Chapter Ⅻ “ もう違うんっすよね”
【“作戦2日前”】
額入りの家族写真が、これでもかと廊下を埋め尽くしてました。
一家の長は、あのいかにも肝っ玉お母さんという感じの中年女性で決まりでしょう。元気ありあまる下の弟たちの
どこもかしこも似たりよったりな海底アパートの一角。私が選んだセーフハウスには、B113という部屋番号と、イグナス家の表札がいまも掲げられたままになってました。
勝手知ったる他人の家といいますか、単純に手近でしたし、駅からもそう遠くない好立地。12人で出発して3人を失い、いまや“10”名となってしまった私たちはそんなアパートの一室にどやどや詰めかけ、どうにか態勢を立て直そうと四苦八苦してました。
ええ、ええ、私だって引き算ぐらいできますとも。+1こと、例のお客さんをどうすべきかというのが目下の議題。
過日の思い出。家族写真だらけの廊下を横切り、尋問室代わりの寝室へと向かいます。そこで門番を気取っていたのは、コマンド・ヴァルメーリョのライバル組織PCCの出であるとタトゥーで全力主張している、隻眼の防衛隊員。
こちらが頷けば、あちらも頷き返す。なんといいますか、板につきすぎなギャング仕草に笑みすら溢れます。そうして目的地に入室するなり聞こえてきたのは、
「お名前を伺っても?」
これまた水を得た魚よろしくな尋問役こと、髑髏面の冷ややかな質問と、
「
それに堂々と応じていく、謎の女のガーリッシュ・ボイスでした。
命の恩人にして、ブラックアウト討伐の立役者。薄紅色の三つ編みなんかたれ下げてるその女は、愛らしい顔つきに反してなんともふてぶてしい輩でした。
一応、生殺与奪はこちらが握ってるはずなんですがね。殺されるわけがないとたかを括ってるというよりかは、そうなったところで十分対処できるという絶対の自信が見受けられる。実際、ウーゴなる会計士風の優男がすみでMDRブルパップを構えているのに、そんなのお構いなしって風情でした。
「マリア、ですか」
壮年の男性らしく、渋く喉を震わせてく大男。
「発音はそうだが、なんでも当て字は違うらしい」
「その・・・・・・“アテジ”というのは?」
「そろそろ本題に入らないか? どうやら役者も揃ったようだしな」
ベッドに腰掛けながらこちらを見上げてくる、不敵な黄金色の瞳。それだけでも新手の
そんな事例、これまで一度も報告されちゃいないんですがね。なんでもこの都市伝説、避難初日にはすでに避難民の間で囁かれていたらしいのです。人に似てるが人じゃない。マリオロイドのそんなイメージに映画のそれが乗っかって・・・・・・噂の出本はそんなところでしょう。
「戸籍からなんやら、どのみち個人情報のいっさいがMARIO.netの向こうがわに消えちまったんだ。俺がどんな名前を名乗ろうが、あんたらには確認の手段なんてありはしないだろ?」
正論でした。
暗号強度において並ぶもののないMARIO.net。それに依存しすぎた結果、私たちは電子化された個人情報の一切にアクセスできなくなってしまったのです。
例外はパスポートと、あとは件の警察バッジぐらいのもの。どちらも持ち歩いてて当然ってシロモノじゃありません。
「だからわざわざ助けてやったんだ。おかげで腕試しの手間が省けたろ?」
むっつり考え込んでから、慎重に髑髏面が言葉を紡いでいきます。
「あなたの人形殺しの腕にはたしかに、感銘を受けました」
「そりゃどうも」
「だからといって傭兵として雇えというのは、いささか突飛な発想に思える」
「単なる需要と供給さ。今はこういう世の中だからな、商売の仕方だっておのずと変わる」
「・・・・・・報酬は、駅に残されたフードインクですか?」
「喉から手が出るほど欲しいのは、お互い様だろ?」
まあ、妥当な線ですね。
「ずいぶんこちらの事情に通じているご様子だ」
「まあな。あんたらの先遣隊が駅に乗り込んでいった途端、撃って爆発してのどんちゃん騒ぎ。中でなにが起きたかについては、おおよそ想像がつく。なにせ間髪入れずに第2陣が派遣されてきたんだからな」
「あの駅でなにが待ち構えているのか・・・・・・警告しようとは?」
「ハッ」
と、真里亞と名乗った女が質問を鼻で笑い飛ばしていきました。
「謎の武装集団を相手に? 相手が有利なときに親切にしてやっても、見返りなんて得られやしないだろ」
えらく冷めきった人生訓でしたが、なるほどと頷ける部分があるのがやるせない。
「これまで俺は、ずっと独りで生き延びてきた・・・・・・慎重にもなるさ」
「なるほど。その理由についてお尋ねしても?」
「思い出話は好みじゃないな」
「相手の人となりを知るのは、信頼関係構築の第一歩です」
「・・・・・・昔、無二の親友だった野郎に裏切られてな。それからずっと集団は避けて、単独で行動してきたんだよ」
挑戦的といいますか、喧嘩腰ですらあるその態度。なにか気に触りでもしたんですかね?
