第26話 逃走 2

 突然、接近してきた北朝鮮軍のジープが爆散した。

 同時にタツヤたちの頭上を黒い影が飛び去る。

 その黒い影を爆音が追いかけていった。

 割れたフロントガラスを蹴り出して脱出すると、タツヤたちの後方に飛び去った黒点が反転して戻ってくる。

 運転席に転がっていた衛星電話が鳴り始めた。

「配達が遅れて悪かったな。何とか間に合って良かった」

 電話からの声はイジュンだった。

 タツヤたちの頭上に戻って来たドローンがバンクを振る。

 韓国国家情報院に極秘配備されていたステルス型ドローンが、三十八度線を越境し、北朝鮮軍のジープを攻撃したのだ。

 ドローンによる攻撃が終わった後、タツヤたちを追ってくるものは居なかった。

 荷台から地面に投げ出されたウジュたちはピクリとも動いていなかった。ウジュは首の骨を折って死んでいた。ジホもジホの家族も、ウンホの両親も、みんな死んでしまった。

 道路脇の草陰で、ジホの妻に抱きかかえられた幼子が泣き声を上げていた。

 ジホの妻は背中に対戦車ミサイルの破片が刺さっており、血だまりの中で倒れていた。出血多量で死んだのだろう。それでも彼女は息子を抱きしめていたのだ。

 生き残ったのは、タツヤとソフィアと、この幼子だけだった。

 ソフィアが固く抱かれた母親の腕を解き、幼子を抱き上げ頬ずりする。

 幼子はソフィアに抱かれると安心したように泣き止んだ。

 この先の逃避行に幼子は邪魔になるだけだったが、ソフィアは幼子を宝物のように抱きしめ手放そうとはしなかった。

 この場所も間もなく戦場になるだろう。

 幼子を見棄てて行けば確実に死ぬことになる。

 タツヤもその幼子を置いていけと言うことは出来なかった。

 ソフィアは幼子を抱いて歩きながら、安心したように眠る幼子に、堪らなく愛おしさを感じていた。

 縁もゆかりもない幼子に母性を揺さぶられ、自分にそんな一面があったことに驚いていた。

 幼子の温もりを感じながらソフィアはふと考えた。

 ソフィアの母親はソフィアを初めて抱き上げた時、何を思ったのだろうか? 今の自分と同じように、一瞬でも愛おしさを感じてくれていたのなら、ソフィアはそれだけで満足だった。 

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