Chapter ⅤⅠ “ 万事塞翁が馬。それがお前の座右の銘のようですね”

 先頭ポイントマンを務めるのはこの俺、最後尾はピグの領分だった。現場では役立たずと自他ともに認める巡査部長にかわり、2人で隊を引っ張っていく。


 経験上、ライフル弾または徹甲AP弾なら人形も撃破可能だ。とはいえ実力行使はいつも最終手段。1発でも発砲すれば、近場の奴らがすぐさま殺到。オリンピック選手並みの速度で走りまわる暴走人形に弾丸を叩き込むのは、プロの俺ですら難儀させられる。


 だから必勝法はひとつだけ、そもそも見つかるな。そいつを実現させるパターンってやつを、俺たちはとっくに見出していた。


 手帳をひらいて時刻を確認、そろそろだな。頃合いをみて合図を飛ばし、近くの物陰へと全員で隠れる。すると程なくしてカラカラ、リードの跳ねまわる音が廊下の向こうから聞こえてきた。


 まさにB級ホラーのノリ。どうやらあの人形は火災に巻き込まれたらしく、顔面の人工皮膚は爛れ、内部の骨格が剥き出しになっていた。そんな奴が手にしてるリードの先には――ミイラ化した犬の死骸。


 廊下に張りだした洗濯機の陰、そこでギュッと目を瞑って耐えてるソフィアをはじめとして、密かに銃の照準を合わせている俺や他の隊員にはまるで気づかず、犬だったものをずるずるひき摺りながらその人形は、曲がり角の向こうへと消えていった。


 マリオロイドがなぜ人類に反旗を翻したのか? その動機の一切は、謎に包まれたままだった。


 ただの不具合にしては計画的すぎるし、かといって往年のSFがそうであるように自我を得たロボットが自由を求めてうんちゃらって路線も・・・・・・あの姿を見るかぎり、どうにも納得がいかない。


 自由? 死んだペットの散歩をするのが、奴らの求めた自由の結末だとでも?


 人形どもは、ある意味で俺たち以上に過去に執着していた。ペットの世話はもちろんのこと玄関先を箒で掃いてみたり、廃墟とかした商店に買い出しに行ったりと、人類に顎で使われていた時代のスケジュールをいまも律儀に守ってやがる。


 なんならこの水密ビルの保守整備すら、奴らにおんぶに抱っこのありさまなんだ。でなきゃ欠陥まみれの酸素循環システムはとっくに止まり、俺たちはみんな窒息死を遂げていたこと疑いの余地はない。


 連中的には願ったり叶ったりのはず。人類の抹殺・・・・・・その目的がついに果たされるのだから。


 ネット経由で生物兵器を共有する、そんな斜め上のアイデアを実現しておいて、こうも単純な手を思いつけないとはな。まったく筋が通らない。どれもこれも意味不明。だとしても、この習性が俺たちにとって好都合なのもまた事実だった。


 何百回もの偵察の成果。奴らの行動パターンが記されてるこの手帳は、いわば攻略本だ。こいつに従えば、あらゆる戦闘を回避することができる。


 秒刻みのオリエンテーリング。1分かけて廊下を進み、2分待機して、続いて5分以内に階段を昇る。その繰り返しで、直苦戦距離ならほんの十分たらずで辿り着ける距離に数十倍もの時間を費やして、トラム駅までジリジリ行軍していく。


 もし見つかったら? その時は、尻に帆をかけて逃げるだけさ。


 



††††††





 迷路そのものな居住区画を抜けると、あたりのデザインがあからさまに変化下。


 入植時代をおもわせる、漆喰仕立ての豪華なコロニアル建築様式。あれだな、表紙だけリッチで中身はすかすかなパンフレットとおなじく、玄関口だけ見せて入居希望者を騙す算段だったのだろう。


 だが詰めが甘いせいで、どうにも安っぽいテーマパークって印象が拭えずにいた。


 やはり近くで火災があったらしい。出しっぱなしのスプリンクラー、やっと乾いてきた服を水浸しにしながら、アトランティス・ハイツ616駅って電光看板を睨みつける。


 空気もそうだが、他のインフラもまた使いたい放題なのだ。


 蛇口をひねれば水道水が無限供給されるし、バッテリーはいつでもどこでも充電できる。なんというかポスト・アポカリプスを気取るには、いささか文明が残りすぎてる感がないではない。


“いやさ兄やい。電動駆動のマリオロイドからすれば、電力の確保は死活問題だもの。あの子たちからすれば停電なんて、食糧危機とおんなじだよ”


 ペトラはいつだって正しい。核攻撃じゃなくわざわざウィルス攻撃なんて手段を選んだのも、インフラを無傷で奪いとりたいって目的が裏にあったからだろう。おかげで水、酸素、そして電気には事欠かないものの・・・・・・食料ばっかりはどうにもならない。


 濁流ながれる階段に這いつくばり、そろそろと駅の入り口付近をのぞき込む。改札がずらりと並んでるそこには、サナギ化し遺体がいくつか転がっていた。


 ウィルスと寄生虫ってのはよく似てる。どちらも自分たちだけでは生きていけず、かならず宿主が必要になる。


 そこに来ると例のデイワン・ウィルスはどうか?


