第24話 脱出

 タツヤたちは下水道の中を移動して金日成広場を離れた。

 タツヤの手には平壌の下水道図が握られていた。財閥が平壌の都市再開発計画に参画した際に入手したものを、ソフィアが記憶し再現したものだ。

 タツヤたちは夜になるまで下水道の中に潜み、人気が無くなったところで地上に這い出た。

 その場所は、金日成広場から五キロほど下流の大同江の畔だった。

 暗闇の中から一隻のモーターボートが接近し接岸する。そのボートはソフィアが盗み出してきたものだった。

「早く乗って」

 三人は素早くボートに飛び移る。

「成功したみたいね。テレビは放送を中断したまま停波してるし、平壌の道路は完全に封鎖されえているわ」

「ああ、後は脱出するだけだ」

 計画では平壌が封鎖されることは想定内だった。タツヤは大同江を使って平壌から脱出する予定だったのだ。

 周囲の注意を引かないようにボートは静かに岸を離れ、大同江の緩やかな流れに乗っていった。

 ボートの中では、先程からウジュが俯いたままだった。ウンホを死なせてしまったことがショックだったのだろう。ジホがしきりに励ましているがショックからは立ち直れていない。

 そんなウジュにソフィアは冷たい視線を送っていた。

「俺たちもまだ脱出出来ていないんだぞ。しっかりしろ」

 タツヤはウジュに冷たく言い放った。

 その頃、北朝鮮の政権内部は大混乱を来していた。

 突然、将軍様を含む政権の上層部が一掃され、情報は錯そうし、事件を起こした平壌防御司令部と、暗殺を許してしまった護衛司令部の実力部隊が一触即発の状態だった。

 軍では一時拘束されていた親中派の軍高官が生き残っており、前線に展開していた部隊には南進作戦中止の緊急電が狂ったように送られていた。

 また、将軍様の妹は何故かパレードには参加しておらず、幸運にも難を逃れていた。

 その混乱を掻い潜り、タツヤたちのボートは平壌の封鎖を抜けた。

 計画では、途中で脱北するジホたちの家族と合流し、大同江下流の南浦港で待機している中国船に乗り換え、海路で北朝鮮から脱出することになっていた。

 夜明け前、合流予定地点の河岸には、荷台に人を乗せたトラックが停車していた。ウヌが脱北するジホたちの家族を乗せて待っていたのだ。ソフィアがボートを岸に寄せる。

 古びたボンネット型の中型トラックから降りてきたウヌが、怯えたような表情でタツヤに問いかける。

「アンタたち、平壌で何をやったんだ? 仲間たちは一斉に摘発されているし、道路はそこらじゅうで検問だらけだ」

 ウヌはタツヤたちの暗殺計画を知らないが、平壌で何らかの非常事態が発生し、それにタツヤたちが関わっているらしいことには気付いたようだ。

 ウジュがトラックの荷台に乗っているウンホの両親に息子の死を告げると、ウンホの両親は泣き崩れウジュに食って掛かった。

 その時、ウヌからタツヤに渡された衛星電話の着信音が鳴った。

「厄介なことになった。すまない、俺のミスだ、、、」

 電話の相手はワンウェイだった。

 中国軍内部で想定外の事態が発生したようだ。タツヤは別の携帯電話で仲間とやりとりしているウヌを横目で見ながら、ワンウェイとの会話を続けた。

 隠語交じりの会話で状況は理解出来た。

 当初の予定では、中国軍は平壌でのクーデター発生と同時に、瀋陽軍区の第十六集団軍が中朝国境を越境し、核施設の有る寧辺まで進出、北朝鮮北部のみを保障占領する計画だった。

 しかし、軍と共産党内部における権力争いの結果、青島の海軍陸戦隊が北朝鮮の南浦港に上陸し、直接平壌に進攻するという暴挙に出たのだ。

 もともと瀋陽軍区と共産党中央の折り合いは悪く、共産党中央は瀋陽軍区を北部戦区に再編することで瀋陽軍区の影響力を削ごうとしていたが、その試みは成功していなかった。

 今回、瀋陽軍区が北朝鮮北部を保障占領することで、北朝鮮の権益により強くコミットし、反抗的な瀋陽軍区が更に強大化することを党中央は懸念していた。

 その対立状況に、陸軍主導の計画を苦々しく思っていた済南軍区の海軍陸戦隊が便乗したということらしい。

 しかし、この結果、タツヤたちの脱出計画は根本的に狂うことになった。

 目的地である南浦港に中国海軍陸戦隊の上陸が始まっている状況では、南浦港からの海路での脱出など不可能だ。

 ワンウェイは新たに手配した船を、南浦港の北方にある平安南道のチュンサンに向かわせると言う。

 タツヤたちは陸路でチュンサンに向かうしか無かった。

 ワンウェイとの電話を終えるとウヌの姿が消えていた。

「裏切られたわ」

 ソフィアの指さす方向にウヌが逃げていく姿が見えた。

 護岸上の道路を走ってくる北朝鮮軍のジープに向かって手を振っている。

 仲間とのやりとりで、タツヤたちが将軍様の暗殺に関与していることに気付いたのだろう。脱北ルートも途絶え、このままタツヤと行動を共にしても先は無いとウヌは思ったに違いない。

 そもそも、ウヌは暗殺計画のことは知らされていなかったのだ。タツヤたちはどこかの国のスパイに違いない。

 将軍様の暗殺犯を売り渡し、当局に寝返ることで自らの命を繋げようと考えたのだ。

 タツヤたちにとって、状況は最悪だった。

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