1日を不意にするぐらいならこのまま強行軍。どうころんでも痛し痒し、まだマシな選択肢を選ぶほかありません。





「ひとつ取り決めをしておきたい」





「取り決め、ですか」





 指揮は一任するとかほざいておいて、やはりダブルリーダー制は不効率の極みですね。致し方なく、その提案とやらを拝聴していきます。





「いわゆる交戦規定ROEの設定だ」





「軍警察の人間ってのは、どうしてそうすぐ本職風を吹かせたがるんですかねぇ?」





「件の生存者が攻撃してきたら、隊長代理はどのように対応するつもりなんだ?」





「まるで敵対されるのが大前提のような口ぶりですね」





「“大のために小を殺せ”」





「・・・・・・それってお前の言葉ですか? それともシスターの?」





 あえて多くは語らず、意味深にAA12なんて特大サイズの半自動ショットガンの薬室を調べていくシスターの右腕。





「あの空薬莢からして武装は確実、なら射殺されても文句はいえまい。これは、いくつかの判例が支持してもいる」





「このご時世に、法的根拠を持ち出しますか」





「もう一度聞く。件の生存者が攻撃してきたら、どうするつもりだ?」





「・・・・・・血とか、苦手なんですよね」





 言ってることはラセルの阿呆と大差ないのに、どうしてこうも不穏な空気が垂れ込めるのやら。そんな場の雰囲気なんてつゆ知らず、おどおどとした声が宇宙服のスピーカーから響きました。





「こ、ここを昇るのかい?」





 あの運動性能劣悪な宇宙服でよくまあここまで。インドア派なりに、意外と健康に気を使っていたんでしょうか?


 議論は構いませんが、こうして話し込んでいても目的地にはたどり着けません。ともかく登るとしますか。





「13段目のスロープにまだ機能する公衆トイレが設けられています。水も汲めますし、とりあえずそこまで上がりましょう」





「あ、あの、ペトラさん的には、あそこの文明の利器に頼ってはどうか思うんだけど」





 文明の利器? ああ、エレベーターのことですか。





「そもそもまだ設置されてませんよ。あるのは、落とし穴じみたエレベーターシャフトだけです」





「あのスロープ・・・・・・ところどころ欠けてなくない?」





「頑張りましょう」





「うぇっ・・・・・・」





 まあ、あとは金髪褐色の世話係がうまい具合にフォローしてくれるでしょう。足が跳ねまわるランニング用の床材を踏みしだきながら、ともかく頂上めざして私は歩きはじめました。





††††††





 マズい、マズい、マズい!! 慌てふためきながら、上向き加減のランニングコースを駆け抜ける。


 クッション材で大助かりだ。足音は自然と消えさり、あとは下から見られないよう壁伝いに走るだけで良かった。問題があるとすれば、こういうちゃんとした道がいつまで続くかにある。


 全力疾走には不向きな場所だ、どうにも息が荒がる。胸元のこいつだってえらく邪魔だし・・・・・・腕を振るたんびに男だった頃にはありえない脂肪分に肘がぶつかって、苛立ちばかりが募っていく。





(横道とかないんですか!?)





「エレベーターが相当するはずだったんだよ!! だがあいにく、開通前に木が枯れてなッ!!」





 かち合うのだけは避けないと。ありがたいことに距離はまだ離れてる、その利点を十全に活かして、ともかくこの区画をさっさと抜けるしかない。


 無味無臭って不気味な汗が全身から滴り、疲れからくる胸の苦しさに、おもわず近場の説明板にへたり込んでしまう。頂上まであと48だと? なんだその数字? まだなのかもうなのかハッキリしろ。





「ハァ、ハァ・・・・・・お、おかしいだろ。機械の身体なのに、ど、どうしてこうも疲れるッ!!」





(擬似生体はそれだけ優秀ということです。乳酸による筋肉疲労まで、正確にシミュレートしてるんですから)





 いらん真似ばかり。スペックだけなら超人を気取れるはずなのに、ソフトウェア上の制約とやらのせいで、人間時代の体力に俺はいまだに縛りつけられていた。


 隊を抜けてからというもの鍛錬を怠るようになり、体力は低下の一途。そいつは、このロボ・アポカリプス後もついぞ改善されることはなかったのだ。粗末な食事に不足したトレーニング器具、そりゃ身体も衰える。


 これが俺だ、俺本来の体力なのだ。自分らしさは失いたくないが、それでも不便なことには変わりはない。





「しまッ!!」





 またしても姿を見せる、どうにもならないギャップ。そいつを乗り越えようと上階から垂れ下げられたクライミング・ロープを掴もうとした途端、事件は起きた。


 痛恨のミスというか、手からすっぽぬけたロープが地上何十mって空中をぶらぶらたなびいていく。絶妙すぎる距離感。掴み直そうと手を伸ばしてみても、どうにも指先すら掠らない。





(あのロープは一体どこから?)





