第25話 逃走

 タツヤはウジュたちを荷台に乗せると、古びたトラックを発進させた。ナビは助手席のソフィアに任せる。ソフィアの頭の中には平安南道までの道路が記憶されていた。

 タツヤたちを乗せたトラックは、北朝鮮で大量生産されている「勝利58号型」と呼ばれる車両だ。もともとソ連の軍用トラックをライセンス生産したもので、型は古いが信頼性は高い。

「追ってくるわ」

 バックミラーには北朝鮮軍のジープ二台が写っていた。

 タツヤは速度をあげ追跡を振り切ろうとする。ウジュたちは振り落とされないようにトラックの荷台にしがみ付き、ジホは幼子を抱いた妻を守っていた。

 しかし、タツヤたちのトラックが機動性に勝るジープに追いつかれるのは時間の問題だ。

 タツヤは深い呼吸を繰り返し五感を高める。

 知覚が拡がり追跡車両との位置関係が鮮明に脳内に描かれる。

 ジープから身を乗り出した兵士が自動小銃を撃ってくるが、タツヤは右へ左へとハンドルを切り、致命的な銃撃を避け続けている。

 東富士演習場での訓練の成果はあった。

 一代目のジープが更に速度を上げ、タツヤたちの前に出ようと接近してくる。

「つかまれ」

 そう叫ぶと同時にタツヤはハンドルを右に切り、横をすり抜けようとしていたジープに車体をぶつけた。

 鈍い衝撃と共に、重量差で跳ね飛ばされたジープが道路わきの用水路に突っ込んだ。


 二台目のジープはトラックを停車させることを諦め、一旦距離を取る。敵は停車では無く撃破に目標を切り替えたようだ。

 安全距離まで後退したジープは車載の対戦車ミサイルを発射した。

 恐らく旧ソ連製のファゴットだろう。北朝鮮でリバースエンジニアリングで生産されている半自動照準の有線ミサイルだ。

 ソフィアが助手席から発煙筒を突き出し視界を妨害する。

 着弾する瞬間、タツヤはハンドルを大きく左に切った。

 直撃は免れたものの爆発で呷られ、タツヤたちのトラックは横転して停止した。

 もはや完全に詰んだ。

 横転したトラックの周りには、荷台から投げ出されたウジュたちが倒れていた。

 宙吊りになっていたソフィアのシートベルトを外すと、タツヤの上に落下してきた。

「しっかりしろ、大丈夫か」

「うう。大丈夫」

 ソフィアは額を切ったらしく激しく出血していたが、意識はしっかりしているようだ。

 タツヤは肋骨を骨折していた。

 車内に落ちていた雑誌を骨折部位にあてがうと、外したシートベルトを巻き付けてソフィアが固定した。

 北朝鮮軍のジープが、横転したトラックを警戒しながらゆっくりと接近してくる。

 逃走は失敗したのだ。

 タツヤもソフィアも、自決用の青酸カリを奥歯に仕込んでいた。スミス家の秘密は守られなければならない。

 割れたフロントガラスから朝日が差し込み、タツヤとソフィアはお互いに見つめ合った。

 ソフィアの左手がタツヤの右頬を撫でる。

 タツヤの右手もまたソフィアの左頬を撫でた。

 一瞬、二人の間には驚くほど静かで穏やかな時間が流れた。

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