第12話
「アイスコーヒーでいいですか?」
店員顔負けの綺麗な声で香澄が尋ねる。おれが首を縦に振ると、彼女は店員に指を2本立てる仕草を見せた。カップルと思われたかな?そんなことを考える余裕はすっかりなくなっていた。
「吉井が実家に帰っていなかったっていうのは本当なの?退職して一回も?」
敬語を忘れていることに気付きながらも、心のざわつきを抑えられない。
「はい、大きな声では言えませんが、ご実家とコンタクトをとり確認しました。ただ、月に一度程度は連絡が来ているらしく、ご実家にはプロジェクトに参加して海外にいると話していたそうです。」
吉井はなぜ家族に嘘をついていたんだ?海外プロジェクトなんて社内で聞いたこともない。彼女の身に一体何が起きているんだろうか。高田の件で彼女との距離は少し近づいていたが、思えば連絡先さえ知らない。
「あんたは一体、何を知りたいんだ?」
聞きたいことは山ほどあるが、まずはこれを聞かなければ始まらない。そう思ったおれは、彼女の目をまっすぐ見て聞いた。
「あの事件の真相です。」
彼女もまた、おれの目をまっすぐ見て答えた。吸い込まれそうなその瞳からは、怒りや悲しみとは違う、知りたがりの少女のような、それでいて覚悟を決めたような印象を受けた。
「何がどうなっているんだ…」
簡素なテーブルの前に座り、おれは思わず天井を見上げる。テーブルには冷めたコンビニ弁当と、水滴をまとったビールが並んでいる。彼女と別れてから家までの記憶はないが、夕飯はきちんと買って帰ったようだ。
改めて事件の情報を整理してみる。北岡と吉井が不倫関係にあった。たまたま見つけた石川、砂川が、それをネタに北岡を脅迫、北岡は逃げるように異動となった。脅迫の矛先が吉井に向かい、それを知った高田が詮索を開始、それに気付いた石川達が高田を事故に見せかけ殺害した。やはり筋は通っているように思う。しかし何だろうか、どことなく引っ掛かりを覚える。
そもそも香澄は何を疑っているのだろうか。彼女が今日話していたのは、吉井のことだ。吉井が実家に帰らず、退職したことも親に伝えていないのは、心配をかけないため?だとしたらこれはある意味筋が通る。でも香澄はそこに何か綻びのようなものを感じていた。何なんだ?まだおれに話していない何かを知っているのか?
気付けばビールがまとった水滴は雫へと変わり、テーブルには小さな水溜まりが出来ていた。
これ以上首を突っ込む必要はない。そんな考えが、おれの頭に霧をかける。その霧を振り払うように、おれは缶ビールのタブを起こす。プシュッ、と言う乾いた音が、色味のない部屋に響く。
明日北岡さんに連絡してみるか?ふと携帯に目をやると、見慣れぬ相手から1通のメールが届いていた。
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