「ピグのやつが昔、2時間かけて壁をよじ登ったんだよ!!」





 その証拠にむき出しのコンクリ壁には、鉄杭がいまも残されたままになっている。ちゃんとしたギアがあるなら、その再現をするのもやぶさかじゃないがな。あいにくと今の俺は、ほぼ徒手空拳の状態ときてる。


 どうする? 一か八か、ターザンよろしく飛びついてみるか? どうせ機械の体なんだと割り切ろうにも、失敗したらアグレッシヴな投身自殺そのものになる。どうにも足がすくむな。





(ラセル刑事)





 マリアの静かなる提案。


 ああそうとも、超人そのものなマリオロイド本来の身体能力をいきなり身につけたところで、慣れるまでには時間がかかる。歩幅の違いに戸惑ってるいまの俺なんかじゃ、とてもじゃないが使いこなせやしないだろう。その点、この身体の本来の持ち主なら話はべつだ。





「・・・・・・落ちるなよ」





(努力してみます)





 刻一刻と迫りくる、追跡者の影。その圧を背中から感じながら念じる。念じる? というか、主導権の入れ替えってどうやるんだ?





(当機的には“スイッチ”が単純明快で、よろしい合図かと思います)





「お前、絶対に俺の心読んでるだろ」





(そんな話してる場合ですか?)





「うー、あー、“スイッチ”?」





 途端、身体のコントロール権が失われる。ほこりっぽい空気に、肌を撫でる風。感覚はどれも据え置きなのに、グローブに包まれた右腕がひとりでに動いていくのだ。





「あらまぁ、ずいぶん高いですね」





 人工の崖っぷちから、平然と下界を覗き込んでくマリオロイド。せっかく避けてきたのに、やっぱり阿呆ほど高いなおい。





(やめろやめろ。いいから早く、どうにかしろッ!!)





「また抽象的な命令ですねぇ」





 この状態でも目って瞑れるのか? む、出来るらしい・・・・・・この状態で何ができて何ができないのか、まだまだ考察の余地は残されてるっぽいな。





「ふむん。幾つかのオプションが考えられますが、どれにします?」





(一番早くて確実なやつだ!! 早くしないと追いつかれるぞ!!)





「分かりました」





 やっぱ飛ぶのか? 暴走人形が軽く4メートルは跳躍して、哀れなホセを頭から股まで引き裂いていく場面に遭遇した経験がある。だからその想像は、ごく自然なものに思えた。


 だがマリアが実際にやったのは、想像の斜め上。人形の目玉ってのはようするにデジカメの変種、ズームされた視界が、強度たっぷりそうな上階の水飲み場を捉えていく。


 なんのために? そんな俺の疑問に答えるかわりに、マリアは右手を覆うタクティカルグローブをおもむろに取り去っていった。





「――展張エクステンション





 勝手に肌に浮かんできた髑髏柄のタトゥー。そいつが縦横左右に引き裂かれ、皮膚の下に隠されていた本来の姿が顕になっていく。


 もはや遠い昔のような、嫌味なほど現実に忠実だったあのシミュレーション世界。そこで俺は、このへっぽこ人形とゆえあって握手を交わしたのだった。そのときに感じた違和感。そいつが今更ながらに回収される。





(こいつは・・・・・・)


 



「オプション装備のナノワイヤーです」





 この銀糸で編まれたサイバーアームが、あの噂のか?


 人肌そのものな保護色はとうに失われ、かわりに形状記憶合金かなにかだろう銀細工の右腕がむき出しになっていた。これもまた擬似生体の恐ろしさか、こうまで人体からかけ離れてるのに、感覚的にはまるで違和感がない。





(どうしてまた・・・・・・こんな珍妙なデザインに)





「ロープの汎用性は、どのような装備にも勝りますからね」





 微妙にピントのずれた答え。腕の形になれるのなら、細く鋭いダーツ矢だってお手の物だろう。怖ろしくハイテクでより物騒な指スリングショット。親指と人差し指のあいだにかけられた弦に、そんな矢がかけられていく。


 第2次大戦の頃、こうした鉄線をレジスタンスの奴らは、あちこちの木という木に張り巡らせていったんだそうだ。当時の軍用車はオープン仕様があたりまえ、調子こいたナチの高官どもがスピード違反を犯そうものなら――スパッ。面白いぐらいに首を刈り取ってくれる。