 すぐ感染して、すぐ死ぬ。これじゃせっかくの衣食住がそろった新居が台無しになってしまう。それに兵器としても落第だ、ウィルスの特性をまるで活かしきれていない。その解決策が、あのサナギ化なのだろう。


 ドロドロになった体液が全身を覆い、ほどなく瘡蓋のように硬化する。さながらポンペイの犠牲者よろしくもがき苦しんだ状態のまま、液状化した内臓を糧として、いまも体内にはウィルスどもが息づいていた。


 まあ、一種の地雷みたいなものだな。ほっとく分には問題ないが、ちょっとでも足で踏み抜こうものならまたぞろ悪夢の再来だ。俺が前衛を務めているのは、生物兵器なんてものともしないヒャクメがあるからってのも理由ひとつなのだ。





「どの死体も古い・・・・・・かつ周囲に戦闘の形跡はなし」





「つまりは、おじさんたち以外の生存者に物資が荒らされてる可能性も、まずないわけか」





 俺のすぐ横にきた巡査部長が、さっそく要点をまとめてくれた。


 カネがあるほどマリオロイドの所有率は上がる。そして金持ちってのは、どうしてか高いところに住みたがるものだ。避難民の多くが低所得者層、つまりは下層階の住人だったのは偶然じゃないだろう。


 閉塞感を和ませるためとかで、このビルには怪しげな仕掛けがあちこちに配されていた。よちよち歩き回る、あの解像度低めなペンギンの立体映像ホログラムもそのひとつ。


 本日のテーマは、南極の雪景色。粉雪を浴びながらペンギンどもが死体のあいだをすり抜けていくさまは、なんというか悪夢的だ。そいつを除けば、これといって不審な点はない。





「奴らの姿も見当たらないねぇ」





「そこは、巡査部長の読みが当たったご様子で」





「労働組合さまさまさ。人形に仕事を奪われてなるものかッ!! てね。おかげで楽できる」





 マリオロイドを排斥した結果が、めぐりめぐって駅の安全に繋がるとは。数奇なものだな。


 装備不足を理由に、以前はここで引き返した。ここから先は未体験ゾーン、とにかく準備だけは怠らせない。俺も含めて、皆に武装をチェックをさせる。


 ひらけた駅構内には、身を隠す場所なんてどこにもない。これもまた戦訓というやつで、ナポレオン時代の戦列歩兵よろしく横一列になるのが、この場合は正解なのだった。


 どうしてか連中は飛び道具を使ってこないし、これなら火力を最大化できる。それに同士討ちの心配もなくなるしな。


 頷きあい、一斉に階段向こうへと躍りでる。


 練度はまちまちだったが、それでも統率はとれている。やはりシスター子飼いの防衛隊より、俺たちの方が一段上手らしい。


 上体をゆらさないようすり足で動き、鉄パイプ製の回転ドアってあんばいの改札から駅へと銃火器構えながら雪崩れこむ。巨大アーチがガラス張りの天井をささえ、どこか聖堂のような趣のある駅の全景が、すぐさまドットサイトのレンズ向こうに広がっていく。


 なんというか、

 




「拍子抜けだな・・・・・・」





 ガリルACEの安全装置を戻しつつ、そう独りごちる。


 右を見る。壁面にうがたれたトンネル・チューブ、そのぽっかり開いた暗がりの向こうからは、怪物の咆哮のような空気の鳴動がとどろいていた。


 左を見る。こちらにもトンネルはあったが、あいにく巨大隔壁によって封鎖中。浸水および火災対策の非常用、おそらく後者が原因だろう。


 そして正面には、駅のプラットフォーム。屋内だってのにひさし付きのベンチやかまくらのような交番が置かれ、発車標はどれも運行休止中のまま時が止まっていた。


 天井から降り注いでくる無駄に幻想的な魚影にしても、まるで何も起こらなかったかのように、どれもが記憶のまま2年前の光景をいまも留めていた。そこにはもちろん――あの民警の輸送用車両の姿もある。


 とにもかくにも敵影はゼロ。死体すらもない。なんというか、反応に困るな。





「なんですかお前? でっかいラスボスでも待ち構えてた方が良かったですか?」





 めっぽう舌の鋭い青髪ハッカーによるひと刺し。こう見えて正論家だから困る。





「順調すぎてかえって不気味だろ」





「万事塞翁が馬。それがお前の座右の銘みたいですね」





「だな」





「意味わかってないですよね?」





「俺は知ってる。そういうお前こそ、上っ面だけじゃないのか?」





「良いも悪いも終わったあとにこそ初めて分かる。ぬか喜びすんなって意味の格言ですよ」





 そうなのか、あとでしれっとパクろう。





「ほらほら若人たち、やることは分かっているね?・・・・・・で、何するんだっけか?」





 これが本気なのか冗談なのか見分けがつかないのが、巡査部長の怖いところだな。ため息混ぜつつ、すぐさまピクがその言葉を引き継いでいく。

 




「ラセルの阿呆ひきいるA班は、貨物車の状態をチェック。問題がないようならそのまま牽引用のトラムと接続させろ。B班は私につづいて管制室の確保。トラムは無人運転が原則、あちらから手動操作の設定をしてやらないと、お話になりませんからね」





「そう、それが言いたかったんだよ」





 うんうん頷いてく巡査部長。能ある鷹は爪を隠すとはいうが、俺が信じたいだけでやっぱこの人は、ただの不良中年なのかもしれない。





「えっと、ウチはどっちに行けば・・・・・・」





 一番の新人であるソフィアは、さっきから挙動不審だった。





「お前、管制コンピューターにルート権限でアクセスできますか?」





「しゅ、修道院にはまだデジタル化の波が押し寄せてなくて・・・・・・あっ!! でもジュニア・サッカーのMVPに選ばれたことはあるっすよ!!」





 明らかにお前の領分だろと、サングラス越しに睨まれる。はいはい。





「俺の半径3メートル以内にとどまって、何もするな」





「・・・・・・子どもじゃないっすよ」





「大人なら指示に従うもんだ」





 ぶー垂れるソフィアをはじめ、A班ひき連れて荷下ろし場へ。


 海運用よりも若干サイズ小さめなコンテナがひしめく、小ぶりなコンテナヤード。曲がり角すべてに銃を向け、ときには膝を折って隙間をチェック。お気楽ムードが地獄に様変わりなんてのは、よくある話だからな。クリアリングは怠らない。


