第11話

「おい山田、ここ間違ってるぞ!」

上司の声で現実に引き戻される。

「最近同じようなミスが多いぞ、何かあったのか?」

おれの教育係として面倒を見てくれている松本が、呆れの中に少しの心配を含ませこちらを見ている。香澄が訪ねてきた日から4日、正直仕事は全く手についていない。閉ざしていた扉から、少しずつ溢れてくる気持ちを整理しようと頑張っているが、その思いは頭の中で渦を巻きながら加速する一方だった。


「あれ、山田君タバコ吸うんだっけ?」

優しい口調で懐かしい声が聞こえる。

「青木さん…」

思い詰めた表情を察してか、青木は先の話題には触れず話を続ける。

「何か悩みでも?聞くだけなら僕でもできるよ」

こういう距離感の取り方は本当に見習いたいと思った。タバコに火をつけ、溢れかけた一口目の煙を口の中へと戻す様もカッコ良く思えた。

「実は、先日ある女性が…」

この男になら相談できる。そう思った心とは裏腹に、口は言葉を遮るように閉ざされてしまった。

「色恋かい?それは専門外だなぁ」

一瞬驚いた表情を見せた青木は、視線を窓の外に向けながらそうこぼした。そういえばこの人は結婚していたっけ?そもそもおれはこの青木という男を知らない、いや知らなすぎる。何かに引き止められるように、気付けばその場を繕っていた。

「そうですね、そんな感じです」

青木はそれ以上何も聞いてこなかった。しばらくの沈黙の後、青木は吸い終えたタバコの火を丁寧に消した。

「気が向いたら遊びにおいで、靴も見てあげるよ」

そう言い残し、懐かしい笑顔と共に去っていった。どうしてあの人に香澄のことを話さなかったのか、話せなかったのか。この時のおれにはそんなことを考える余裕すらもなかったように思う。


それから数日後、帰り道で香澄に声をかけられた。相変わらずおれの心にまっすぐ入ってくる声。彼女はおれの横を並んで歩きながら、連絡をくれないことに少しの不満をこぼしてきた。側から見ればカップルに見えるだろうか。そんな邪な考えも、彼女の切り出した本題に一瞬でかき消された。

「吉井が行方不明?実家に帰ったはずじゃ…」

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