 俺の首を切り落とした凶器はいまもって謎のまま。分かっているのは、皮膚同士がくっつくほどに鋭利な切り口ってただ一点のみ・・・・・・簡単な連想ゲームだ。キリキリ鳴る鉄線の音色のせいか、どうにも首筋を撫でたくて仕方がない。





「ハッ!!」





 俺の困惑なんてどこ吹く風、しっかり狙いを定めてから、水飲み場めがけて矢を放ってくマリア。


 弦の張力は十分。甲冑ぐらいなら余裕で撃ち抜けそうな超高速で、銀色の矢が空中をかっ飛んでいった。その後端からたなびく一筋の糸。なるほど、自前のロープで登ろうって算段か。






「ヤァ!!」





 マリアがふたたび矢を放つ。





「タァ!!」





 マリアがみたび、矢を放つ。


 その気迫ときたら、さながら不退転の覚悟でアジャンクールに赴く、イングランド長弓兵もかくやって迫力で・・・・・・だがしかし。





(ここで外すか?)





「で、ですから、当機には火器管制FCSは積まれてなくてですね?」





 言い訳がましい人形が、4度目の正直に挑戦していく。だがあいにくと、そんなことわざは実在しない。


 狙いを外すたんびに銀糸の矢がカラコロ転がり、釣竿の要領で全自動で巻き取られていった。





「弾道計算の類はどうにも不得手でして・・・・・・はい」





(あそこに上手い具合に巻きつけて、どうにか上層に昇りたい。そういう認識で合ってるか?)





「ご安心ください。5度目の正直ともいいますし!!」





 風切り音かき鳴らし、飛跡を刻んでいく銀色の矢。その結果については、言わぬが花だろう。





「ろ、6度目の正直を試すか、はたまた・・・・・・」





(“スイッチ”)





 俺が生まれて初めてつき合った初カノは、なんとも多趣味な奴だったのだ。


 射撃場で軽快にベルトリンク式のマシンガンをかき鳴らしたかと思えば、ポン・ヂ・アスーカルの奇岩をフリークライミングで登りきり、巧みなハンドルさばきでもって野良ストリートレースに参戦。そのままアクセルべた踏みでアーチェリー大会に直行って、それはもうとんだスリル・ジャンキーだった。


 別れた原因についてあえて言及はしないが、これはどれも1日の出来事。ヒントは、疲労骨折と胃潰瘍ってあたりか。


 そんなイカれた元カノが俺に教えてくれた得難い教訓とは、ずばり芸は身を助ける。なんでも経験しとくもんだな? とんだところでアーチェリーの経験が役に立った。


 つがえノッキング引きドローイング放つリリース


 中世からつづくこの古い古い競技に俺をすぐさま慣れ親しませた一番の要因は、まず間違いなくスナイパーって役職のせいだろう。銃弾と矢、たしょうの違いこそあるが、基本ってのはいつだって応用が利くものだ。


 狙いたがわず、水飲み場にあっさり絡みついてく銀糸の矢。試しに2、3度引いてみたが、どういう原理なのかビクともしない。俺の名はリオのウィリアム=テル。こっちのピンク髪はなんでも日本びいきらしいから、さしずめへっぽこ那須与一ってところか。





(・・・・・・その腕前を記録してスキルパックに反映するとか、ご興味ありません?)





「で、モノリスの口車に乗せられた歴代の運動選手どもよろしく、技量をパクられたってあとで恨み節を呟くわけか」





(新ダウンロード・コンテンツ、“ラセル=D=グリス”。配信日は永久に未定)





「冗談はともかく・・・・・・質問いいか?」



 


 大した精巧さだな。質感は針金細工そのもの、だが人体の不思議展が裸足で逃げだす程度には、正確に人体の筋肉組織を模していた。ただし皮膚も血管もないから、隙間からはスロープの床がすけて見えている。


 こんなんでも触覚とかちゃんと再現されてるんだから、ほとほと擬似生体ってやつは。俺の五感はどれもプログラムがおりなす、それこそ疑似ファルソであるに過ぎないらしい。





「この腕、お前だけの専用装備なのか?」


 



(もちろん違います。オプションでこそありますが、初期ロットの捜査支援型マリオロイドなら、全機が工場出荷時点ですでに換装済みのはずです)





 つまり3つ並びの第3世代ならば、みんなこうも現代芸術じみた人工の腕を隠し持ってるわけか。質問はいくらでも思い浮かぶが、あいにくと悠長に話し込んでる暇はない。





「まあいい・・・・・・で、どうやって昇るつもりだったんだ?」





 糸のサイズは、せいぜい髪の毛よりも太い程度。掴むにはいささか細すぎる。





(ラセル刑事は、グラップリング・ガンをご存じでしょうか?)