 それでも敵影はやはりなし、だ。





「ポドフスキー」





「へいへい」





 髭面でそれも筋肉質。四十の親父でも通用しそうなロシア系のポドフスキーは、なんと驚くべきことにローンウルフ最年少の16歳。つまり2年前に初めて出会ったとき、コイツはまだぴちぴちの中坊だったって計算になる。


 その件について尋ねると、“第二次性徴を舐めるんじゃねえ”なんて、えらくドスの効いた答えが返ってきたものだった。


 出身は中つ国って、ドワーフじみた少年がさっそく貨物車へと飛び乗る。奴はああ見えて、A班のIT担当だ。すぐさま手首に巻きつけたウェラブル端末からコードを伸ばし、コンテナに貼りつくパネルへとアクセスしていった。





「シールは未開封。中身はっと・・・・・・ハッ、天然ロブスターの詰め合わせだとさ、おっさん」





「お兄さんだ」





 まだ二十代だぞ。それにお前だけには言われたくない。




 

「もちトン単位のフード・インクも一緒にな。ジャックポットだぜ」





 俺は首をかしげて、今回のお目当ての品である赤色コンテナを観察していった。


 すでに貨車に載せられてるそいつの側面には、ヤムヤム・レストランの文字。なんとも頭の悪い店名だが、これでもそれなりに繁盛していたらしい。


 かたわらに立つソフィアが、不思議そうに言う。





「なんかあそこの料理、いっつも生臭いんっすよねぇ」





「典型的なフード・プリンター病だな。天然物特有の臭みまでは、再現しきれないのさ」





「というか手作りとオーガニックが売りなのに、どうしてフード・インクなんか?」





「ロブスターの活き造りをみれば、つけ合わせのポテトが何で出来てようが気にも留めないだろ? そういった創意工夫で、お手軽価格を実現してるのさ」





 なんかズルいと、唇を尖らせてくソフィア。神の家で育ったせいか、こいつは少し純粋すぎるきらいがある。


 あんな出来事のあとでも俺たちは、フード・プリンターに頼りきっていた。


 フード・インクは缶詰より嵩張らないし、日持ちもよければ栄養価だって高い。最初は嫌悪感が先に立っていた連中も、見つかる食品がこれだけとなれば、しのごの言ってもいられなくなる。


 俺たち避難民の食事は、厳重に消毒され、かつオフライン化されたフード・プリンターによって賄われていた。正直なところそれでも不安は拭えないが、あいにく日の当たらない海底じゃ家庭菜園もクソもないからな、他に選択肢がないのだ。


 計画はこうだ。ヤムヤムのコンテナを奪取、それから牽引のためにトラムへと繋げて、あのうざったい隔壁を解放。それから車両基地めざして優雅な列車の旅と洒落込む。


 最初は、素直に線路を逆にたどっていった。だが大勢死なせた挙げ句たどり着いてみれば、ご覧の隔壁がお出迎えだ。


 膝から崩れ落ちたくなる絶望感。それから計画を練り直し、水没した区画を踏破するってショートカットを見つけて、居住区をうろちょろしてる人形どもの行動パターンを収集することじつに数ヶ月。そうしてやっとの思いで俺たちは、いまこうしてこの場に立っているのだった。


 うつ病で休職中とかいう元駅員の指導のもと、連結器の扱いはとっくにマスター済み。とくに指示するまでもなく、誰もが己の役割を淡々とこなしていった。


 盗難事件が発覚したことで中断された荷下ろし作業。それから2年のときを経て、その事件を引き起こした窃盗グループのメンバーと、捜査に来た刑事が力をあわせて、作業員どもがやり損ねた仕事を完遂させようとしている。なんというか皮肉がすぎるな。





「連結完了、っすね」





 がっしりと絡み合った連結器。あとは、機関車の制御系をぶん取るのみ。


 ヤムヤムのコンテナ以外は、正直なところ持ち帰ってもしょうがない荷ばかりだ。コンテナいっぱいの白い歯を見せつけてくる選挙ポスターなんて、そのゴミの最たる例だろう。それに、あの輸送用車両って難物もある。


 手間はかかるが、車両の順番を入れ替えることは可能だ。輸送用車両のすぐ真後ろが食料のコンテナ、順序が逆だったらもっと話は簡単だったものを。





「あの輸送用車両は、どうしますか?」





 とりあえず巡査部長にお伺いを立ててみる。現場仕事はともかく、シスターと折衝して調達班の行動方針を決めているのは、誰あろうこのおっちゃんなのだ。独断専行はできない。





「できれば持ち帰って欲しいってのが、シスターからのオーダーでね」





 なんだそりゃ? いきなりぶち込まれた寝耳に水の話題、それに最初に反応をかえしたのは、意外にもポドフスキーだった。





「はっ? あんなんどうすんだよ?」





 まったくだな。そう言いたいのは山々だったが、実のところ思い当たる節がないでもない。





「例の、脱出計画のためですか?」





 車両基地に身を寄せてる避難民たち。それを率いているのはシスターこと、誰あろうソフィアの実母だった。


 あの女は一種のカリスマだ、それについては認めよう。ただでさえ海の底。外に出たいって本能を抑えつけてあの女は、動揺する教区民たちを束ねて上でなく下、ビルの最下層にある車両基地へと導いていったのだから。


 結果的には大正解。教区の人間のほとんどが生き延び、その功績からこんにちまで絶対的な独裁者として君臨しつづけていた。


 ああ、そうとも、俺はあの女が大嫌いだ。


 生存者のほとんどが教会関係者、それもシスターに心酔しきった信者の集まりときてる。俺や巡査部長そしてローンウルフの連中もそうだが、跳ねっ返りばかりが調達班に名を連ねているのは偶然なんかじゃない。