「満足か?」
言葉の端々に、どうしてか嫌悪感まで浮かんでました。1匹狼のサバイバーですか・・・・・・どうにも御しづらそうなタイプに見えます。
「あんたらには物資と人手、こっちには経験とアイデア。フード・インクって宝の山にありつくには、あの駅に陣取ってる“鹿の王”を排除するしかない。その点は同意見のはずだが、違うか?」
尋問といいますか、後半はほとんどやり手の傭兵との価格交渉って塩梅でしたね。あわや全滅って場面を救われた手前、こちらとしてもいまいち強く出られません。
無表情をいまも貫いてる大男が、こちらめがけて顎をしゃくってきました。聞かれたくない話は部屋の外で、ですか。2人つれだって外へと出ます。
「どう思う、隊長代理?」
「そうですねぇ。お前が、あの銀糸の腕にツッコまなかったのが驚きでなりません」
サイボーク化技術。より正確にいうならサイバネティックス技術なるものは、ロボット工学から大きな遅れをとってました。なにせあれには、やることなすことすべてが人体実験に直結してしまうって、面倒臭さがありますからね。
新技術を生み出したところで、この手のテクノロジーは基本的に医療技術あつかいですからね。すべての新薬がそうであるように、試すだけでも何年もの審査期間を経なくてはならない。そうこうしてるうちに技術は陳腐化し、一方でやりたい放題のロボット工学は、進化の新たな段階へと足を踏み入れていく。
収益化なんて夢のまた夢。こうなるとスポンサーもつきづらく、ますます研究は滞ってしまう。というか、そもそも人間をロボット化するというコンセプトからしてあれですしね。
人工心肺? クローン臓器で十分じゃないですか。像も片手で持ち上げられる人工腕? お前、骨が保つわけないでしょう? インターネットに接続できる脳みそ・・・・・・スマホって知ってますか?
次に来る分野だともてはやされて、かれこれうん十年。それでも足踏み状態が続いているのには、まあ理由があるってことなんでしょうね。
だからこそあの右腕は異常なのです。ましてよくある節電義手とはかけ離れたあのデザインときたら・・・・・・なんとコメントしたらいいものやら。
「もちろん、いの一番に尋ねたとも」
「で、結果は?」
「モノリスの慈善プログラムに運良く選ばれたんだそうだ」
「・・・・・・ずいぶん説得力に溢れた話ですね」
それはまあ、やってはいましたがね。あんな特殊なモデル、一般には出回ってないでしょうに。
「まああの腕はともかく、戦力不足という指摘は否定できまい」
髑髏面が意味深に眺めていったのは、居間に勢ぞろいしてる残りのメンバーたち。誰もが疲労困憊状態、その多くが怪我の手当てを受けてました。
親指切断って、文句なしの重傷であるイシドロを筆頭に、おなじくドローンのプロペラで左肩が上がらなくなるほどの深い切り傷をこさえてしまったチュイ。パチン、パチンと宗教娘が、医療用ホチキスでその傷を縫い合わせていきます。
「戦死者が3名と、重傷者が2名か」
そんな大男の呟きに、さらなる注釈を加えていきます。
「ついでにいえば持病持ちのラセル妹だって、戦闘要員とは呼びがたいですよ。テックサポートには信頼がおけるでしょうが、果たしてその出番があるかどうか」
ま、これについては最初から分かっていたことですけどね。
「となると、実質的な戦力はさらに減って6人足らず・・・・・・これであの鹿の王に立ち向かうんですよ?」
猫の手も借りたいとは、きっとこの日のために生まれた言葉に違いありません。
「前途洋々でないのは認めよう」
「そんな言葉だけじゃ不十分ですよ。今必要なのは、何よりも正面火力なんですからね」
「・・・・・・傭兵、か。奴に武器だけは渡したくないな」
指を失くした部下を心配して・・・・・・という風にも見えませんね。スキンヘッドの防衛隊員に注がれていくその眼差しは、あまりにも冷徹すぎましたから。
「まだ自爆案にこだわりますか?」
「起爆装置を3回押せればそれでいい。指が2、3本欠けたところで支障はない」