「バット◯ン愛用の?」





(あれの思念版をイメージしてください)





 スパイダー◯ンの方だったか。





(こう、ぐいっと祈ればナノワイヤーが勝手に巻きあげられて、上のスロープまで全自動で連れてってくれるはずです)





 訪ねたいことは山ほどあるが・・・・・・すべての問題にケリをつけるには、やはり時間が圧倒的に足りなさすぎる。言われるがまま念じてみれば、なるほど吊り上げられるみたい足が勝手に地面から離れていった。こいつは便利だ。


 それでもまだ道半ば――“奴”を完全に撒くまで、まだまだ気は抜けなさそうだった。





††††††





「あのロープに飛びつけと?」





「ちゃんと結んでおいたはずなんですがねぇ」





 どうしてかブラブラ空中で揺らいでるクライミング・ロープを2人して眺めながら、思い悩みます。


 こんな断崖絶壁を前にしてなおピクリとも表情筋が動かない髑髏面の胆力は大したものでしたが、他の隊員たちは話が別。どいつもこいつも抗いがたい生物学的な恐怖に飲まれかけで、そこに疲労が追い打ちをかけていた。


 青い顔してるポドに、お気楽そうにみえて膝が笑ってるチュイ。あれで意外と肝が据わってる宗教娘にしたって、ピンク色したお荷物のせいで明らかに疲労困憊してました。経験者でもこれなんですから、防衛隊については言わずもがなでしょう。


 普段ならここで小休止。場合によっては、屋内野営だってやぶさかでないシチュエーション・・・・・・ですが、ほんとにもうタイムリミットというのは、厄介ですね。疲労は失敗の母、無茶はしたくないのですがそうも言っていられません。





「なにかこう、棒でたぐり寄せてみるか?」





「それか素直に壁昇りですね。ロッククライミングで生計を立ててたらしい住民の部屋から、すでにハーネスの類は回収済みです。ただし2人分しかありませんので、登っては下に落として再装着。それを繰り返すほかありません」





「・・・・・・この調子で今日中に駅まで辿り着けるのか?」





「喋ってないで手を動かせば、その確率はぐんぐん上がっていくでしょうね」





「あ、あ、あ、あのね・・・・・・」





 そんな隊長格の会話に割り込んでくる、金魚よろしく口をぱくつかせるばっかりのラセル妹。何か言いたげな態度ですが、どうにも言葉らしきものは聞き取れません。





「お前の順番は最後ですよ。引き上げるのに人手が必要になるでしょうからね」





 それを見かねてか、すぐさま宗教娘が通訳を買ってでます。





「ペトラさんに、何かアイデアがあるみたいっすよ?」





 元一流エンジニアによる妙案。それは、道中に見かけたウォールローダーに上まで運んでもらうという、斬新すぎるアイデアでした。





「なるほど、重い建材を運べるならたかが12人ぐらい余裕で運搬できますか。問題があるとすれば、あれのコントロールをどうやって奪うかですが・・・・・・」





 いえ、要らぬ心配でしたか。小うるさい作動音をがなり立てながら吸盤貼りつかせ、壁伝いにこちらへと迫ってくるクモ型機械が見えました。





「さすがはハッカーコンそのものをハックしてみせた伝説の永久欠番。片手間に脆弱性を突くとは、言葉もありませんね」





「あ、あっちにコントローラー落ちてたの・・・・・・」





 ですか。意外とよくある仕様なんですが、この建設機械もまたゲーム用コントローラーで操作できるタイプらしく、宇宙服娘が手の中のジョイスティックを弄くるたびに、ウォールローダーがすぐさま四肢をひくつかせていく。これは、いけますかね?


 無人機ゆえに搭乗スペースの類は一切見当たりませんが、そこはそれ。クレーンをベンチに見立てて仲良く座るというのも乙なものじゃないでしょうか。とりあえずズブのど素人にイチからクライミング・テクニックを伝授するよりかは、楽できるのは疑いの余地がありません。





「あ、安全なのかよ!?」





 作業灯を回転させながら壁面を這いまわる、ナンバープレート付きの建設機械。そいつにAKMライフルの銃口を突きつけながら叫ぶのは、めっきりトラブルメーカーが板についてきたイシドロなる防衛隊員でした。





