第4話
北岡チーフの退職から2週間が経った頃、今度は吉井が席を立つ回数が増えた。戻ってくる時間もバラバラで、時には少し震えているように見えたりもした。もちろん不思議に思ったが、苦手な女に声をかけるほど俺はお人好しではなかった。
そんなある日、珍しく高田から夕飯に誘われた。ウマが合うとは言っても所詮は他人、仕事を離れての付き合いなど今まではなかったからか、なんだか胸騒ぎがした。
金曜の飲み屋街は、いつもと変わらずの賑わいを見せていた。まぁ、そんなに外に出ていない俺にとっては、そのいつもも忘れかけていたのだが。指定された居酒屋の個室を開けると、彼はいつもと違う表情で一点を見つめていた。
「どうした急に、とりあえず生でええ?」
俺の言葉を遮るように、顔を上げた高田は言った。
「真面目な話がある、酒はなしにしてくれ。」
驚いた俺に高田は続けた。
「吉井のことなんだけど、最近あいつ…」
ガラガラと扉を開き、店員がおしぼりを持ってきた。話を遮られ不満げな顔で俯いた高田を尻目に、俺は烏龍茶を2つと一品料理を数品注文した。
「吉井と付き合っとるとか?」
茶化し気味に話す俺に高田は表情を崩さず話し始めた。
吉井が役員クラスの誰かに脅されていること、時には仕事中に呼び出されセクハラまがいの相手をさせられていること、脅しのネタは北岡チーフとの不倫だということ。
予想しなかった展開に、シラフのはずの頭がぐるぐる回る。何も返すことができず沈黙が続く中、注文したメニューが続々と運ばれてきた。乾杯など忘れ、落ち着くために冷え切った烏龍茶に口をつける。高田も何も言わずに烏龍茶を飲んだあと、さらに続けて話し始めた。
高田によると、吉井の異変に気づいて声をかけたが、最初のうちは何でもないの一点張りだったそうだ。そんなやりとりを続けたある日、吉井から夕飯に誘われ、高田はことの顛末を聞いたのだ。
「でもそれはある意味自業自得だろ?」
必死に取り繕う俺の言葉には触れず、高田は続けた。
「問題はその証拠なんだ」
高田の話に俺の頭は完全にショートした。
週が明けた月曜、いつもと変わらぬ景色を抜け、いつもと変わらず社員ゲートを抜ける。いつもと変わらないエレベーターを下りると、そこには明らかにいつもと違う空気があった。
「山田君おはよう、高田君のこと、聞いた?」
今にも泣き出しそうな顔で、吉井が問いかけてきた。
この前聞いたことは吉井には言わないほうがいいのか?そう思いながら、高田のデスクを見て、俺の頭はまた、完全にショートした。
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