「奴の正体は群体ですよ。そこらの野良人形を食い散らかしては、自らの血肉としている」
「爆弾は効果がないと?」
「皮1枚につき防御力が跳ねあがる、ましてそれを多層的に身に纏ってるんです。あの爆弾が絶対に奴の息の根を止められるというのなら、賭けてみるのもやぶさかじゃありませんけどね」
家庭用品だけで作られた自家製爆薬。そのお手軽さに反して、なにせ慢性的な物資不足状態ですからね。もう二度と作れないと考えるべきでしょう。
「使えても一回こっきり。切り札は慎重に扱うべきです」
「ネジ釘を混ぜよう」
「なるほど、それなら貫通力は増しますね。ですが奴が食料のコンテナのすぐそばに陣取ってるって点は、ちゃんと念頭におくべきですよ。下手したら、自分たちの手で食料を台無しにしかねません」
「なんとか安全に爆破できる所までおびき出せないか?」
「一応、前回はスマホに吸い寄せられてました。ですがその後は、コンテナを弾き飛ばしての大立ち回り。何もかもこちらの思い通りになるとは、考えないことですね」
それについてはこの男も、先のブラックアウトとの遭遇戦ですでに思い知っているはずでした。どうにも雲行きが怪しくてなりません。
乏しい装備に、それを輪をかけて頼りない人員たち。そこに厳しすぎる時間的制約まで追い打ちをかけてくる。現場に足を運べば、名案のひとつやふたつ思い浮かぶに違いない。実のところそんなあやふやな期待だけが、私たちのか細い頼みの綱だったのですが。
「・・・・・・聞こえましたか?」
私の問いに、髑髏面が深いため息で返してきました。
「なんとも分厚い扉だな」
私たちが再入室を果たすなり、変わらず大股開きでふてぶてしく座ってる自称・真里亞さんが、したり顔で肩をすくめていきました。どうも聞き耳を立てられてたみたいですね。
「なんでも小耳に挟んだんだが、爆薬があるらしいな?」
なんの話ととぼけたところで、埒はあきませんか。
「その口ぶり、何かアイデアがありそうですね?」
「まあな」
「それなら是非とも拝聴したいもんですねぇ。答え如何によっては、履歴書もなしに面接に挑んできたその考えなしぶり、不問に付してやりますよ」
「まずは数ダースの鉄パイプと、爆薬の格納容器が要る。あとなによりも強度たっぷりのお椀型の鉄板もな」
感心したように顔面タトゥーの大男が呟きます。
「
「すいません。こちとら専門家じゃないんで、説明いただけますか?」
どうしてかこの2人は通じ合ってる様子ですが、こっちとしては何が何やらという気分です。
「爆風で金属ライナーをふっ飛ばす、自家製の対戦車ロケットみたいなものだよ、隊長代理。場合によっては
知ってはいたが思いつけなかった。知識というのは溜め込むだけでは意味がないって悔しさが、その解説からは滲んでました。
一方の発案者ときたら涼しい顔。
「戦車に効くなら
「確かにそうかもしれんが、懸案事項がひとつ。こいつは少し威力がありすぎる。改札側から狙うとなると駅のレイアウト的に――」
「ああ、海と隣り合わせになってる外壁を破りかねない、だろ? だが逆向きなら、ビルを丸ごと貫かないかぎり浸水の心配はまずない」
そりゃ道理ではありますがね。しかし軍警上がりの髑髏面はともかく、この女がどうしてもこうも軍事技術に通じてるのかについては・・・・・・あの態度からして、聞いても惚けられそうですね。
「結局は、奴を誘い出さなきゃ話にならないわけですか」
「自爆案は1回こっきり。だが俺の見立てどおりなら、あんたらの爆薬でEFPがゆうに2発は作れる。爆弾というよりかは、こいつの運用方法はロケットランチャーにより近しい。その点は、さっきそこのウドの大木が説明したとおりだ」
「つまりはピンポイントで標的を狙えるのが売り、ですか」
「その通り。
コンテナを傷つける心配がない、それでいて威力は折り紙つきの指向性爆薬。ついでに攻撃のチャンスも2回に増えると。アイデア・ゼロに比べたら、まさに雲泥の差ですね。
「照準方法についても宛てがある。トラムの窓の寸法とか、持ち合わせてるか?」
