第9話
自宅待機が明けてすぐに、俺は高田の墓を訪れた。返事をしない石に向かって、2度と同じ過ちを起こさせないと告げ、最後に深く頭を下げた。
「それは僕の仕事じゃないかな。」
見慣れない喪服姿で、少し照れくさそうに男が歩いてきた。
「青木さん…」
「しかし社長の肝っ玉には驚いたよ。普通、記者会見でわざわざ言うかな。」
運転席でタバコに火をつけ、いつもと違う雰囲気を漂わせる青木に、俺は目のやり場を探した。
「山田にも驚いたよ、書類の宛名で僕がチーフ代理だと気付くなんて。」
青木の顔は少し嬉しそうにも見えた。
「青木さんって何者なんですか?」
咄嗟に出た質問だった。これまで気にしていたわけでもないが、何故かその質問が自然と吐き出された。
「僕かい?僕はもともとフリーでSEをやっていたんだ。」
遠くを見つめるように、彼は自分の経歴を簡単に話してくれた。社長との出会いもSEの仕事を通じて生まれたそうだ。最初はフリーで仕事を受けていたが、ある企画を機にスカウトされたらしい。
「今やその企画部長ですもんね、カッコいいです。」
青木は少し驚いた表情を見せたが、また遠くに視線を戻し、煙を吐き出した。
事件の後、青木は企画部長に就任、スタッフも社内のベテラン数人で少数精鋭チームとなった。俺は社長との面接後、一般のランニングシューズ等の営業に配置転換された。吉井はもう1度自分を見つめ直すと言って、退職し実家に帰ったらしい。
「まだその靴履いてるんだな」
別れ際、青木が言った。
「最新技術のお陰か、疲れにくい気がするんです。愛着も湧いちゃったし。」
シューズの着用については自由にしていいと言われた。少し不安はあったが、何故か返す気にならなかった。
「企画が軌道に乗ったら、販売は君に頼むからね。」
そう言って笑顔を見せると、青木の車は行ってしまった。
俺がこのシューズを売るのか…
不思議な気持ちが込み上げてくる。ついこの間までは先の見えない自分にイライラしていた。そしてあの事件の中で、自分からいろいろなことに一歩踏み出した。高田のため?自分のため?あるいはこのシューズの意思で?答えは今の俺には分からない。もちろん進んだ先のゴールも。それでもおれは、『山田隼人として、胸を張って』一歩踏み出すと決めた、このシューズを履いて。この先に待ち受けるであろう数多の困難も、乗り越えていけると信じて。
空は晴れ。視界も良好。おれは家路へと一歩踏み出した。
西の空から忍び寄る分厚い雲に、気付かぬように、逃げるように。
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