「意外とビビりですね」





「ロボットのせいで世界がこんなザマになったってのに、なんなんだよその態度はッ!!」





「ヤバいのはロボットでなく、♡OSの方ですからねぇ。独自設計という時点で、安全性は半ば立証されたようなものですよ」





「・・・・・・気づいてたの?」





 不思議そうに小首かしげて、ラセル妹がこちらをじっと見つめてました。





「・・・・・・まあ、ルンバに殺されかけた経験はありませんので。なんとなく」





 はぐらかすように話を断ち切り、目先の問題に目を向けます。





「しかし、こうして見方をかえてみると意外と小さなクレーンですね」





 伸縮シリンダですとか、座るのに適さない出っ張りもちらほら見受けられる。一度に全員は無謀ですね、ぜいぜい4、5人が限度。どうにも移動速度も劣悪そうですし、けっきょくは時間効率という点で足が出そうでした。早計でしたかね?





「そ、それについては、ほら」





「・・・・・・なんですか、これ?」





 ラセル妹がおずおずと差し出してきたのは、謎めいたダッフルバッグ。





「ペトラさん用のバブルボールだよ」





 バッグから出てきたのは、膨らますまえのビニールプールって塩梅の謎の物体。それをラセル妹がちょっと弄くるなり、ボンッと爆発的に膨張して、みるみる言葉どおりのバブルボールが完成していきました。





「これをあのクレーンでカゴみたく吊り下げてあげれば」





「次から次へとよくもまあ、湯水のようにアイデアが出てきますねぇ?」





 病気のことはもちろん知っています。おそらくこのビニール袋を家に見立てて、これまで生活してきたのでしょうね。なるほど見るから強度は高そうですが、





「確かにいけそうですが・・・・・・良いんですか? 雑菌まみれの我々が踏み入ったりして?」





「さ、殺菌機能があるから大丈夫だよ」




 確かに、そういう仕様でないとあの宇宙服を脱ぐことすらままなりませんよね。


 恐るべきことに、すでに強度計算までされてました。仕様書をもとにした計算式まで見せつけられては、もはや文句のつけようもありません。


 作業が始まる。


 元はNASA設計の宇宙飛行士用簡易シェルターだったそうで、砂嵐でも吹き飛ばされないよう最初から金具があちこちに設けられてました。そこにロープを通し、ゴンドラのカゴよろしくクレーンのフックに接続していきます。





「正気か?」





 ここまで来てなお懐疑的な、イシドロなるハゲ頭。


 ロープからぶら下がるという点では、当初の予定どおりなんです。一体なにが不服なのやら。





「この街の住民ならロープウェイに乗った経験ぐらいあるでしょうに。それとおんなじことですよ」





「途中で外れたら? 落下の衝撃も緩和してくれるのかよ?」





「どうせ自爆予定なんだろう? ビビってんじゃねえよおっさん!!」





 援護は感謝しますが、その喧嘩腰はいただけませんねポド。それでも自爆というキーワードがよほど効いたのか、むっつり黙り込んでいくスキンヘッドの元ギャング。


 首元にCVなんてタトゥーまで刻んでおいて、これで本当に泣く子もだまる極悪ギャング団の出なんですかね? これから待ち受ける試練を想像してか、むしろこの男のほうが泣きそうでした。