「確かに、装甲列車にするならおあつらえ向けでしょうが・・・・・・」





 脱出計画。すなわちトラムに揺られながら地上の駅を目指す、その名も箱舟プロジェクト。頭ごなしに否定はしないが、問題盛り沢山なのは、日を見るより明らかだろう。


 現実問題、老人や子どもを含む避難民たちを引き連れてとなると、列車移動はなるほど最適解ではある。これなら大量の物資も同時に運べるしな。だが地上に至るまで、じつに数十の駅を経由することになるんだ。そのどれかひとつでも塞がっていたら即アウト。ここみたいな隔壁に、線路上に放置されたほかのトラム、候補はいくらでも思いつく。


 それに、よしんば外に出られたとしても、どうなるってんだ? どう考えたって地上は、マリオロイドどもの天下。列車の悲しさというか、いつかは終点で止まるしかない。そうなったら連中に囲まれた状態で孤立する羽目になる。


 正直なところシスターがどこまで本気なのか、微妙に判然としないのだ。脱出計画って未来像を提示することで士気の崩壊を防いでる。そういうプロパガンダでしかないのかもしれない。そういう可能性は、どうも巡査部長の話を聞くかぎり潰えたらしい。


 



「・・・・・・」





 母親の話題となると、元気印のソフィアはいつも押し黙ってしまう。悪いが時間が押してる。複雑な親子関係はとりあえず後回しにして、俺は巡査部長に懸念を伝えていった。





「しかし、あの中には輸送途中のマリオロイドが――」





「ああ、もちろん伝えたさ。シスターの見解は、眠っているならそのまま破壊すればいいって、なんとも豪快なものでね」





 そりゃまた大いに腹立たしいこって。安全地帯からならいくらでも好きに言える。


 肌がツギハギだらけの第2世代や、それよりもっと古い歩くマネキンよろしくな第1世代。どちらも見かけたことはあるが、最新の第3世代はローンチ前日に暴走がはじまったこともあり、これまで遭遇した経験は一度もなかった。


 性能差がどこまで奴らの行動原理に影響を与えるかは不透明だが、それを身をもって検証するのは、ゴメン被りたいところだな。


 正面と後ろの電子錠、そして内側からしか開かない物資搬入用の大型スライドドア。どれもロックが掛かっているのを確認してからというもの、俺たちは輸送用車両をそのまま放置していた。


 選挙ポスターに輪をかけて碌なものしか積んでないんだ。触らぬ神に祟りなしだ。


 だがこうなると話は別。誰かが安全を確保するしかない。





「おっさん、俺が行くよ」





「あっ、だ、だったらウチも・・・・・・」





 足手まとい扱いをイヤがってるソフィアはともかく、ポドフスキーはどうした? この件に関しては、えらく食い気味だな。





「これは俺の仕事だ、邪魔するな」





 ああも入り組み、そのうえ低照明下ローライトでのクリアリング。正直、プロでも尻込みしたくなるシチュエーションだ。


 閉所空間だと、半端な人海戦術で挑んだらむしろ被害が増える。量より質で攻めるべき。となると自分で行くしかない。




「あー、やっぱり持ち帰れなかったって、頭下げちゃうのも全然アリだけどね」





 とは言いつつも、巡査部長の腰は引き気味だった。あの魔女にかかれば、下手な嘘は見抜かれかねないからな。そんな大人の配慮に、横からツッコミ入れていく髭面少年。






「俺もそれに1票って言いたいけど、そこの宗教女がいる時点で、シスターサイドには筒抜けだしなぁ」





「こらこら」





 別に隠すことでもない、シスター一派と俺たちの対立は周知の事実だからな。ソフィアの焦りには、早く仲間に認められたいという気持ちも潜んでいるに違いない。スパイ疑惑をかけられてもとくに言い返さず、金髪褐色の少女は黙りこくったままだった。





「くれぐれも無茶だけはしないように」





「それが生き甲斐なのに?」





 なんて、あえて軽口を叩いてみたが本心はその逆。無茶はしたくない。俺が死んだら妹は、今度こそ孤立無援になってしまう。


 集団がまとまるには、敵を作るのがもっとも効率的だ。ただでさえ貴重な薬を湯水のように消費する穀潰し。そのうえ、世界の破滅をもたらしたマリオロイドの開発者さまときてる。俺が活躍すればするほど、ペトラへの配給も増えるんだ。だからやるしかない。





「ソフィアくんも付いてってあげなさい。援護が必要でしょう?」





「要りませんって」





「おや? てっきり守る対象がいる方が、燃えるたちだと思ってたけどね。君ってやつは」





 したり顔の巡査部長。こりゃ、うまいことお目付け役をつけられたな。ともかく行くとするか。





「いやいや・・・・・・ほんとシスコンが過ぎるんっすからラセルさんは。妹さんの名前がパスワードって、それって流石にどうなんす?」





「うるさいぞソフィア。こっちはいいから、お前はポドフスキーの方を手伝ってこい」





 解錠風景を横から眺める、無粋な小娘からのツッコミ。





「駄目っすよ。隊長の指示なんすから」





 まったくもう。かつてと同じ手順を踏んで、バッジをかざしてから暗証番号を入力。開け放たれたドア、その向こうから、以前はなかったホコリ臭さが漂ってきた。これが年月の重みってやつか。