何が必要になるのか分かりませんからね。シスター肝いりの“ノアの方舟計画”のために、トラムは隅々まですでに計測済みでした。そのデータはもちろん手元にある。
「とりあえず持ってきてはありますが・・・・・・何に使うんです?」
「それについては乞うご期待ってところだな。あの駅は、あんたらが来るずっと前から目をつけてたんだ、攻略方法はとっくに考案済みさ」
あと必要だったのは、物資と人員だけだったと。そしてそのチャンスが今まさに舞い込んできた。渡りに船はお互い様ってことですか。
「どうする? “俺たち”はいつでも手を貸せるぞ?」
固まる空気。
「・・・・・・なんで複数形?」
わざとらしすぎる咳払い。すべて順調だったのに急ブレーキからの空中3回転で地面にバンッ、血溜まりグシャ、とでも申しましょうか。この顔面タトゥーの巨漢をして、言葉を選ばせるほどの気まずい雰囲気でした。
「その、自分を指して、うっかり複数形で呼ぶという状況がどうも――」
「聞き間違いだ」
おもわず挙手。誤魔化すのド下手ですか。
「私も聞きましたがね」
「聞き間違いだ」
『どうする? “俺たち”はいつでも手を貸せるぞ?』
そこに横合いからかましてきたのは、これまで存在感皆無だったウーゴなる防衛隊員。実は議事録係も兼ねていたらしいそんな優男が、おもむろにスマホの録音内容を再生していきます。
「聞き間違いだ」
「へこたれない奴ですねぇ」
「話を遮るようで悪いが――あなたはもしや性同一性障害?」
「は?」
いきなり髑髏面からぶっ込まれた想像外の疑惑に、硬直してく真里亞。まあ、私もずっと気になってましたからね。そろそろ指摘しますか。
「仮にも女として助言をひとつ。スカート履いてる時に、大股開きはお勧めしねーですよ」
誰もが見て見ぬふりしてきた男らしすぎる開脚ぶりに、やっとツッコミを入れられました。黒タイツで多少は緩和されてましたが、ぶっちゃけパンツ丸出しでしたからね。
ぶきっちょに居住まいを正していく、ピンク髪の女怪。
「・・・・・・そうだ。じつは身体は女だが、心は男でな」
「だとしたら妙な話ですね。ずっと独りで暮らしてきたというなら、社会の目なんてお構いなしに好きな格好できるでしょうに。どうしてわざわざ女装なんて?」
身体は女で心は男な女装願望持ち。真里亞さんとやらの主張を鵜呑みにするなら、ジェンダーってやつはと、おもわず首を振りたくなるシチュエーションですね。そうでないなら・・・・・・警戒するのも当然。
「と、ともかくだな!!」
「誤魔化しましたね?」
「ともかくだ!! 俺の助けがいるのかいないのか、どっちなんだ!! さっさと決め――ぐぁッ!!」
勢いあまって立ち上がり、地団駄を踏むみたく床を蹴っ飛ばしたのが命取りでした。
衝撃が床から天井へと駆け抜け、パキッと嫌な音がしたかと思えば、自称・真里亞さんの脳天へと降り注ぐ手錠製のシャワー。なるほど、アレはあんなところに盗品を隠してたんですか。
はいはい、降参ですよ。どのみち選択肢なんて大してないんです。
「隊長代理として、正式に協力要請を求めるですよ。真里亞さん?」
「・・・・・・あー、そうかい」
痛そうに頭を擦ってくピンク髪の男女に、ジト目で睨まれてしまう。
私個人の決断はこんなところでしたが、あいにく隊長代理なんて表向きの身分。シスターの手駒たるこの男の許可なくしては、ほんとうの意味での決断なんて下せやしません。
「という辺りでよろしいですかねぇ? 副隊長さま?」
私の問いかけにしばし悩んだ風でしたが、それでも髑髏面は鷹揚に頷き返してきました。
††††††
【“作戦当日”】
巧みな弁舌で古馴染みどもをだまくらかし、調達班と防衛隊の合同チームにもぐりこんでから、かれこれ2日。信頼されてるかどうかは微妙な線だったが、とりあえず銃火器を渡されるぐらいの関係性は育めていた。
“いや、元からうちの体格に合ってなかったすし”なんて、本音入り混じるソフィアの言い訳のもと、扱い慣れたガリルACEとM&Pが手元に帰ってきた。懐かしの機材の数々を身につけ、いつぞやの駅前階段から向こうがわを睨む。