「イジメはNGっすよ、ポドフスキーくん」





 やんわり注意を飛ばしていく、優しい顔した宗教娘。





「調理師免許まで取得されて、イシドロさんは立派に更生されたんすから」





 意外と古い仲みたいですね。年下の女の子に庇われ、スキンヘッドの元ギャングはなんともいえない気まずげな表情をしてました。


 一番の新人としてこれまでずっとお荷物同然だったのに、ここに来て急に頭角を現してきましたね。混成チームの潤滑油として得難い存在になりつつある。





「友達になれとまでは言わないっすけど、今は仲間なんすから。互いの欠点を補わなきゃ」





 どうしてか頬を赤くさせて、意味深に顔を伏せてくポド。





「・・・・・・悪かったよ。その、い、色々と」





「へ? 分かってもらえたなら、それで・・・・・・」





 言うだけ言っていきなり駆け出していくポドに、宗教娘は呆気にとられてました。なんといいますか、思春期というのはほんと面倒くさいですね。





「隊長代理、クレーン側の人選についてだが」





 そう矢継ぎ早に報告をよせてくる髑髏面。元本職だけあって手際はいいですが、空気の読めなさはラセルの阿呆とどっこいどっこいでした。





「振動で落ちないよう、体力に余裕のある者を優先してください」





「それと正面火力の充実も欠かせない。バブルボールで吊られる側は、上に到着するまでずっと無防備な状態になるわけだからな」





「そうですね・・・・・・こちらからは、私とチュイが出ます」





 ああ見えてチュイは、ラセルの阿呆に次ぐ射撃の名手なのです。いざってときは頼りになるでしょう。





「分かった。こちらはそうだな、リノとメルチェルと・・・・・・なんだこの音は?」





 髑髏面をはじめとして、誰も彼もが作業の手をいっとき止めて耳をそばだてていきました。


 白く変色してしまった枯れ木。照明不足で闇に包まれてるその場所を取り巻くようにジーっと、虫の羽音のようなものが渦巻いてました。間違いありません。これは、この場所に足を踏み入れたさいに私が耳にしたのとまったく同じ音色。無警戒すぎる防衛隊員の誰かしらが、ライフルに取りつけられたライトの光芒でもってその闇を払っていきました。


 ありえないほど迂闊な行動ですね。スポットライトのように照らし出されたのは、舞い飛ぶ無数のドローンをさながら舞台のように足蹴にした――無頭の女。おぞましすぎるその外観に、ついつい言葉を失ってしまう。


 強化樹脂製の胸骨がさらけ出され、本来なら隠されるべきコアまでむき出しになってました。乾いた人工血液で染め上げられたワンピース、細いその両手が掲げているのは女自身の生首・・・・・・その赤い瞳がぐるりとまわって、こちらを射すくめてきました。





「・・・・・・ブラックアウトです」





 私のつぶやきに、あれがッ!! と驚愕の顔を向けてくる顔面タトゥーの大男。


 デュラハンという怪物がいます。家々を訪れては、家人の死を予告していく悪しき精霊。その見た目はまさしく、そんな伝説上の怪物そのものでして。





「――!!」





 声にならぬ叫び声をあげながら、逸れローグに銃弾を浴びせかけていく防衛隊員たち。その銃火が私たちを正気に戻していきました。


 一体どこから!? そんな疑問を封じ込め、すべきことをします。





「撃ち方やめ!! 撃つのをやめろ馬鹿どもッ!!」





 髑髏面の命令もむなしく、パニックにかられた防衛隊員たちが、がむしゃらに発砲を繰り返していく。ですがこの状態では、狙いなんてつけようもありません。


 やつはとにかく照明を毛嫌いしているのです。切れかけの電球よろしく作業灯が明滅したかとおもえば、ブラックアウトの名のとおり、フロア全体が一斉に闇に包まれていく。頼りになるのはもはや手元のライトのみでした。





「どうして逸れローグがここにッ!? そもそもこの区画には、人形は居ないはずじゃなかったのか!?」





「・・・・・・それが逸れってもんですよ。奴らはルールに縛られません、奴らがルールを作り上げるんです」





 いつになく動揺してる大男に、声を落としながら返します。


 最悪のパターンでした。よりにもよって逃げも隠れもできない一本道での遭遇戦とは。恨み言は後回しにして、いまはとにかく生き残る術を必死に探っていきます。





「集合ッ!!」





 とにかくみんなを集めようと、声を張り上げます。


 これはまだ推測なのですが、どうも奴は管理システムに干渉して、好き勝手にビル内のインフラを操ってるらしいのです。照明のオンオフはもちろんのこと、あの数百というドローンだって元をたどればどれもが管理会社所有のものでした。


 すなわち水密ビルに居るかぎり、地の利はいつだってあちらの側にある。戦うだけ無駄、ここは逃げの一手でしょう。


 慣れたものでして、すでにウォールローダーを中心に調達班のみんなが車座を作ってました。いわゆる全周警戒の構図。それに無言で倣ってく髑髏面と、場の流れをちゃんとわきまえてる防衛隊員の一部たち。





「おい何してる!! こっちを手伝え!!」





 どいつも素直な性格なら苦労しないといいますか。ダクトテープでライトをぐるぐる巻きにしたミニ14・アサルトライフルなんて掲げながら、血気盛んすぎる名もなき防衛隊員が抗議の叫びをあげていく。





「奴を仕留めるチャンスなんだぞッ!!」





 確かに一見すれば、こちらの銃火に怯んで逃げ去ったようにも見えます。ですが私やチュイやポド、古参の調達班のメンバーなら誰もが知っている。津波とおなじで、本命はいつだって遅れてやってくるのです。


 