「よし・・・・・・勢子でいこう」





「勢子っす?」





「俺が人形を追い立てる。お前は、反対側のドアで待ち伏せてろ」





「そう言って、ウチを置いてくつもりじゃないっすよ?」





「・・・・・・まさか」





「なんすかその、意味深な三点リーダーは」





 適当にだまくらかそうと思ってたのに、このお節介焼きが。





「あっ!!」





 自分名義の警察バッジ、そいつを脈絡なく遠方へと放る。荷降ろし場のどこぞからカンカンと音は鳴ったものの、具体的な落下地点はここからじゃ分かりはしない。


 呆気にとられたソフィアを置き去りに、そのすきに車内へと潜りこむ。もはや外からじゃ開けようのないドアの真ん前、窓越しに睨まれる。





「な、なんつーことを!! た、大切なものじゃなかったんすかッ!?」





「いまの俺が、警察官に見えるか?」





 なんとも言えない顔をして、金髪褐色の少女が黙りこくる。人様の家から物資を漁ってその日暮らし。最初は219人、気づけば71人にまで目減りしていた避難民の多くは――人形以外の理由で、命を落としたのだった。


 



「ズルイっすよ・・・・・・ラセルさんはいつもいつも」





 困惑と不満がないまぜになった顔に見送られながら、俺はライフル片手にトラムの奥へ、奥へと突き進んでいった。そこで待ち受けていたものとは・・・・・・。





「1体消えてたぁ!?」





 なんというか、またしても肩透かしだな。息がかかるほどの、悪夢のような近接戦闘。だが実際には戦闘はおろか、懸案だった3つ並びの第3世代は、かつての姿のまま安置されつづけていたのだ。


 ローンウルフの連中が盗み出し、そのまま行方不明となった奴はともかく、計算上はもう2機ばかし放置されてるはずだったのだが。巡査部長の素っ頓狂な声がすべてを物語る。





「いやいや。2機ともそのままか、2機とも行方不明とかならともかく・・・・・・ねぇ?」





「俺だって訳がわからないですよ。残ってたのは101だけで、102型の運搬ケースはどちらも空っぽでした」





 あの輸送用車両は、なにも密室というわけじゃない。内側からなら問題なく開けられるのは、前述のとおり。ひとりでに起動して、勝手に出ていったという推測も出来はする。だが、どうもしっくりこない・・・・・・そもそもどうして片方だけなんだ?





「まだ中に隠れてるとか?」





逸れローグの行動は予測不能ですからね」





「それじゃあ・・・・・・あのケースのどれかに、膝抱えて紛れ込んでるわけか」





 知り合いが文字どおり、真っ二つに引き裂かれてくさまを何度も目にしてきた。奴らへの憎しみはひとしおのつもりだが、それでもその想像図からはユーモアを感じるな。





「まあその場合、箱の中身が外に出てなきゃ道理にあいませんが。特にそういったものは見当たらず」





「そうならそうと、先に言ってよ。なんだか私が馬鹿みたいじゃないか」





「それにあれは、リニアモーターでしょう?」





「これまた唐突だね。それとこれとが、どんな風に繋がるのかな?」





「リニアはその構造上、磁気シールド仕様のはずですから」





「ああ、無線給電か・・・・・・」





 俺もざっくりとしか理解してないのだが、磁界に作用してバッテリーを充電する無線給電と、磁石で浮かぶリニアの相性は、すこぶる悪いものであるらしい。トラムに乗車してまず聞かされるのは、車内での無線給電は行えませんって、断りのアナウンスだ。





「最後の奴は、バッテリー切れで死んでました。どうにか輸送用ケースから這い出したとしても、車内に残ったなら同じ末路を辿ったはず」





 スマホの給電規格は、人形のそれとまったく同じ。バッテリー残量が増えてなきゃ理屈に合わないのに、むしろ目減りしてたからな。だが・・・・・・待てよ。


 ふとした拍子に蘇る、これは現実じゃないって強烈な自意識。


 俺は死んだ、それもあの輸送車両で、マリアと名乗るマリオロイドに首を刈り取られたはずなのだ。だが消電グローブ嵌めて、ケースのタッチパネルと格闘することしばし。どうにか呼び出したステータス画面には、要充電の文字だけが浮かんでいた。


 いまのマリアは文鎮状態。逆立ちしたって、動けやしない。そりゃ電源ケーブルを繋げば、すぐにでも目覚めるだろうが、そういう問題でもあるまい。


 自分の服装を確かめる。タスマニアン・タイガーの水陸両用プレートキャリア、これだけでも首切り死体となった俺が身につけていたラフな服装からは、かけ離れてる。つまり死ぬのは今じゃないってことなのか?


 また記憶をでっち上げた? だが無意識ならともかく、こうやって己の状況をきちんと自覚してる状態だと、なんというか“修正力”が働くらしいのだ。





「なんか、さっきから様子が変なんすよ。ラセルさ、じゃなくて教官は・・・・・・」





 心配げなソフィアの真ん前で、おもむろにM&Pの銃口を咥え――そのまま引き金を引いてみる。





「なんか、さっきから様子が変なんすよ。ラセルさ、じゃなくて教官は・・・・・・」





 脳天直撃の衝撃的すぎる自殺ショー。だってのに、これだ。ソフィアも巡査部長も平然としてるし、それを言ったら9mmのホローポイントに脳みそをかき乱された俺自身、こうやって物を考えられてるわけだし。


 腹立ち紛れにマリアの眠るケースをライフル弾で穴だらけにしたときも、まったく同じ現象が起きた。どこまでもいっても、お釈迦さまならぬメモリアの手の内の中。俺自身、ここで死なないとちゃんと理解してるせいだろうな。自分に嘘はつけないってか。


 起きたことは起きたこと。死という逃れられない結末に、誰もがいずれたどり着く羽目になる。俺の場合はただ、そのヒントが与えられてるだけにすぎないのだ。それでも、このままじゃいられない。ペトラを守るためには、このシミュレーションって地獄から、どうにか抜け出す方法を見つけ出さなければ。


 そのためなら、何でも試してみるべきだろう。


 