顔ぶれはそれなりに変わったが・・・・・・やってることは以前と同じく、明日の飯のために右往左往。なんとも進歩のないことだな。
本日のテーマは南極の雪景色。俺が知らないだけであのホログラムのペンギンどもは、2年前からずっとよちよち歩きを続けてるのかもしれなかった。
「よし、最終確認だ」
卓上演習はこれまで、夢に見るほど繰り返した。それでもチェックは怠らない。
「チーム1はトラム、チーム2は管制室を確保する」
階段脇に勢ぞろいした生存者たち。その誰もが真剣な面持ちで、ご高説を垂れる俺のことを見つめていた。
(くれぐれもキャラ設定をお忘れなく)
脳内同居人による釘刺し。ああ、ああ、分かってるって。
“既視感がどうも”なんてぼやいているチュイに、まったくだなと親しげに返したいのは山々だったが、そんなことをすれば赤の他人がなんでって疑問をとうぜんながら抱かれてしまう。
“死んだはずだろ?” “どうして女に?” “メモリアってどういう意味だよ!!”。頼むから、今は目先の問題にだけ集中してくれ。
いまの俺はただの死人。より正確には、海の物とも山の物ともつかぬ
「チーム1は俺とそこの・・・・・・あー、副隊長さんとだな」
まるで潜入捜査の気分だ。こっちは相手のことを嫌ってほど知っているのに、いちいち他人のフリをしなきゃならないんだから。しち面倒臭いにもほどがある。
「髑髏面で構わない。悪名も慣れれば、勇名とさしたる違いはない」
「そこの副隊長さんとピグ、ポドフスキーくんとチュイちゃんのコンビに、あともう1人はたしかウーゴさんだったよな? ともかく、この編成でいく」
くんちゃん呼びが不服そうなローンウルフのガキどもと、なんで私だけ呼び捨てなんですかと目くじら立ててる青髪ハッカー。いくらなんでも据わりが悪い。それでもうっかり地を出さないためには、こういった予防策は欠かせないのだ。
爆薬はともかく、それ以外の材料が見つかるか内心不安だった。それを一挙に解決してくれたのが、例の天井から降り注いできた盗品一式だった。
手錠は鋳潰して、シンバル風の
これぞ秘策の第二弾。ぺたぺた駅構内を歩きまわる鹿の王を狙うには、ひと工夫いる。そこで俺が思いついたのが、トラムを照準器代わりにするってアイデアだった。
左右にしか動けないって列車ならではの不自由さはあるが、遠隔操作できるってのはやはり強い。砲とちがってEFPはなんやかんやと爆弾の従兄弟分、起爆すると周囲のもろもろを道連れにしてまうって欠点があるのだが、これならそれも解決できる。
あっちをネジ留めして、こっちは溶接してと、四苦八苦すること丸1日。それでも約束通り、EFPがふたつばかし出来上がった。
そいつを骨組みにはめ込み、例によって盗品の3Dプリンターで出力した、超強力な真空吸盤を取りつける。ペトラの設計どおりに運べば、この吸盤が接着剤代わりとなってEFPをしっかり窓枠に固定してくれるはずだった。
本音をいえば、ボルト留めがベストだろう。それでも奴の目と鼻のさきで作業する都合上、どこかで妥協するほかない。ドリルでガリガリ車体に穴を開けるなんて、やりたくないことリストの筆頭だろう。
ただ予想どおり、重量はかなり嵩んだ。
ざっと40kg越えの重量物が2基。それを音を立てないように現場まで運び、それなりの組み立て作業だってこなす必要があるのだ。
大いに腹立たしいこったな。こんなときこそマリアの馬鹿力の出番だろうに。奴ならお任せください!! とでも能天気に言い放ち、小脇に抱えてあっさり爆弾を運べたに違いないのだ。だが擬似生体に力をセーブされている以上、俺にはやりたくとも出来やしない。
そんなこちらの葛藤を解決してくれたのが、
着用者に人形並みの怪力を与えてくれる、ようするに着ぐるみ版のサイボーグ。その性能はピンきりだが、安物でも両手足に這わせたアクチュエーター駆使すれば、冷蔵庫ぐらいなら余裕で運べる優れもの。
