第8話

「これはその、違うんです。あ、いや、今日はどう言った用件で?」

石川の泣き声にも似た問いかけには応じず、青木に視線を送る。青木は頷くと、社用ではないノートPCの画面をこちらに向けた。そこには、各スタッフのシューズ修理歴や訪れた場所、行方の分からない高田のシューズの場所も表示されていた。

「なんであんたがそのデータを…」

石川の声にならない声と、砂川が膝から崩れた音が聞こえた。

「青木には私から特命を出していたんだ。」

社長はなぜか、俺の眼を見て話し始めた。

「社内でとある噂を聞いてね。誰かが社員のプライバシーを侵害している、と。」

そこから社長と青木による説明が行われた。

チーム結成時から、機械に強くない北岡チーフに変わって、石川・砂川の2人がシューズのデータ管理、補修を行なっていた。2人は北岡にそれらしいことを報告し、興味本位で吉井のシューズにある機能をつけた。小型カメラだ。年頃の女性を覗き見るためだったが、そこで偶然北岡との関係を知ってしまった。石川はそれをネタに北岡を強請っていたようだ。北岡はそれに耐えられず、逃げるように子会社への異動を申し出た。話が明るみになるのを嫌った石川は、その矛先を吉井に向けたのだった。

吉井から相談を受け、高田がシューズとデータについて嗅ぎ回っているのを知った2人は、高田のシューズにも細工を施した。人工知能と最先端emsにより、高田は導かれるように天国へと続く道路へ飛び出し、帰らぬ人となった。脅す程度の細工で本当にはねられるはずではなかったという2人の泣きながらの訴えに、その場にいた誰も耳を貸すことはなかった。シューズを回収に行ったのはやはりこの2人で、細工を消すために持ち帰ったと白状した。


こうして事件の真相を知った俺は、社長の指示で1ヶ月間の自宅待機となった。ニュースでは最新技術の落とし穴とマスコミが囃し立て、謝罪会見の様子も映し出された。社長をはじめ、社内で会うことなど滅多にない役員たちが頭を下げ、あの日あの部屋で行われた説明が再度繰り返されていた。それでもこの開発は未来のために必要だと語る社長の姿に、人間としての違いを感じた。石川と砂川の2人は逮捕されたが、黙秘を貫いているという。言葉にできない感情を噛み締めながら、俺は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る