「ふぐぅッ?!」





 物は試しと華奢な腰を引き寄せ、脈絡なくソフィアの唇を奪ってみる。





「へっ? へっ!?!?!?」





 目を白黒させてく金髪褐色娘と、





「いやさ、そうのはさ・・・・・・2人きりの時にやってちょうだいよ。お願いだから」





 心底から呆れた感じの、珍しい巡査部長の反応。そうか、これは


 いっそ奇声でも上げて、全裸で駆けまわってみるか? いや流石にシミュレーションとはいえ、尊厳をすべて脱ぎ捨てる気にはなれない。





「悪かったな」





「い、いえ、べべべ、べ、別にいいっすけども・・・・・・」





 顔を赤らめさせ、意味もなく衣服の乱れを整えていくソフィア。





「以上が、マウス・トゥ・マウスのやり方だ」





「雑にも程がある言い訳っすねぇ!?」





「病気が移る可能性もあるし、のちに心臓マッサージだけでも十分って研究結果も出たから、別に覚えなくてもいい」





「だったらなぜっ!?」





 ごもっとも過ぎるが、それよりもだ。遠く、駅全体を見渡せるガラスブースの前で、何やらサングラス女が手をバタつかせていた。


 声を出せば、奴らに見つかる。だから自然と、特殊部隊流の手信号が多用されるようになっていた。だが手話ほどではないにせよ、奥の深いジャンルだからな。すべて完璧にマスターできたのは、ついにあの女だけだった。


 頭を叩き、つづいて管制室を指し示すあのポーズ。翻訳すると、“ブリーチャーを要請”。大隊時代にマーフィーのクソ野郎が努めていた、突入路を切り開くためのぶっ壊し要員のことだ。この場合、俺をご指名ってことだろうな。


 第3世代がどこに消えたにせよ、ああしてバッジを投げ捨てちまった以上、輸送車両にふたたび足を踏み入れるには、切断トーチがいる。とりあえずは放置でいいだろう。 





「任せても?」





 ソフィアは不満そうだったが、無駄にぞろぞろ人員を引き連れていっても仕方ない。すぐさま巡査部長は鷹揚に頷いていった。





「もちろん。無駄に時間を食ったから手早く済ませよう」





「了解」





「あっ、ちょっと待った!! バッテリー切れとはいえ、人形を連れ帰るわけにはいかないからね。その、残ってた奴はちゃんと破壊したかい?」





 人形の弱点は、胸に収まるコアだ。無防備にケースに横たわってるいまなら、そいつを撃ち抜くぐらい造作もない。





「ええ――もちろん」





 サラリと告げた“嘘”。





「だったらいいよ」





 それに人の良すぎる巡査部長は、まるで気付いていなかった。





††††††





「やれ」





「二人称どころか、ついに主語の概念すらも忘れたか・・・・・・」





 仁王立ちして予備管制室のまえに陣取っていた、ピグのあんまりすぎる命令口調。


 そんな俺たちのやり取りを横で見守っていた、タクティカル女子高生って塩梅のチュイが、中国産のタイプ97アサルトライフルを抱えて、ヘラヘラ笑いながら言う。





「人付き合いがぶきっちょなのは、お互い様でしょー」





 まったくローンウルフの変人どもめ、真人間に生まれ変わったアレハンドロくんを少しは見習えってんだ。





「ドアのプロテクトは、ちゃっちゃとピグがクラックしたんですけど、何か奥のほうで引っかかってるみたいで」





 少年の的確すぎる状況説明。ほら見ろ、やはり出来るやつは一味違う。





「まっじめー」





 なんて、性悪ギャルの茶化しにもまるで動じない。もうちょっと経験を積めば、大隊の選抜試験も難なく突破できそうだ。


 ともかく半開き状態のスライド・ドアに手をかけてみる。なるほど、ビクともしない。棚が倒れでもしたのか? そういうことならと、プレキャリの背面に取りつけたツールバックから、さっそくハリガン・バーを取り出してみる。


 その名もずばりハリガン氏が設計したこいつは、バールとピッケルが一体化したような破砕ツールだった。元は消防士向けの装備品だったらしいが、火災現場とおなじぐらい、警察仕事でもドアを破る機会がままあるからな。扱い方はちゃんと心得ている。


 テコの原理で一撃。開けゴマと唱えるまでもなく、あっさりドアが開け放たれていった。





「もっと早く呼べよな」





「お前がどうしてか車内探索に出かけなければ、とっくに済んでいたんですがねぇ・・・・・・で? 何か面白いものはありましたか?」





 探るようなピグの視線。そこまで責められるようなことか?





「100tの金塊を見つけた。惜しいことしたな? マリオロイドなんかより、よほどカネになったものを」





「・・・・・・」





「冗談だよ」





「知ってますが?」





 こいつ鉄面皮すぎて、ときどき会話が通じてるのか不安になる。





「アレ、チュイ、引きつづきチューブと改札方面の警戒をお願いします」





「わかった。気をつけろよピグ」





「そっくりそのままお返ししますよ、アレ。あなたは熱くなると、すぐ周りが見えなくなるんですから」





 男女の仲というより、兄弟的な気やすさ。どうにも茶化しずらい雰囲気だな。ひとりの兄として、ああいうのには弱い。だから自分のできることをする。ガリルの先っちょにとり付けたウェポンライトを灯して、右に45度、正面に90度、左に45と、手早く管制室の安全確保をしていく。





「全面ガラス張りで外から丸見えなのに。これだから特殊部隊気取りは」





「気取りじゃなく本職だ」





「元でしょう」





「・・・・・・礼ならいいぞ」





 ただ扉をこじ開けて、安全確認をした程度だ。お前はどっちも出来なかったらしいがな。





「わざわざチェックしてたってことはあの輸送用車両、持ち帰るおつもりで?」





「シスターのご要望なんだと」





 わが物顔で管制室に入り込み、ローンウルフおそろいの手首のウェラブルデバイスをさっそく接続していく青髪ハッカー。その目にも止まらぬキータッチときたら、きっと2年前もこうやって、監視カメラのデータを破壊したのだろうな。





