第13話

“元気でやっているか”

絵文字もない無愛想な文面から、温かな懐かしさを感じる。誕生日と父の日、それから帰省の際にしか連絡をしないはずの相手は、やはり遠くにいてもおれの異変に気付くのだろうか。

“仕事って大変やね、舐めとったわ”

もちろん、仕事以外にも要因はあるのだが。

母は心配性で頻繁に連絡をよこすが、どこか鬱陶しくさえ思う。しかし、父からの連絡があると何故か頬が緩む。色々と話してしまいたい気持ちと、カッコ悪いところは見せたくないと言う葛藤すらも、おれの目尻を垂れさせる。

“自分で決めたことや、負けるな”

クサいこと言うなぁ、とぼやきながらも、さっきまでの霧が少し晴れてきたのを感じた。


カランカラン

「おう山田、こっちだ」

久しぶりに会う上司は、少し小さくなったように思えた。

「わざわざ会いに来てくれるなんて、照れくさいな。可愛い女の子連れてきて、結婚報告か?」

その言葉に、さっきまで抱いていた緊張感と入れ替わって、耳が赤くなっていくのが分かる。

「初めまして、香澄といいます。残念ながら結婚の予定はまだありませんよ。」

笑顔で挨拶する彼女に、赤くなった耳がさらに熱を帯びる。台本にない彼女の対応に、頭が真っ白になる。彼女はチラリとこちらを向いたようだが、もちろんそれに応じる器量など持ち合わせていない。

「ははは、あの無気力だった山田が、すっかり大人か」

そう笑う北岡に香澄も笑顔で応える。逃げ出したくなる気持ちを抑え、台本通り北岡の近況から聞き出すことにした。

彼は栃木県にある子会社に異動後、ここでインソールの開発に携わっているらしい。インソールの魅力について語る彼は、外見こそ少し老けたが、あの頃と同じ目をしていた。

「北岡さんはなんで本社から異動になったんですか?」

多少強引だが、話題を台本に戻す。

あぁ、と浮かない表情で呟き、彼はコーヒーに口をつける。目線を宙に向けて話し始めたその内容に、おれ達2人は動揺を隠せなかった。


「がん…ですか」

表情こそ浮かないが、さらりと話す北岡に、思わず言葉がつまる。頭から煙が出るとはこういうことか。それを察したのか、香澄が心配そうな表情で続ける。

「今はお身体の具合、よろしいのですか?」

こちらの動揺を察したのか、北岡は明るい声で病状についても簡単に説明してくれた。

「医者から言われた時は、本当に落ち込んだよ。治療を考えると会社にも迷惑をかけるし、チームも走り出したばかりだったからね。」

一回り小さくなった理由や、心配させぬよう一身上の都合とだけ残した彼の話は、実に北岡という人間を表しているようにすら感じた。

台本にある吉井とのことについて、強引に聞こうとするおれに気がついたのか、香澄がインタビューを締めにかかった。

「今日はお忙しい中、ありがとうございます。無理なさらず、ご自愛ください。」

記者としての言葉か、台本通りの言葉か、あるいは。その名女優ぶりに言葉を失うおれに、北岡は驚いた顔を見せた。

「その靴、まだ履いてくれてるのか」

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