「伏せろッ!!」





 私が叫ぶなり、クワッドコプタータイプのドローンが暗闇から一斉に襲いかかってきました。


 単体なら大したことありませんが、時速70kmって高速で突っ込んでくる何百という空飛ぶギロチンにかかれば、人体ぐらいたやすく引き裂かれてしまいます。


 勇敢さと無謀さをとり違えていた防衛隊員が、叫びながらドローンを迎え討つ。ですがピラニアに貪られる哀れな犠牲者よろしく、ほどなく速度規制が取っ払われたプロペラに肉塊へと変えられてしまいました。血溜まりと、腕だったものが絡みつくミニ14だけがその場に残される。


 あの愚かな男とこちらの違いは、総金属製のウォールローダーと膨張済みのバブルボールのあるなしのみ。それらを盾にしながら、どうにか群れスラロームの襲撃を凌いでいきます。


 ガンガンとあちこちから響く、体当たりの衝撃音。





「ギャアッ!!」





 のしかかってくるバブルボールを抑えるのに必死で、微妙に指をはみ出させてしまったのでしょう。切り落とされたイシドロの指が、バラっと床に転がっていきました。ですがそれを除けば、こちらの被害はゼロ。





「俺の射撃に合わせろ!!」





 ドローンの羽音を追うようにして、正確な点射を撃ち込んでいく髑髏面。すでに光源はウォールローダーが灯してる警告灯のみ。一寸先は闇って言葉どおりの状況下では、命中したのかどうかすら分かりません。





「今度は右からです!!」




 右往左往。私の警告に慌てふためきながら、盾の角度を変えていく生存者たち。ドローンがぶつかり、鉄とプラスチックの破片が雨のように降り注ぎます。





「・・・・・・ジリ貧だな」





 いくら弾幕を張ったところで、ブラックアウトの操るドローン群は底がみえない。弾の無駄を悟った髑髏面が、そんな風にひとりごちていきました。


 このバブルボールの強度は想像以上のものでしたが、それでもダメージのあとは窺える。あといつまで保つことか? 疲れ知らずのマリオロイド相手では、持久戦なんて不利なだけです。


 切断された指をまるでお守りのごとく握りしめてるスキンヘッドの元ギャング。そんな男の手に必死に包帯巻きつけていた金髪褐色娘を押しのけてまで、シスターの懐刀がその襟首に掴みかかる。





「このスマートフォンで奴を誘き寄せろ」





 すでに起動状態のスマホを、手早く相手のポケットにねじ込んでく髑髏面。





「念のために時限信管もセットしておく。だがあの首無し女を見かけたら迷わず飛び込み、スイッチを押すんだぞ」





 アンホ爆薬で満杯のバックパック。そこから伸びるコードをあれこれ弄りながら、自爆の手順が手短に伝えられていきます。


 いつもの居丈高な態度はどこへやら。目を泳がせながらスキンヘッドの男が言います。





「う、上手くやれるか自信がない・・・・・・」





 そんな当事者のコメントはあっさり無視され、淡々と死のレクチャーが続けられます。





「“ あなたの身体を聖なる添え物として捧げよ”。男なら腹をくくれ」





 有無を言わさぬその態度。こんな巨人に真っ向から歯向かうなんて、正気の沙汰じゃありません。それでもあの宗教娘は、ひしっと丸太のような巨腕を掴んでいったのです。





「・・・・・・あなたをお守りするためです」





 まるで忠実な騎士のような口ぶり。ですがその裏にある冷酷さは、隠しようがない。





「それをうちが望んでいなくともっすか?」





「あなたはシスターの大切なご息女ではありますが・・・・・・シスターご本人ではない」





 お前に命令されるいわれはない。言外にそう告げられてなお宗教娘ことソフィアは、引き下がるつもりはない様子でした。


 こちらが内部対立をやらかしてる間にも、淡々とブラックアウトは第3波の攻撃準備を進めてました。まず左から来て、つついで右。となると今度はやはり、





「また左からです!! ポジションを変えろ!!」





 みな疲れ、動きに精彩を欠いてました。そこに足元に舞い散る無数の空薬莢までもが邪魔をしてくるのです。





「ひぅッ!!」





「ペトラさんッ!?」





 盛大にずっこけたラセル妹が、幼子のようにきょろきょろ周囲を眺め渡していきます。


 チュイが必死に引き留めてましたが、そんな制止を振り切って飛び出していく金髪褐色娘。まるで数万もの蚊が飛び交ってるかのような耳を聾するモーター音。それがいきなり、指向性をもっとこちらに迫ってきました。


 愚かですね、ほんとど阿呆です。それでもバカ2人を庇うように気づけば、私はP90を構えてありったけの弾薬をドローンどもに浴びせかけていました。装弾数50発、毎分900発もの猛烈なフルオート射撃。それもほどなくカチリと、むなしく弾切れを告げていく。