民警の積荷目録に記されていた、数少ない金目のものがこいつだった。これなら肩の筋肉組織が見えほどの重傷を負ってしまったチュイでも、たったひとりで物騒な荷役作業を担うことができる。欲をいえば人数分欲しいところだが、1セットだけでも十分すぎる戦力であることにはかわりない。
鎮痛剤で痛みを誤魔化しながら、そんな
「EFPの設置後、チーム1はそのまま不測の事態にそなえてトラム内で待機。起爆方式は、有線と無線の2系統。後者については、いざって時のためにチーム2にも予備を渡しておく」
頼むから、焦って押すなよと念押し。
チーム2の人員構成はソフィアとペトラ、あとは護衛役として残る防衛隊員2名って、いかにもな後詰めだな。
連中の目的は、管制室に乗り込んでトラムの操作権限を奪うこと。ピグが再設定したから手動でも操れるはずだが、どう転ぶかわからないのが実戦だ。医療品を運び込んで、いざってときには野戦病院の代わりを務めるってのも、チーム2の大切な役割だった。
ペトラが急遽でっち上げた、起爆用アプリ入りのスマホ。それをビー玉のような青い瞳で、じっとソフィアが見つめていく。
「あの、っすね・・・・・・素人考えなんすけど、爆弾付きの車内に隠れて本当に大丈夫なんすか?」
「ごもっともな質問だが、その点は問題ない。元から爆風を前方に集中させる設計だからな、隣の車両にいれば危険はない。ただ水のパックをカウンターとして設置こそしたが・・・・・・気休め程度。EFPの真後ろは殺傷圏内だと見なすべきだろうな」
EFPには他にも、本来はガリルACEに載せられていたレーザー照準器が括りつけられていた。これなら視覚的にどこを狙ってるのか容易に確認できる。
うまい具合に鹿の王をおびき寄せ、トラムを操作しながら照準を微調整。あとはここぞってタイミングで起爆装置を押し、超高速でかっ飛んでいった鉄板がやつを粉微塵にしていくさまを眺める。
まあ経験上、そうすんなりとはいかないだろう。だがこれが現状とれるベストな作戦であることは、自信をもって断言できた。ロケットランチャーさえあればこんな面倒なことしなくともってのは・・・・・・禁句だろうけどな。
「そ、それで、ペトラさんは監視カメラの映像を眺めてればいいんだよね?」
「ああ。せっかくの文明の利器、せいぜい有効活用させてもらうだけさ」
起爆線の長さ的にも、車内に留まるしかない。運転席からマニュアル操作も出来るしな。ただ視野の狭さだけは懸案事項だった。
見つからないよう必死に座席のあいだで息を潜めて、鹿の王の動向をすぐ間近でうかがう。これじゃ、とてもじゃないが正確な照準調整なんて不可能だ。その点、もともとあの管制室は駅全体を見渡せる設計になっている。
死角については、駅全体にはりめぐらされた監視カメラがカバーしてくれるはずだった。あとは手信号で管制室側とやり取りして、的確なタイミングを図るだけでいい。
コンピューター関連の専門家であるペトラと、そんな手信号を習得済みのソフィア。俺にとって大切な2人を前線から外したのは、まんざら私情オンリーというわけでもないのだ。
「他に質問は?」
シスター派閥と、それ以外のはぐれ者ども。少なくとも俺が見たかぎりでは、そういった長年の対立関係が表面化することはなかった。爆弾製作でみんな忙しく、政治が入り込む隙がなかったせいだろう。
ここで食料を確保できなければ、みんな仲良く餓死するだけ。その恐怖があらゆるシガラミを封じ込めていた。この危機を乗り越えたらどうなるかについては・・・・・・俺にだって分からない。
まずは出来ることからコツコツと。そういう思いで挙手した髭面少年ことポドフスキーを指差し、どうぞと促してやる。こいつ頭は悪くないのに、年相応というか不平不満を隠さないのが玉に瑕だな。
とはいえ、それを受け入れてやるのも大人の度量か。そういった予測は、軽やかに裏切られる。
「どんな質問でも、良いんだよな?」
「もったいぶらずにさっさと言え。時間が無いんだ」
「だったら言うけどよ・・・・・・お姉さんって、前はなんの仕事してたの?」
「ただのOL」
調達班に防衛隊。派閥なんてお構いなしに、怒涛のひそひそ話がおっ始まる。なんだ? そんなに不自然な話か?