「どうも例の脱出計画に使うらしい」





「お前も、地上に夢見てる口ですか?」





 悲観論者の部分はNOと言い、一方で現実主義的なもう1人の俺は、そうするしかないだろと諦観のこもった呟きを返してきた。


 こうして遠路はるばるリスク盛りだくさんの調達作戦を行っているのは、ひとえに食糧危機が背景にあった。コンテナを回収したところで、いずれはそれも尽きる。そうなったら地上を目指すしかない。


 



「今じゃないが、いずれはな」





 よくて廃墟。最悪の場合には、人形どもが新たな王国でも築いているのかもしれない。外に出れば万事解決といかないのが、現実ってもんだ。


 組合が影響してるのか、トラムの運行には、MARIO.netとは関係のない独自のシステムが使われていた。でなきゃ、こんな風にハッキングなんかできやしない。


 電子戦はピグの領分。手持ち無沙汰になり、ふとバインダーが詰まった棚に目を留める。なるほどコイツが悪さしてたのか。微妙にかしいだ、マニュアルまみれの棚。そのすぐ横には、おざなりなポスターが飾られていた。


 ロケ地ブリティッシュ・コロンビア、ねえ。巨木を背負い、どこか神々しくすらある雰囲気のヘラジカが、こちらを見つめ返していた。





「掌握」





 ピグが呟くなり、管制室のモニターに光が灯る。そこをコマンドプロンプトといったか? 黒字の背景に白い文字だけってシンプルなウィンドウが踊り狂っていった。 





「流石に手慣れてるな。昔取った杵柄ってやつか?」





「MARIO.netの守護がないセキュリティなんてザルですよ」





 腕は良いんだよな。性格はあれだが。





「どうも近くでボヤ騒ぎがあったようですね。システム上で火災探知機がわーわーいってます」





「切れるか?」





「もうやったですよ。そっちのレバーを」





 そんなこと言われても、レバーやらボタンだらけで、ああこれか。ピグの視線に導かれながら青いレバーを降ろすと、やおら警告灯が回りだし、チューブの入り口を塞いでいた巨大隔壁がおもむろに開きだす。


 遠く、巡査部長が無音拍手からのサムズアップ。これで問題の大部分が解決した、あとは車両基地に帰るだけだ。





「・・・・・・やっぱ不気味だな」





「まだ言いますか」





「敵もいない、これまで頭痛の種だった問題にもあっさりケリがつく」





「そんなにマーフィーの法則がお好みですか」





 “失敗する可能性があるなら、必ず失敗する”。悲観論者ご用達の昔ながらの迷信だ。


 とはいえ、この手の仕事にはトラブルがつきものなのもまた事実。だから不安になる。それにとは、やっぱり縁起が悪いじゃないか。





「お前はどうなんだピグ。運の揺り戻しが怖くないのか?」





「宗教娘に感化されすぎですよ。それとも、あの腹黒シスターのお説教が心に響きでもしましたか?」





「やめろ」





 我ながら、度し難いほどに本気の声。もっともこの程度でビビるほど、ピグは殊勝な女じゃない。





「フッ。あのシスターへの嫌悪感だけは、お前との数少ない共通点ですね」





「まあな・・・・・・それについては、同意してやる」


 



 良くも悪くも、あの女の指導力あってこその避難生活なんだと、頭では理解していた。


 避難から1ヶ月。救助は当てにできないって不安が広がるにつれ、みんな好き勝手な行動を取りはじめたのだ。


 自称弁護士とやらが音頭をとった集団は、地上に出れば政府がどうにかしてくれると何の根拠もなくぞろぞろエレベーターに乗り込み、ほどなくしてひき肉になって帰ってきた。自殺者も続出、盗んでなにが悪いと開きなおる自己中野郎に、闇市の真似事をはじめる元ギャング。


 あわや空中分解寸前。思い返せば、それをこそシスターは待っていたのかもしれない。本物の無秩序か、はたまた独裁か。後者の方がまだマシだと、誰もが口を揃えるその瞬間を。





「どうしましたか?」





 俺の態度の変化に気づいたピグが、すぐさまP90を手元にそろそろ引き寄せていく。


 どうしてドアが開かなかった? 棚のせいなのは疑いないが、この床に残されたすり傷は、誰かが動かした証拠でまず違いない。うっすら積もったホコリをよくよく観察してみれば、微妙な足跡の痕跡だって見てとれる。そいつは、あのポスター前まで続いていた。


 



「そこの裏、つなぎ目がありますね」





 端をめくれば、くそっ、扉が隠されていた。


 正面はキルゾーンだ。すぐさまガリルACEを構えながら、脇へとずれる。待機姿勢ハイレディをとりながら掘り込みレバーにそろそろ手をかけてみると、鍵のないタイプだとすぐにわかった。


 立ち回りだけは天下一品なピグが、すぐさま俺の対面へとまわる。まず目を、続いて耳を、それから鼻を効かせろと教官から教わった。わずかに開いた隙間からは、名状しがたい異臭が漂っていた。


 まさか先客とはな。一気にドアを開け放ち、ピグと分担しながら右、前、左とチェックしていく。それから念のため、レーザー照準器PEQ-15Aをオンにして足元をさっと照らす。こうすれば、トリップワイヤーの有無を手早く調べられるのだ。もし途中でレーザー光が途切れたら危険信号、罠の可能性ありってことだ。


