第6話
「おはようございます」
おれはいつも通り出勤し、いつものデスクに座る。いつもの赤べこ作業をこなし、社員食堂で1人昼食を済ませる。午後からはネット警察、配達係と、何も変わらない日常を過ごす。定時になると帰り支度をする。
「お疲れ様でした」
そういうと、俺は靴箱へ向かう。そして吉井の席を通り過ぎる際に、さりげなく挨拶をする。1枚の紙きれを吉井のデスクに忍ばせて。
「いらっしゃいませー、お待ち合わせですか?」
店員の案内に連れられて、吉井が個室に入ってきた。いつもとは違う私服姿に、不覚にも俺は目を奪われた。
「びっくりしたよ、着替えてここに来いだなんて。私てっきり山田君に嫌われてると思ってたし。」
そういうと、店員がおしぼりを持ってやってきた。吉井を遮って、俺は烏龍茶を2つといくつかの料理を頼んだ。
吉井は不思議そうな顔を見せたが、なにも聞いてこなかった。料理が運ばれ、2人で小さく乾杯をした。あの日高田と出来なかった乾杯。目頭が熱くなるのを感じながら、俺は烏龍茶をひと口飲み込んだ。
「高田からあの話、聞いた」
意を決して話し始めた俺の眼を、彼女は驚くこともなく、かといって何か言うわけでもなくまっすぐ見つめて聞いていた。
「あの靴がねぇ…」
話を聞き終えると、彼女はポツリとつぶやいた。
「だから俺、明日あの人に直接確認してみようと思う。」
俺の言葉に彼女は困った表情を浮かべる。
「やめた方がいいよ、山田君も危険な目に遭うかも…」
かすかに声が震えている。それでも俺は続ける。
「これは高田のためでもあり、俺のためでもあるんだ。自分の意思で前に進むために。」
彼女は何も言わず、水滴のついたグラスを見つめていた。そして、小さくため息を一つついた。
「分かった。私も覚悟を決めるね。」
彼女の表情から、さっきまでの困った様子は消えていた。
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