(ラセル刑事、ラセル刑事。創造性を発揮しろとのことでしたので、ここに“真里亞”さんの架空の半生まとめた1388ページほどの資料をご用意――)
「作戦に関する質問だけ受けつける。ないな? ならあとは・・・・・・せいぜい悔いが残らないように」
これが最後の自由時間になる。装備のチェックはもちろんのこと、心の折り合いだってつけなきゃならない。
髑髏面が音頭をとり、やや離れたところで防衛隊員どもが十字を切って祈りを捧げていく。ローンウルフの面々はいつも通り、ひとかたまりになって何がしか話し合っていた。
いま一度、設定を思い出してみる。俺はほんの3日前に出会ったばかりの異邦人、つまり単なる部外者に過ぎないのだ。特別、連中と親しい間柄ってわけじゃない。
ペトラが不器用に笑いながら、こちらにちょこちょこ手を振っていた。それに応じたいのは山々だったが、背を向けるしかない。
(よろしいんですか?)
ああ。どんなに心苦しくたって、これまでも危ない場面は多々あったのだ。うっかり兄と呼びかけたペトラの口、というか宇宙服のスピーカーをソフィアが慌てて塞いでいくこと数度。もう人前でリスクは犯せない。
ここで俺に疑いの目が向けば、作戦そのものが危うくなる。人間のフリをした人形発案の計画なんてものに、命を賭けるバカはいない。
ペトラがこれからも生きていくため、これも必要な犠牲だ。それでも胸に抱えた虚しさと折り合いをつけるべく、人目を避けて横の通路に入り込んだ途端、これだ。金色の髪をなびかせ、ソフィアがこちらに飛びかかったかと思いきや――やおら唇を重ねてきたのだ。
は? いや、なんつーことをッ!!
これが過日なら、ただのバカップルの凶行で済む。だがいまは他人も同然、色惚けにもほどがある。
「な、何を考えてんだ!!」
あわてて金髪褐色娘を引っ剥がし、周囲を確認。運良くも目撃者はいないらしい。
我ながら正当な抗議のつもりだったが、その顔を目にした途端みるみる尻すぼみになってしまった。どこまでも切なげで、哀切の籠った表情。
「やっぱ、違うんすねぇ」
失われた何かに思いを馳せてるような、その言葉がぽつりと溢される。
††††††
【“作戦前夜”】
「ラセルさんは、うちのどこが好きだったんすか?」
躊躇という概念を見失ったらしいソフィアが、いきなりとんでもない話題をぶち込んできた。
シスターの愛娘って威光のなせる技か? はたまた陰キャ集団、ローンウルフ・スクワドロンをひるませるほどの陽の空気が功を奏したのか、謎の部外者と食事するとこいつが言い出しても、誰ひとり反対することができずにいた。
まあ、元からそういうタイプだしな。強力な助っ人と親交を深めるべく・・・・・・って、お題目のもとの家族団欒。ソフィアの真の狙いは、俺とペトラが一緒に飯を食える口実を用意すること。てっきり、そうだとばかり思ってたんだがな。
お湯でふやかせば、出力直後のサイコロ形状だって気にならない。フードプリンター全盛のいまでもインスタント・ラーメンってのは、その味もあいまり屈指の人気メニューとして君臨しつづけていた。
キャンプ用のステンレス・マグにそんな麺類を突っ込んで、ベッドの陰に隠れながらの夕食会。そこにふって湧いた話題がこれだ。宇宙服からバブルボールに移り、あぐらをかいてスープを啜ってたペトラすらも、ぱちくり目を瞬かせていく始末。
「それで・・・・・・ブラックアウトの解剖がしたいんだっけか?」
「へ? あ、うん、解剖というか・・・・・・
軽やかに無視を決め込み、わが妹と会話を交わしていく。その頃ソフィアはといえば、ただ黙ってジッと俺のことを見つめていた。なんだこの重苦しい雰囲気。
『瞳孔反応を観測中。ラセル刑事、ソフィアさんは98%の確率で、真摯な回答を求めているものと推測されます』
分かってるって。
『心残りは少ない方が、幸福度はより高まりますよ?』
いつもは空気なんてまるで読まない癖に、どうしてこう急に正論で畳み掛けてくるのか。俺の気まずげな脂汗を無視して、ぽつりぽつりとソフィアが語り出す。
「覚えてるっすか? うちが、調達班に志願したすぐのこと」
「・・・・・・俺が稽古をつけてやってた時期のことか?」
頷き。
「生まれてはじめて母に反抗して、人生賭けてやってやるんすって、せっかく意気込んでたのに・・・・・・ラセルさんときたら」
「なんだよ?」
「ランニングばっかり」
「基礎体力がなけりゃ、どんな高等テクを仕込んだって豚に真珠だろう」