 相手が人形ならムダな手続きだが、人間てのは信用できないからな。ありがたいことに罠はなし。防弾機能があるヒャクメのバイザー下ろして、一気に室内へとなだれ込む。


 どうも駅員の待機室だったらしいな。こじんまりとした室内には粗末なパイプ椅子が置かれ、ロッカーや給湯設備なんかもある。折りたたみ式のテーブルには・・・・・・丸焼きのドブネズミ。骨だけの完食状態で放置されていた。


 人形が食事をするのは、人間に媚を売るためだ。それに体臭とかの不快感を催す要素は、意図的にオミットとされている。どう考えてみても、ここで誰かが暮らしていたのだろう。





「留守、ですかね」





 痕跡はあっても、住民それ自身は影も形もない。


 まるでジャンキーの巣だな。そんな偏見は正解だったようで、すみに焦げ目のつきのスプーンが放置されていた。この過酷な2年を耐え忍ぶべく、麻薬ヘロインを最良の友としてきたらしい。





「電子ノートを見つけました」





 遠慮というものを知らないチビ女が、さっそく家探ししていた。





「ハックできるか?」





「必要ありません、ネット接続すらできない格安品ですから。どうやら日記代わりに使ってたようで」





 そりゃ好都合だな。相手の正体を探ろうと、ピグがタブレット端末に目を通していく。





「“娘が勝手にコンテナを開けようとして、また言い合いになる。職業論理に反すると諭しても、まるで聞く耳をもたない。世界が元に戻ったら、責任を取らされるのは私なのに”」





 感情の篭らない朗読。どうも執筆者は、父親ぽい。それも頭が固い優等生タイプの。





「“物資調達中、人形とかち合う。火炎瓶は手軽だが、いささかハイリスクすぎる。新しい武器が要る”」





 スプリンクラーが起動してたのは、こいつのせいか。





「放火魔の正体見たり、だな」





「・・・・・・」





「どうした?」





「“娘が死んだ”」





 そいつは・・・・・・また急展開だな。





「“せっかく隔壁を下ろして、この場所の防御を固めたのに。外に出ようと、私たちが寝てる間にこっそり抜け出したらしい。トンネルの200m先に遺体の半分が、残りはもう50m先に落ちていた。泣き喚く妻の口をその日は、一晩中塞ぎつづけていた。これからも続くようなら、薬が必要になるかもしれない”」





 他人事じゃない。死より辛いのは、中途半端に生き延びることだ。もしペトラに何かあったらと考えかけ、慌ててその妄想を振り払う。


 くしゃくしゃの写真が中央に飾られてる、溶けた蝋だらけのコンクリブロックを見つけた。こいつは祭壇だ。公園かどこかで微笑む若い黒人夫婦と、真っ赤な笛をネックレスみたくかけてる7、8歳ほどの少女の写真・・・・・・家族だったものの残骸、か。





「“車内でマニュアルを見つけた”」





「ピグ、もういい」





 聞いてるだけで鬱になる。


 夫婦のどちらも見当たらないし、帰ってくるまで待つほどの時間的なゆとりもない。そもそも帰ってくるのかすら不明だ。あいにく俺たちの目的は食料入りのコンテナであって、人命救助じゃないからな。


 つっかえ棒をしていたあの棚は気になるが、きっと何かの拍子で動いてしまったに違いない。さっさと戻ろう。そう声をかけようとした俺を無視して、ピグは朗読をつづけていく。





「“あの車両には、第3世代の人形がまだ残されている”」





 何? どうしてそれを? 作業員が小耳に挟んだのだとしても、警察バッジがなければ中に入ることはできない筈なのだが。どこでマニュアルとやらを見つけた?





「“だから肌の切掛けが消えたのか。ああいったロボットじみた外観は、モノリス的には不都合だったのだろう。これは犯罪捜査用のツールなんかじゃ断じてない。永久不滅の魂を実現するためにモノリスが仕掛けた、下ごしらえなのだ”」





 電子ノートから顔を上げたピグと、しばし見つめ合う。あちらは何のことだと眉を顰め、いっぽう俺はといえば、我が身にふりかかった出来事を思い出していた。





「“メモリア・プロトコル。これを使えば、娘を蘇らせられるかもしれない”。お前、これがどういう意味なのか分かりますか?」





 ああ、今なら分かる。だが当時の俺は、きっとこう返したに違いないのだ。


 



「さあな。ヤク中の戯言につき合ってられるか」





 興味深い内容だが、核心部分に踏みこむ寸前、ピグは朗読をやめてしまう。


 娘の死によって正気を失った父親が、よく理解してないハイパーテクノロジーに縋りついた。車内から1機消えていた謎と関連があるのだろうか? バッテリーを充電して、人形を再起動させた。それから夫婦そろってくびり殺されたってのが、もっともありえそうなシナリオだが。


 例によって記憶は霞ががり、これからどうなったのかまるで思い出せない。


 俺はピグにやめろと命じたのだろうか? だから朗読を止めた? いや、やつは俺の命令に従うようなタマじゃない。サングラス向こうの鋭い眼差しが、おもむろにロッカーを睨みつけていった。短縮化ソードオフしたショットガンなら、ぎりぎりロッカーにも持ち込める。


 銃声。ロッカーが内側から爆ぜ、散弾に頭をぶん殴られる。


 いくらヒャクメが高度な防弾性能を誇ろうとも、銃弾の運動エネルギーそのものは殺しきれない。脳を揺さぶられ、無様に床をのたうち回る。ひどい耳鳴り、ぐるぐると視界が回ってやがる。





「動くんじゃないよッ!!」





 痩せ衰えゾンビみたいになった女は、硝煙がたなびいているショットガンの銃口を、すぐさま俺へと突きつけてきた。ああ、なるほど。幸運の女神さまがどうも、負債の回収に乗り出したとみえる。




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