 万事休す。せめて右腕を盾のように突き出して、運命の瞬間を待ち受けます。そんな私の全身へと降り注ぐ、木っ端微塵に崩れ去ったドローンだったもの。


 カン、カン、カン、リズミカルに周囲に突き立てられていった銀糸の矢が、蜘蛛の巣のようなワイヤー製のバリアを張り巡らした結果がこれでした。これ1本で戦車すらも持ち上げられる、抜群の強度を誇るナノテク製の糸・・・・・・。





「な、ナノワイヤーだぁ・・・・・・」





 歓喜をまるで隠さない、ラセル妹のコメント。


 ピンク色の三つ編みをひけらかし、さっそうと姿をあらわした謎のスーツ女が、迷いのない足取りでもって血まみれのミニ14を拾い上げていきました。





「曳光弾であたりを掃射しろ」





 アイドルのような愛らしい顔立ちと、有無を言わさない口ぶり。どうにもアンバランスな印象が拭えません。

 




「いいか? ?」





 それだけ言い残し、女はふたたび暗闇の中に消えていきました。





「誰だよッ!?」





 ポドの疑問ももっともでしたがそれよりも、目印の赤テープが貼りつけられた弾倉をすばやくP90に叩き込みます。そのテープには、Tracerトレーサーの文字が刻まれてました。


 曳光弾とは、マグネシウムなどの発火製物質を燃やしながら飛ぶ、夜戦用の弾薬のことです。軍事用途だけでなくその派手さから、花火代わりに使われることもあるのだとか。おそらく後者のために備蓄されていたのでしょうね。





「察するに、スポットライトの代わりか?」





 ドラゴンブレス弾などと書かれた弾倉に入れ替えつつ、私の傍らにやってきた髑髏面がAA12ショットガンを構えながら言います。




 

「でしょうね」





 答えは短く、共にすべき事をする。


 いっぺんに撃ち切ったりせず1発、1発、確かめるように光り輝く弾丸を放ちます。そのせいという訳じゃないでしょうが、あれほどしつこかったドローン群があらぬ方角へと飛び去っていきました。


 おそらく主を守ろうと配置転換を行っているのでしょう。ならばとその羽音を追いかけるようにあたりを“照らして”やります。遠雷のような、短くも鋭い発砲音がどこからか響く。


 ――光あれ。


 いきなりLEDの明かりが蘇り、鼻頭にトレードマークのサングラスをちょこなんと載せた私を除いて、誰もが目をしばたたかせていきました。


 コントロールを失ったドローンたちが、ひらひらと立体公園中に舞い落ちていく。まさに死屍累々。戦場跡には3人分の人間だったものが残されていました。そのどれもが、言うことを聞かない防衛隊員の成れの果てでした。


 死者3名、負傷者はその倍です。右手の指をすべて失ったイシドロを筆頭に、いつの間にか背中をざっくりやられてしまったチュイが、顔を歪めながらも心配ないとこちらに手を振ってました。





「動くな」





 ドスの利いた制止の声。髑髏面がショットガンの照準を合わせたその先には、あの薄紅色の髪をした女が立っていました。





「あんたらの狙いは駅だろ?」





 なんとも不敵な態度。童顔のせいでいまいち迫力には欠けてましたが、それを補って余りあるほどに、女が引きずるブラックアウトの遺骸は説得力に満ちあふれてました。


 むき出しになったコアには、2連射ダブルタップの痕跡。誰がやったかは説明不要でしょうね。





「実力は保証するぜ?」





 髑髏面は、迷っているようでした。


 共同リーダーの弱みが出ましたね。自分だけでは判断を下しきれず、銃口はそのままに、ちらりと顔面タトゥーの大男がこちらを見やってきました。





「・・・・・・派手に騒ぎすぎましたね」





 銃声に誘われ、いつ野良人形が迷い込んでくるかしれたものじゃありません。新たな弾倉をP90にはめ込みつつ、自分の荷物を背負い直しながら言う。





「近くにいい感じのセーフハウスがありますよ。どう動くにせよ、まずは態勢を立て直してからにするべきでしょうね」





 私の提案を、その傭兵志願の女もちゃんと聞いていたようで。弾切れになったミニ14をこちらに放り、両手を掲げて降伏のポーズ。これがひとつの決断の指標になったのはまず間違いないでしょう。


 長考していたシスターの懐刀が、おもむろにAA12の銃口を下ろしていきました。





「よかろう・・・・・・話だけは聞いてやる。まずはそこからだ」




 こうして思わぬ形ではじまった対逸れローグ戦は、それをさらに上回る予想外の形で幕を閉じたのでした。




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