「でもあれはないっすとも。来る日も来る日も、ひたすら車両基地の中を行ったり来たり。よりにもよって居住区の横をかすめるルートだったから、周りからの視線が痛くて痛くて・・・・・・」
それで折れるようならそこまでだ。そういう目論見があったことは、あえて否定はしない。
なにせ相手はシスターの愛娘。正直、持て余していたのだ。どんな裏があるのかと勘ぐっていたら、こちらが馬鹿馬鹿しくなるほど、ひたむきに訓練に励みやがって。まあ、それにも限度があったみたいだが。
「そんなんだからある日、ぷっつーんって堪忍袋の尾が切れちゃったんすよねぇ」
「そりゃまた生やさしい表現だな、人に決闘を申しつけといて」
中世じゃあるまいに。大真面目にこんなこと要求してくるあたりガキっぽいというか、未熟さの現れって感じだな。
「だって体力には自信があったすから」
まだ内心思うところがあるのか、微妙に不満げなソフィア。
「ランニングの不満は、ランニングで晴らそう。すったらラセルさん、普通にやってもツマラナイってあれこれ重しを担ぎ出して」
「実戦形式だ。
「・・・・・・プレキャリとかライフルとかだけならともかく、20リットルの水タンクを両手にひとつずつってのは、いくらなんでも」
「ハンデだ」
「トラムのタイヤを引き摺るのも?」
「ハンデだ」
「それでダブルスコアで負けてちゃ世話ないっすよ」
ソフィアが一周してる間に、俺はやっとで半周。最初は普通に走ってたが、ほどなく全身の関節がきしみだし、最後のほうはナメクジのペースで這い回っていた。
「なんていうっすか・・・・・・あー、この人はバカなんだなって」
い、行けると思ったんだよ。
「あのな・・・・・・それでも完走してみせただろうに。スピードでは負けたが、持久力じゃ圧勝だ」
「まあ、そうっすねぇ。最初は怒ってたはずなのに、だんたんと呆れを通り越して、逆に応援したくなっちゃったんすよね」
うろ覚えだが、そんな展開だったような気もする。
車両基地100周勝負。だがすくなくとも俺が30周する頃には、とっくにソフィアはゴールラインを切っていたはずなのだ。なのに俺の無様を嘲るどころか、がんばれと声をかけ、水のボトルまで寄越してくる始末。
次の日からはこれまでの鬱憤が嘘のように、明るく振る舞うようになっていた。
「それが、うちがラセルさんを好きになったことの経緯ってやつっすよ」
甘酸っぱい恋バナに花を咲かせてる。それにしては、まるで葬式のあとのようなしめやかさが場に満ちていた。そんなこともあったと、この世にいない誰かを懐かしんでる。そんな塩梅だ。
「・・・・・・俺がお前に近づいたのは、シスターを牽制するためだった」
ここで綺麗事を並べ立てても、逆に不誠実なだけだ。
縮こまってるペトラには悪いが、もうしばらく続けさせてもらう。ソフィアの奴が人生の次の段階に進むためには、どこかで区切りってやつが必要になる。その機会が今なのだろう。
「知ってたっすよ」
晴れやかに、やっと肩の荷が降りたとばかりにソフィアが微笑む。
「そういう罪悪感は、もっとちゃんと隠さないと。うちみたいな小娘に見抜かれるなんて、失格っす」
「・・・・・・怒り狂ってもいいんだぞ」
当然の権利だ。だが金髪褐色娘は肩をすくめて、やれやれと首を振っていく。
「それでも好きだったすから」
「そうか」
「それに、ただの打算だけなら命懸けで
やめろやめろ、そうやって人の心を見透かすの。俺だってもうちょっと、上手くやれると思ってたんだよ。
純真無垢な小娘を誑かすろくでなし。それがいつしか、立場が逆転していた。なにせ一度は死んだはずなのに、こうして守ってやろうとわざわざ舞い戻ってくる始末なんだからな。
ソフィアはずっと、過去形で話をしていた。終わったことに区切りをつけるため。やはり俺には、そうとしか映らなかった。
††††††
【“作戦当日”】
「もう、違うんっすよねぇ・・・・・・」
しばし人の胸に突っ伏していた金髪頭が、ふっと遠ざかる。言えた義理じゃないかもしれないが、それでも。
「幸せになれよ。強圧的な母親や、それに輪をかけてろくでもない男なんかに頼らず、自分の道を行け。お前にはそれだけの力がある」
「なんすかそれ・・・・・・死んでから大人ぶって、ほんとズルいんっすから」
鼻をすすって一息ついて、ぱっと上げられたソフィアの顔は、どこか晴れやかだった。
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